第16話④
昼食を終えると、シャチのショーの時間になっていたので、俺達は移動する。
ショーが行われる場所に行くと、入口でレインコートを配っていた。
水しぶきで服が濡れないようにするための配慮だろう。
ありがたく受け取り、その場で着用する。
中に入ると、真ん中にシャチが泳ぐ円形の水槽があり、その周りを客席で囲んでいる形だ。
吹き抜けになっていて、真夏の太陽が眩しい。
俺達は前から4列目の席を確保する。
「思ってた以上に近いですね。」
想像よりも目の前にシャチが見えることで、冬咲の表情が少し強ばる。
「なんだ?怖いのか?」
「な!子供扱いしないでください。これくらい余裕です。」
からかってみると、意外にも強気に返してきた。
震え等がある訳ではなさそうなので、単純に驚いただけなのかもしれない。
その後もぞろぞろと人が入ってきて、開始10分前には満員になっていた。
家族連れも多いが、夏休み効果で高校生カップルと思われる組も多い。
傍から見れば、俺達もそれに含まれると考えるといたたまれない気持ちになる。
冬咲はショーが楽しみで気づいていないようだが…。
「みなさーん!こんにちはー!」
開始時間になると、シャチとそのトレーナーの女性がショーの始まりを告げる。
シャチの上に乗りながらの登場に度肝を抜かれる。
「あれ、怖くないんでしょうか…」
「まあ、慣れだろうな。」
冬咲は自分がシャチに乗る姿を想像したのか、身震いした。
その気持ちはよく分かる。
俺も自分があれに乗る所を想像すると、背筋がゾッとする。
「それでは、行きますよー!」
トレーナーの合図で、シャチがものすごいスピードで泳ぎ初め、いきなり大ジャンプをかます。
俺達を含めた周りが「おー!」と歓声をあげる中、上から重たい水が降り掛かってくる。
最初の1発目で既にレインコートはびしょ濡れで、中の服にまで到達している。
「これ、レインコート意味ないですよ!」
「だな!」
文句を言っているが、シャチの迫力に圧倒されながら楽しんでいる。
自然と笑顔になり、水槽に釘付けになる。
ジャンプが何度か続き、次のパフォーマンスに移る。
トレーナーがシャチが口の先端に立つパフォーマンスだ。
これにはさすがに恐怖が勝つ。
もし突然口が空いたらどうなるかを想像してしまう。
無事トレーナーが降りると、次はシャチが頭上のボール目掛けて最初のジャンプよりもさらに高く飛ぶ。
さらに歓声が大きくなる。
俺と冬咲もテンションが上がり、普段出さないような大声を上げている。
その後もスピンや素早い泳ぎなどの圧巻のパフォーマンスを見て、約20分のショーが終わった。
係の案内にしたがってショーが行われたスタジアムを後にすると、昼食を食べたレストランに移動し、飲み物を買って一息つく。
先程とは違い、泳いでいるシャチがよく見える席で。
「想像以上でしたね。」
まだ興奮状態のまま冬咲が言う。
「ああ。イルカショーとは全然違ったな。」
イルカのような綺麗なパフォーマンスと言うよりは、巨体を活かした豪快なパフォーマンスだった。
「日によって内容が違うらしいですよ。この子達は賢いんですね。」
水槽で泳ぐシャチを見ながら冬咲は感心している。
「俺達も負けてられないな。」
「そうですね。いつまでも2位では恥ずかしいですしね。」
「このやろう。」
そんなやり取りをして、暫くはその場で感想を言い合った。
その後もイルカショーを見たり、ウミガメの触れ合い体験などもやっていて、それをしに行ったり、お土産コーナーで記念にグッズを買ったりして、出る頃には午後5時を回っていた。
「まさか、水族館で1日時間を潰せるとは…」
「同感です。私も昼頃には出てると思っていました。」
俺達の手には、お土産がいくつかぶら下がっている。
「早い時間だけど、晩飯はどうする?」
「せっかくですし、食べて帰りませんか?」
「いいけど、行きたい所でもあるのか?」
そう聞くと、ニヤリと冬咲が笑う。
「とっておきの場所がありますよ!」
えらく自信満々に言うので、期待できそうだ。
俺達は、冬咲の言う店に向かった。
「それで、ここかよ。」
俺達が入った店は、どこにでもあるファミレスだった。
もっと隠れ家的な店を期待していた俺は、落胆した。
「そんなに落ち込まないでください。いいじゃないですか。ファミレス!」
「いやまあ、ダメではないけど、期待度が高かったからさ…」
お財布的にはありがたいし、高校生的には普通だが…。
勝手に期待した俺が悪いのだろうか。
とりあえずメニューを見ながら食べる物を考える。
久しぶりに来たので、メニューも変わっているのだが、ついいつもと全く同じ物に目がいく。
「やっぱり、三井君はそれなんですね。」
冬咲が優しい目をしながら微笑んでいる。
「やっぱりって、俺達一緒に来たことあったか?」
「覚えてませんか?私達が兄妹になってすぐの頃、お義父さんが親睦を兼ねてあの水族館に連れて行ってくれたこと。」
「・・・そんなことあったか?」
本気で思い出せない。
冬咲が妹になってすぐということは、小学校1年生だろうか。
覚えていなくてもおかしくは無いが、冬咲が覚えているので、何だか申し訳ない。
「忘れていて当然です。あの時の三井君は、楽しそうではありませんでしたから。どこか上の空で、ついてきてるだけという感じでした。」
覚えてはいないが、上の空だった理由は想像がついた。
本当の母親がいなくなり、突然出来た新しい家族に戸惑っていたのだろう。
だから楽しくなかった。
だから忘れている。
「・・・悪いな。覚えてなくて。」
「いいんです。私の方こそすみませんでした。」
「いや、冬咲が謝ることでは─」
「いえ、私の謝罪は、あの頃の私の態度の事です。」
そう言って冬咲は、頭を上げて話し始める。
昼食の時、話していた話の続きを。
「あの頃の私は、男性が本当に苦手だったんです。私の実父は、毎日母に暴力を振るっていました。私はそれを見ていて、男の人はみんなこうなんだと思っていたんです。だから、お義父さんと会った時も警戒したし、三井君にもあんな態度を取ってしまいました。」
それは初めて聞く話だった。
あの時の再婚の裏側。
知りたかったような、知りたくなかったような、そんな話だ。
「ですが、接していく内に、そんな人ばかりではないと知りました。だから、三井君とも仲良くなろうと思ったのですが…。あんな態度をとった手前、自分から話しかけづらくて…。」
だから、俺から話しかけてくれるように変な行動をしていたと言う。
俺の中でひとつの謎が解けた。
「・・・そんな事があったのか。」
「はい。だから、あの時はすみませんでした。」
冬咲はまた頭を下げて謝罪する。
「いや、俺の方こそ悪かった。知らなかったとはいえ、お前と関わる努力をしなかった。」
俺にだって、もっと歩み寄る事は出来たはずだ。
けれど、最初から拒絶され、その理由を考えもせず、仲のいい兄妹になることを諦めた。
それは、俺の悪かった点だ。
「・・・なんだか、お互い謝ってばかりですね。」
「・・・だな。」
注文もせずに、昔の疑問に対しての答え合わせをしている。
それがおかしくて、2人で笑ってしまう。
「それと、お義父さんの事なんですが…。」
冬咲が深刻な面持ちで話そうとするのを俺は止める。
「悪いけど、親父が節操のない奴だって考えは変わらない。」
「どうして!?だって、お義父さんは─」
冬咲の言いたい事は分かる。
冬咲親子を救った。
それは良い行いで、褒められるべきことなのだろう。
けれど・・・
「たとえ冬咲達を救っていたとしても、その後に花野井の母親や瞳さんに乗り換えている事も事実だ。」
「それは…」
冬咲も黙るしかない。
もし、その2人とも何かあったとしても、妻や子供がいる身で、他の事を気にかけすぎている。
もっと、自分の家族を大切にするべきだった。
「親父に対しての考えは変わらない。けど・・・」
俺は顔を上げて、冬咲の目を見る。
「けど、冬咲に対しては見方を変えるよ。」
「それは、どういう?」
「今までは、元妹とか昔の態度とかでちょっと毛嫌いしてた所もあるんだよ。でも、それはやめる。これからは、友達…として接するよ。」
言ってから少し恥ずかしくなり、俺は顔を背ける。
そんな俺を見ながら、冬咲はクスリと笑いながら言う。
「たまには、妹として扱ってくださいな。あの頃を取り戻すように。」
「・・・それはちょっと」
そんな話を続けながら、俺達は少し早めの晩御飯を食べた。
あの頃、歩み寄れていたら、今日のような関係が続いていただろうか。
少し遅くなったが、俺達の関係はようやく一歩進んだ気がした。
ファミレスを出た後は、電車に乗って冬咲を家まで送り届けた。
環奈さんは仕事で、会うことはなかった。
誠の家に寄って、お土産を渡した後、俺は家に帰ってきた。
「あ、おかえ…り!?」
玄関を開けると、彩華が居て、俺の顔を見るなり驚きの声を上げる。
「ど、どどどどどうしたの!?その頭!?」
俺の髪の毛を指さして騒いでいる。
そういえば、朝セットしたのを忘れていた。
「これか?ちょっとセットしただけだよ。おかしいか?」
「お、おかしくは無いけど、いきなりは心臓に悪いっていうか…」
何かゴニョニョと言っている。
俺は無視して部屋に戻ろうとするが、彩華は食ってかかる。
「ちょ!なんでセットなんかしたの!いつも絶対しないじゃん!」
なんでと言われても、周りの生徒にバレないようにだが、説明がめんどくさい。
ここは簡単に言っておこう。
「冬咲と出かけたからだよ。」
「え?冬咲?え?」
これだけ言えば伝わるだろう。
冬咲くらい人気な奴と出かけるための防止策だと。
俺はそれだけ言い残し、部屋に戻った。
「ど、どういうことなのよーーー!!」
彩華の叫び声は絢士郎に届く事はなかった。