第16話②
リニューアルする前は何度か来たことのある水族館だったが、駅からはバスで向かった事しかなかったので、道中に気づけなかった。
「知ってますか?ここは世にも珍しいシャチのショーが見れるんですよ。」
冬咲が「ふふん」と鼻を鳴らしながら言う。
だが、確かに他にはない唯一無二というのはそそられるものがある。
この水族館もシャチのショーを全面に出しており、入口付近には、シャチのオブジェがあったりする。
夏休みの家族旅行なのか、小学生くらいの子供達が写真を撮っている。
俺達も撮るのかと思ったが、写真には興味無いようで、冬咲はチケット売り場に向かい歩き始める。
「写真はいいのか?」
「記念にはいいかもしれませんが、私達はいつでも来れる距離ですし。それに─」
少し顔を赤くして冬咲が言う。
「なんだか、この歳ではしゃぎながら写真を撮るのは、恥ずかしいです。」
その姿を想像して、俺は笑ってしまった。
チケットの予約はしておらず、少しの時間並ぶ事になった。
冬咲は楽しみにしているようで、並んでいる最中もワクワクしていて、顔を緩ませている。
クラスの奴らが喉から手が出るほど見たい光景だろう。
そんな姿を見れている俺は、少し優越感が湧いた。
「なんですか?そんなにジロジロ見て。」
「いや、楽しそうだなって。」
視線に気づいた冬咲が不思議そうな顔をして聞いてきたので、素直に思った事を答えておく。
「それはもう。ずっと楽しみにしてましたから。」
ニコニコと笑う冬咲は、格好だけでなく、まるで幼い少女のように見える。
背丈があるので、あくまで表情だけの話だが。
「そんなに楽しみにしてくれてたなら、俺も悪い気はしないな。」
「三井君はどうでしたか?」
「・・・タノシミニシテタヨ」
「すごく棒読みですし、変な間がありました。」
少し憂鬱な気分だったことを隠したつもりだったが、見抜かれてしまった。
「・・・まあ、大体予想はしてましたけど。」
「予想?」
何に対しての予想なのかピンと来ず、尋ねる。
「三井君があまり乗り気じゃないことです。普通に考えて、妹だった子とデートとか嫌ですよね。仲が良かった訳でもないですし、尚更…」
あまりに落ち込むので、少し罪悪感が湧く。
「・・・まあ、最初はちょっと憂鬱だったけど、今は普通に楽しみだぞ。」
冬咲はまだ落ち込んだ様子だが、顔を少し上げる。
「別に嫌ってわけではなかったし、ここもリニューアルしてからは来たことないし。妹って言っても小学生の頃だし、そんなに意識してないって言うか…」
上手く言葉は紡げない。
けれど、水族館は普通に楽しみだし、冬咲とも嫌ではない。
この部分は本心だ。
「だからまあ、せっかくだし楽しもうぜ。」
そう言って笑ってみせると、冬咲もクシャリと笑い、「はい!」と大きな声で言う。
元気になったようでよかった。
並ぶこと10分、無事チケットを買った俺達は、館内に入場する。
最初に目に飛び込んで来たのは、巨大な水槽の中で泳ぐ様々な魚達。
一際目立つのは、大きなサメだ。
「ここはあんまり変わってないな。」
リニューアル前と比較して見ても、驚くほどの変化はなかった。
つい口に出してしまったら、横から脇腹を小突かれる。
「そういう事は言わないでください。」
ムードが台無しです。との事だ。
とは言っても、1階で見るものは限られており、数分見たあとは人の波に乗り、次のフロアへと移動する。
2階にはクラゲだけの水槽があったり、珊瑚が見れたりと新鮮なものが多くあった。
それでも見るだけなので、すぐに移動する。
3階に移動すると、目の前に触れ合いコーナーが設置してある。
「やっと見る以外だ。」
「三井君、わざとですか?」
こちらをじーっと見る冬咲の目からは圧を感じた。
気を取り直し、触れ合いコーナーに近づくと、中には小さなサメが泳いでいた。
周りの反応は様々で、怖がる子供や、それを見て可愛いのか、楽しそうに見守る親、果敢に触れ合う子供も居て、何だか面白い。
俺達も順番を待ち、回ってきたので触ってみる。
「すごくザラザラします。」
冬咲が「おー!」と間抜けな声を上げながら言う。
「それがサメハダってやつだろ。」
「そうなんですか?」
「いや知らん。」
冬咲の頬が膨らんだ。
その顔を見て、思わず笑ってしまう。
「もう!笑わないでください!」
ペシペシと肩を叩かれる。
痛みは全くない。
「はは!悪い悪い。」
俺は笑いながら平謝りする。
冬咲は「もー!」と言いながらまたサメを触る。
その光景を見ていた一人の男の子が、俺達を指さして大声で言う。
「カップルだ!カップルがいる!」
その声に、俺達は同時に固まる。
「こら!人に指さしたりしない!すみません。」
「でも母さん!カップルだよ!」
男の子の母親が注意しながら謝罪するも、男の子は止まらない。
「いえ、俺達は大丈夫です。それと、カップルじゃないです。」
そう言うと、冬咲も全力で首を縦に振っている。
「嘘だ!だってめっちゃイチャついてたもん!」
そんなつもりは無かったのだが、周りもそう見えていたのか、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
これは茶化しと言うよりは、微笑ましいの意味の笑いだ。
男の子は、母親に引きずられながら、その場を離れていく。
俺達は顔が真っ赤になりながら、呆然としてしまった。
「・・・次、行こうか。」
「・・・そうですね。」
気まずい空気が漂ったまま、俺達もその場を離れた。
とりあえず、あの男の子にはよくコケる呪いでもかけておこう。