第16話①
冬咲とのデート当日、ふと思った事がある。
もしも、2人で歩いている所をクラスメイトや同学年の誰かに見られたらどうなるだろうか。
誤解され、噂が流れ、俺は色んな奴から恨まれるのではなかろうか。
それはすごく面倒くさい。
洗面所に置いてある整髪料をチラリと見る。
中学の頃に誠が進めて来たので、一時使っていた物だ。
「・・・」
俺はそれを手に取り、蓋を開ける。
まだ使えそうだと判断し、適量取り、髪に馴染ませる。
前髪を分けて、顔がしっかりと見えるように整えた。
「これでよし。」
普段顔が隠れているので、もし誰かに見られても俺だとバレる事は無いだろう。
陸斗にはバレるが、友人なのでどうにかなるだろう。
鏡で自分の全身を見てみる。
襟付きの半袖シャツに、ベージュが基本のチェックのズボン。
無難な格好で、特別目立つ事は無いだろう。
俺は靴を履き外に出る。
夏は始まったばかりだと言うのに、既に猛暑日だ。
冬咲とは最寄り駅が違うので、電車ですぐの街で集合となった。
太陽が照りつける中、俺は歩いて駅に向かった。
集合時間の15分前に着き、冬咲に連絡をする。
冬咲はまだ電車の中ということなので、駅前のカフェに入って待つことにする。
それにしても、今日は何だか視線を感じ、居心地が悪い。
(なんで、見られてるんだ?)
おかしな格好をしている訳でもないのに、何故か見られている。
それとも、俺の格好はおかしな格好なのだろうか。
気にしすぎても疲れるので、意識を別の事に移すため、今日の事を考える。
冬咲が行きたい場所があると言っていたので、プランは冬咲任せである。
どこに行くかも聞かされていない俺は、若干の恐怖があったりする。
スマホで検索してみたりするけれど、デート経験のない俺では良いスポットなど見ても分からなかった。
「お待たせしました。」
そうこうしていると、冬咲の声が聞こえ、俺は顔を上げる。
そして、固まってしまった。
普通のTシャツにロングスカート。
頭にはカチューシャをつけていて、普段よりも幼く見える。
そのギャップに言葉を失った。
「あの、三井君?」
話しかけられて、俺はハッとする。
何を見惚れているのだ。
相手は元妹だと言うのに。
「悪い。ちょっと驚いて。」
「何にですか?」
「いや、冬咲の格好がさ。普段は大人っぽい雰囲気なのに、今日はやけに可愛らしいから。」
特に頭のカチューシャが。
「そう、ですかね。でも、可愛いと思ってもらえたなら嬉しいです。」
少し顔を赤くしながら照れる冬咲を見て、俺もつられて照れくさくなる。
(これがあの冬咲?)
昔は無愛想で何を考えているか分からないような奴だったのに…
「と、とりあえず、行くか。」
「あ、そうですね。行きましょうか。」
「それで?どこに行くんだ?」
「ふふ、それは着いてからのお楽しみです。」
人差し指を口に添えながら言う冬咲を不覚にも可愛いと思ってしまった。
目的の場所まで、駅からバスが出ているそうだが、せっかくなのでと歩いて向かう事にした。
歩き始めて5分、一人の時も感じていたが、冬咲が来てからより視線を感じる。
冬咲は相変わらず慣れているようで、堂々としているが、俺は気になって仕方がない。
「そんなにキョロキョロしていると田舎者だと思われますよ。」
「そう言われてもな。気になるもんは仕方ないだろ。」
それに、今日の冬咲はうっすらと化粧をしていて、いつにも増して綺麗である。
元妹に対してこんな事を思う俺は気持ち悪いだろうか。
「それなら、いつもの格好で来れば良かったじゃないですか。」
「俺の話か?この視線とは関係ないだろ。」
そう言うと、冬咲は少しムッとした顔になり、頬を膨らましながら言う。
「全く、本当に鈍感なんですから。」
「は?意味が分からん。」
「分からなくていいです。そんなんだから2位なんですよ。」
「喧嘩売ってんのか。お前」
冬咲の言っている意味はよく分からないが、2人でこうして話すのは俺は割と楽しかった。
花野井とは喧嘩だったが話していたし、彩華とも最近はよく話している。
唯一冬咲だけが、妹だった頃も話さなかったので、新鮮だからかもしれない。
(それにしても…)
歩いている街並を見ても、どこに向かっているかいまいち分からない。
どこかで見たことがあるような気もするが、答えにたどり着けない。
その引っかかりが気持ち悪い。
「なあ、どこに向かってるか教えてくれよ。」
「もうすぐ着きますから。」
この一点張りで、冬咲は教えてくれない。
仕方が無いので、大人しく歩く事にする。
「着きましたよ。三井君」
駅から20分ほど歩いただろうか。
目的地に到着し、その場所を見ながら俺は言う。
「これまたベタな所だな。」
着いた場所は最近リニューアルオープンしたばかりの水族館だった。