第14話②
「おい、これはなんだ。」
彩華が作ってきた弁当を広げ、中に入っていたそれを箸でつまみながら聞く。
「何って、卵焼きだけど?」
「・・・じゃあ、これは?」
「ハンバーグだけど?」
「これは?」
「ふざけてんの?ブロッコリーに決まってるでしょ。バカなの?」
「全部同じじゃねえか!どうやったらブロッコリーが炭になるんだよ!」
結論から言うと、彩華の作った弁当は全て黒焦げだった。
元々の姿形は見る影がなく、とてもじゃないが食べれる物ではない。
白ご飯も水分が足りていないのか、ほぼ玄米である。
「どうって、料理って大体焼けばいいんじゃないの?」
「そのセリフだけで、お前がどれだけ料理下手か分かったよ。」
何より、作りすぎたと言っておきながら、彩華が食べているのは綺麗な卵焼きと可愛らしいタコさんウィンナー、ご飯にはキャラクターが具材で描かれたキャラ弁で子供っぽいが、小柄な彩華が食べているとよく映える。
「お前の弁当、瞳さんが作ったろ?」
問い詰めると、彩華は目を逸らす。
「お前、食材を無駄にした自覚あるか?」
「・・・はい。」
彩華は俯きながら答える。
反省はしているようなので、これ以上責めるのはやめておこう。
(それにしても…)
食べ物を粗末にしない。
それは俺の中にある絶対的な価値観である。
けれど、彩華作の弁当を食えば、お腹を壊すのは明白である。
(明日はテストだしな…。)
天秤に掛けた結果、俺の良心が勝り、弁当を口の中掻き込んだ。
それを見た彩華は、目を輝かせている。
「ふん!食べたかったなら最初から言いなさいよ。素直じゃないんだから。」
今すぐ否定してやりたいが、思った以上にきつい。
口の中が炭の味で満たされて、ガチガチのご飯は美味しくない。
食べ終わった瞬間に俺は菓子パンを袋から取り出し、食べる。
口直しがなかったら死んでいたかもしれない。
それも食べ終え、水を飲みようやく声が出せるまで落ち着く。
「・・・お前は二度と料理するな。」
「は?そんな命令聞きませんけど。」
(このやろう…)
俺は腹を抑えながら立ち上がり、食堂に向かう。
「ちょっと!どこ行くのよ!」
「食堂だ。誠達が居るからな。」
「待ちなさいよ!私も行くから!」
「はあ?なんでだよ。」
「用事があるの!」
彩華が食堂に行くのを辞めさせる権利は俺にはない。
別々に行くのもおかしな話なので、そのまま2人で向かっていると、校舎の間の中庭に花野井一行を見つける。
笹川と目が合ったので、俺達は花野井一行の前まで行く。
「やあケンティー。兄妹お揃いで。」
「お前らもな。何かテンション高いな。何かあったのか?」
俺が尋ねると、和道がキラキラした目で答える。
「それがさ三井君、みゆうのお弁当がすごいんだよ!見てよ!」
そう言うので、2人で覗き込むと、色とりどりのおかずが並んでいる。
そのひとつにハンバーグがあり、どこか艶を帯びている。
彩華のとは大違いだ。
「何?言いたいことでもあるの?」
顔に出ていたのか、彩華に睨まれたので俺は黙った。
「・・・1個あげようか?」
「は!?」
花野井の提案に彩華が驚く。
「・・・いいのか。」
「へ!?」
彩華が俺と花野井を交互に見ながら、ワタワタとしている。
「はい」
「ん」
花野井がハンバーグを箸に取り、それを俺に向ける。
俺はそれを口にし、しっかりと噛んでハンバーグの味を堪能する。
「美味いな。中にチーズが入ってる。」
「よく気づいたね。ちょっとしか入れてないのに。」
そんな風に感想を言っていると、3人が顔を少し赤くして見ているのに気づく。
「なんだよ。そんなに見て。」
「いや、ケンティー、今のって間接キスじゃない?」
「それが?」
今更恥ずかしがることでも無い。
3年も兄妹をやっていたんだ。
それくらい普通だろ。
「それがって、みゆうもだよ。何してんの?」
「別に。何かおかしかった?」
花野井も同じようで、恥ずかしがっている様子はない。
「・・・けんな」
俺の隣から、どす黒い声が聞こえる。
「・・・どうした?彩華」
恐る恐る聞くと、ギランと目が光る。
「ふざけんな!何してんだお前ら!」
あまりの怒声に、俺は少し後ずさる。
笹川達も驚いている。
「か、間接キスだぞ!なんで平然とやってるんだ!」
「いや、だって─」
「だってじゃねえ!ならお前は、冬咲ともそんな風にするのか!」
「な!?するわけねえだろ!」
冬咲が妹だったのはずっと前だし、会話がなかったせいか、兄妹の意識が彩華や花野井よりも低い。
そういう意味では、冬咲とはこういったことは慣れていない。
「だったら!花野井とも一緒だろうが!」
「それは、こいつが─」
元妹だから。
そう言おうとしたが、笹川達の前で言うのはまずいと思い、口を閉じる。
笹川と和道は冬咲の名前が出たことも分かっていない。
別に元妹だとバレても困るものではないが、言いふらすことでも無い。
「まじでキモイ!この変態!」
彩華が止まらないので、無理やり腕を引っ張り、笹川達に挨拶だけしてその場を後にした。
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「いやー、すごい勢いだったね。」
絢士郎達が去った後、薫がボソッと呟く。
「仲良い兄妹だよねー。ね、みゆう。みゆう?」
「え?あ、うん。そうだね。」
「どうかしたの?」
薫と黄名子が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「何でもないよ。ちょっとトイレ行ってくる。」
そう言って、1度席を外す。
トイレに入り、深呼吸をする。
手鏡で自分の顔を確認する。
(昔は、平気だったのに…)
いつからだろう。
ケンに対して、照れくささを感じるようになったのは。
(こんな事、前までなかったのに。)
そんなことを考えながら、鏡に写る火照った顔が冷めるのを静かに待った。