第18話①
オープンスクールの準備は滞りなく終わり、本番の日がやってきた。
風紀委員の俺は、学校に登校し中学生を誘導する係を任される。
最初は学校の歴史などを体育館でビデオを使って教える。
創立100年ということもあり、興味深い話もあったが、中学生達には響かなかったようで、眠そうにしている生徒がほとんどだ。
それが終わると、いくつかのグループに分かれて案内を始める。
俺は加瀬とペアを組み、校舎の中から案内をしていく。
「ここが音楽室です。1年生の間は使うことも多いですが、2年生からは使わない生徒も出てきます。吹奏楽部の人達は毎日のように使うので、入部希望の人は、覚えておいてください。」
加瀬の説明は分かりやすく、中学生達も楽しそうに歩いている。
「手馴れてるな。」
「そうかな?普通じゃない?」
「俺が中学の時なんて、ここまで楽しんでなかったぞ。」
「それは三井君がひねくれてただけでしょ。」
そう言われるとそうだが、さも当然のように言われると傷つく。
その後、午前中は校舎案内と部活動紹介をして、昼食のために食堂に案内する。
今日は特別に食堂を開放している。
午後からは中学生の自由なので、俺達の仕事はここで終わりだ。
準備を含めて長く感じたが、終わってみればあっという間だった。
「私は部活に顔出すけど、三井君は?」
加瀬は茶道部で、基本自由参加らしく、空いた時間にこれから参加するらしい。
俺は図書室に寄ると言って、加瀬と分かれる。
図書室に行く理由は、夏季課題のためだ。
家でもできるが、せっかくなのでしていくことを決める。
エアコン代も浮くので、一石二鳥だ。
俺は自販機で紙パックのジュースを買ってから、図書室に向かった。
「おや?これはこれは、三井君ではありませんか。」
ジュースを飲みながら図書室に向かう道中で、教室から出てきた和道に話しかけられる。
「どうも。なんで居るんだ?なんかの委員会?」
「いえいえ、単なる忘れ物。思い出したから取りに来たのです。」
そう言ってノートをヒラヒラとさせている。
和道と2人で話すというのは初めてで、若干の気まづさがあるのだが、和道からはそんなものは感じない。
1度話したら友達認定されているのだろうか。
「三井君は委員会かな?」
「もう仕事は終わったけどな。今から図書室で課題するところだ。」
「そっかそっか。邪魔しちゃ悪いし、私はお暇させてもらうよ。」
「おう。じゃあな。」
そう言うと、和道はくるりと回って階段へと向かう。
俺も図書室に向かおうとした時、「そういえば」と和道がこちらを向き直り問いかけてくる。
「三井君と冬咲ちゃんって付き合ってるの?」
その質問に、飲んでいたジュースを思わず吹き出してしまった。
「あら?大丈夫?」
「けほ!けほ!な、なんでそんな話が?」
「実はさー、夏休みの初日に弟と水族館に行ったんだけど、その時冬咲ちゃんを見つけてさ、隣に男の子が居て、気になったからギリギリまで近づいて見たんだけどさ、あれって、三井君でしょ?」
まさか見られていたとは。
俺は全く気づかなかった。
注意していたつもりだが、どこか油断していたのかもしれない。
「えっと、何のことだ?俺はその日、家に居たぞ?」
あの日はヘアセットをして、俺だと分からないようにしていたはずだ。
素顔を見ていない和道になら誤魔化しが聞くかもしれない。
そう思い、俺はしらを切る。
「いやいや。あれは絶対三井君だって。」
それでも和道は引き下がらない。
どこか確信を持っているようにさえ見える。
「こ、根拠は?」
もしそうだと確信していても、決定的な証拠がない限り、言い逃れは効く。
俺は意地でも知らないフリをする。
「私の特技さ、暗記なんだよね。」
突拍子もない話が始まったが、俺は黙って耳を傾ける。
「テストとかでも、暗記科目は点数高いんだよ。それでさ、人の顔とか輪郭とかも覚えられるんだよね。」
その目は、俺を観察対象として見ている目だった。
汗が額から流れる。
暑さではなく、焦りの汗だ。
「確かに、髪は違ったけど、あれは三井君だよ。普段顔は隠してるけど、輪郭までは変えられないし、みゆうの友達だって言う三井君のことは、人一倍観察してた。顔を隠しているとはいえ、全く見えないわけじゃない。集中すれば前髪の隙間から顔が見える。」
和道はにっこりと笑って、言い放つ。
「意外とイケメンなんだね。三井君って」
ここまでバレていれば、言い逃れはできない。
初め、笹川が気づかなかったから、バレないと思っていた。
まさか、和道にそんな特技があったなんて…。
「・・・周りには、黙っといてくんない?」
切実な願いを口にすると、和道は軽く言う。
「別にいいよ。人には秘密くらいある方が可愛いしね。」
あまりにあっさりと了承してくれたので、俺は安堵する。
しかし、このまま終わらせてはくれなかった。
「それで?付き合ってるの?」
1番聞きたいであろう事だ。
けれど、これに関しては焦る必要はない。
事実だけを伝えればいいのだ。
「付き合ってないよ。あれは冬咲に借りを返すための、そう、お礼だ。」
これは紛れもない事実なので、冷静に答える。
しかし、和道は1人で頭を悩ませている。
何かを考えているようだ。
考えがまとまったのか、うんうんと頷き俺に言う。
「まあ、それで信じてあげる。だけど、女の子は多少好意がないと男の子と2人で出掛けるとかしないから。」
「それってどういう─」
「じゃね。また今度」
それだけ言い残し、和道は今度こそ去っていった。
最後の言葉の意味を考える。
和道の言う好意のベクトルはなんだろうか。
冬咲のことで考えるなら、家族愛?友情?
それとも…
「・・・いや、元妹に対して何考えてんだ。」
俺は考えるのをやめるように首を横に振り、図書室に向かって歩き出す。
しかし、やめようとしても、好意の意味を考える自分がいた。