第14話①
先日、花野井 みゆうに醜態を晒し、あの女が絢士郎と2人で食事をしたという事実に取り乱したが、考えてみれば焦る必要はない。
花野井は食事をしただけだ。
私は1度デートをしている。
1時間程度で帰ってきたが、2人で出かけたことは変わらない。
それはそれとして、食事に行くという行動が羨ましいのも事実。
なので、私はとある作戦を決行する。
リビングのテーブルの上には、ママが作った私のお弁当と、その横にもうひとつ置いてある。
「ふふふ。これであいつもイチコロよ!」
私はそのふたつを持って家を飛び出した。
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期末テストが終われば、午前授業になり、1週間で夏休みに入る。
テスト前日の今日は、一学期最後の昼休みである。俺はいつもと変わらず、購買に向かう。
おにぎり2つと菓子パンひとつ。
これもいつもと変わらない。
バイト代は入ったが、ほとんど貯金しているので、贅沢はできない。
「ちょっと、絢士郎!」
会計を済ませ、誠と陸斗の待つ食堂に向かおうと廊下に出ると、彩華が何故か居て、眉間にシワを寄せながら近づいてきた。
「なんだよ。でかい声出さないでくれ。」
ただでさえ高い声なのに、音量まで上がると、耳に響く。
「もっとちゃんと食べろって言ったでしょ!死にたいの?」
何をそんなに怒っているのかと思えば、俺の食生活に対してらしい。
別に関係ないことだろうに。
「彩華には関係ないだろ。」
「あるわよ!私の兄貴がそんな質素なご飯食べてたら、私まで貧乏人扱いじゃない!」
質素とは失礼な奴だ。
最近の購買のおにぎりはレベルが上がって、ひとつひとつの材料にこだわっているし、企業が出す菓子パンだって美味しい。
「し、仕方ないから、私のお弁当分けてあげるわよ!」
そう言って彩華は弁当箱を2つ出してきた。
「・・・なんで2つ?」
「こ、これは!?作りすぎたのよ!」
「え?お前が作ったのか?」
「そうよ。だから安心しなさい。」
安心出来るはずがなかった。
彩華が料理をできるかは知らないが、家でしてるところを見たことがない。
瞳さんからレクチャーを受けていれば話は別だが、教わっているところも当然見たことがない。
「・・・いや、俺はこれでいいや。陸上部の男子共にでもやれよ。」
あいつらなら、不味くても美味しいと言って食べるだろう。
そう言って立ち去ろうとすると、袖をガっと掴まれる。
「何?私の弁当じゃ不満?」
先程とは違う理由で眉間にシワを寄せ、冷たい視線を浴びせてくる。
「いや、そもそも俺達は一緒に飯を食ったり、弁当作ってもらったりの仲じゃないだろ。」
「そ、そんなの当たり前!何想像してんの、死ね!」
「なら、なんで作ってきたんだよ!」
「作ったんじゃなくて、作りすぎたの!」
「だから、陸上部の奴らに食べてもらえよ!」
そう言うと、急に黙って下を向く。
さすがに傷ついたのだろうかと顔を覗くと、ブツブツと何かを言っている。
「何だって?」
聞き取れないので、正面から聞くと、少し恥ずかしそうに顔を上げて、もじもじとしながら彩華は言う。
「・・・せっかくなら、好きな人に食べて貰いたいじゃん。」
言ってから急に恥ずかしくなったのか、赤かった顔をさらに紅潮させる。
なるほど。
つまりは、あの陸上部の男子の中に好きな人が居るということだろう。
前は笹川の事が好きなのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
確か、彩華の言いなりの男子は4人くらい居たはずだ。
その内の誰かか、それとも別の誰かか。
そんな意中の相手に、不味い物を食べさせたくないという気持ちがあるのか。
「・・・分かったよ。食ってやる。」
俺は心の中で納得し、仕方なく協力してやることにした。
「ほ、ほんとに!」
「ああ。他に犠牲者が出る前にな。」
「・・・まじで殴るよ?」
そんな物騒な事を言って、俺達は人目のつかない校舎の裏手に向かった。