第13話②
「それじゃあ、詳しい話を聞きましょうか。」
しばらく項垂れていた彩華も落ち着きを取り戻し、ベッドの上に仁王立ちしながら、私に問いかける。
先程醜態を晒した女とは思えない態度だ。
このまま押し切って無かった事にするつもりらしい。
まあ、本人がいいなら私は何も言わない。
「ちょっとした家出中にたまたまケンと会って、ラーメン食べたんだけど、その時に─」
「ちょっと待って。」
彩華は手を前に出し、話を遮断する。
「ラーメン食べた?それって夜ご飯に?」
「うん。そうだけど。」
「2人で?」
「2人で」
数秒、沈黙が訪れる。
「・・・るい。」
「え?」
彩華が下を向きながら何かを言っている。
1歩前に出て、耳を傾ける。
「ずるい!何それ!私だって一緒にご飯なんか行ったことないんですけどー!」
目に涙を浮かべながら私に言ってくる。
「知らないし。誘えば?」
「出来るわけないでしょ!私は生意気な妹で定着しちゃったんだから!」
そんな事を私に言われても困る。
「ずるいずるい」と喚く彩華を見て、私はため息をつく。
こんなに面倒くさい子の相手をケンはしていたのかと同情する。
「そんなの関係ないでしょ。私だって生意気だったよ。それでも喧嘩しながら、よく一緒に食べに行ったし。」
「何それ!許せないんですけど!切腹しろ!ていうか死ね!」
口の悪いお嬢様である。
しかし、この姿を見ると、思わずにはいられない。
「あんた、ケンの事好きでしょ?」
思った事を聞くと、彩華はまたピタリと動きを止める。
そして涙を拭い、また仁王立ちして私を見下ろしながら真顔で言う。
「は?そんなわけないでしょ?あんなクズ、誰が好きになるの?」
あんな現場を見られて、あからさまな嫉妬を見せてもなお、その恋心を認めない。
ここまで頑固だと、1周回って尊敬する。
「じゃあ、さっきのは?言っとくけど、あんたがやってた事って、相当にキモイよ?」
「べ、別に。さっきのはそう、部屋を間違えてたんだよ!あんたが来るまで気づかなかっただけだから!」
つくならもっとマシな嘘をついて欲しいものだ。
目も泳いでいて、バレバレだ。
なんだが可哀想に見えてくる。
「はぁ。とりあえず、あんたは部屋に戻ったら?私はこの部屋使うし。」
「は?なんであんたが絢士郎の部屋を?」
「なんでって、本人に許可は貰ったし、そもそも本人に言われたし。」
「・・・それってつまり、普段絢士郎が頭を預けてる枕にあんたが頭を預けるってこと?」
「まあ、そうなるかな。」
言い方はあれだが、間違いでは無い。
「絢士郎が普段被っている布団をあんたが被るってこと?」
「そりゃそうでしょ。なんの確認?」
「いや、それはダメでしょ。」
真顔で、光を失った真っ黒な目で見られる。
その目にたじろぎながら聞く。
「何で?」
「当たり前でしょ!そんなのほぼ絢士郎に抱きしめられながら眠るようなものじゃない!」
「は、はぁ!?どう考えたらそんな発想になるのよ!」
あまりに飛躍した話に、大声で反論する。
「そうでしょうが!絢士郎の匂いに包まれたベットで寝るなんて…穢らわしい!はっ!まさかあんた、そういう願望があるの!?」
「ないわよ!」
「絢士郎の事好きなの!?」
「す、好きじゃないわよ。」
その質問には、一瞬たじろいでしまった。
好きではない。
私にとってケンは、兄貴で、そして罪を償わなくてはならない相手だ。
そのはずだ。
「・・・普通、好きでもないやつの布団で寝る?」
「それは、元兄妹だし。」
「ふーん。そんなもん?3年も兄妹だったら。」
「・・・まあ、私達はね。」
急に静かになった私に首を傾げながらも彩華は特に追求せず話を続ける。
「とにかく。ダメなものはダメ。」
「じゃあ何?リビングのソファで寝ればいいの?」
「それもダメよ。絢士郎は休みの日、あのソファでよく昼寝をする。このベッドと変わらないわ。」
この子は本気でやばいんじゃないかと私は思う。
いつか取り返しのつかない何かを起こしそう…。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「私の部屋で寝て。」
「別にいいけど。あんたは?」
「私がここで寝るから。」
「それは1番ダメでしょ!」
さっきまでしていた事を忘れたのか。
彩華がここで寝ることが最も危険である。
「は?この家の今の主は私ですけど?つまり、私がルールですけど?」
とんでもない暴論が飛んできたが、もう言い合う気力もなかったので、私はその提案を受け入れた。
考えてみれば、同級生が家にいる状態で変な事はしないだろう。
「じゃあ、寝る場所も決まった事だし、お風呂入ってくるから。勝手なことはせず、私の部屋に居なさい。服は私の部屋にあるやつ適当に使っていいから。それと、本棚のカーテンだけは開けないでね。」
そう言って彩華は風呂に向かった。
ケンのベッドに部活で汗をかいた体のまま寝転んでいたのか…。
1度ケンのベッドをチラリと見て、私は隣の彩華の部屋もとい、元私の部屋に入る。
「・・・随分女の子らしい部屋だこと。」
ベッドの上にはクマのぬいぐるみ、机の上にはデコられた写真立てに中学の友人だろうか、その子達との写真が並んでいる。
その写真に写る彩華が今の姿と随分違うことに驚く。
そして、机の真後ろにある大きな本棚。
カーテンがかけられていて、中は見えないが、見るなと言われらば見たくなるのが人間である。
私はそっとカーテンを開けて、1冊の本をとってページをめくる。
「あーなるほど。」
私はそっと本を閉じて、元の位置に戻す。
今日だけで彩華の印象は大きく変わった。
学校ではぶりっ子で、兄には厳しく、隠れた変態。
そして…。
彩華の部屋に置いてある着替えを使っていいようなので、ありがたく使わせて貰う。
妙に疲れていたので、私はさっさとベッドに入り、眠りにつく。
自分の部屋では無くなったはずなのに、ここ最近では1番の深い眠りについた。
翌朝、泊めてもらったお返しに、朝ごはんを作った。
我ながら良い出来だと感心していると、彩華が起きてきて、扉を開けた。
「おはよう。朝ごはん作ったけど…あんた、その格好は?」
「え?何が?」
彩華は明らかにケンのシャツと思われる服を着ていて、ショートパンツが隠れている。
彼シャツと言うやつだろうか。
一瞬履いてないように見える。
ここまでいくとドン引きを超えて呆れが勝つ。
「・・・とにかく、朝ごはん作ったから。食べる?」
「え?これあんたが作ったの?」
驚くほどのものでもない。
鮭を焼き、味噌汁に納豆を作り、ご飯を炊いただけだ。
誰にでもできる。
「食べないなら冷蔵庫にでも入れといて。」
そう言って、私は「いただきます」と言った食べ始める。
彩華も向かいに座り、同じように手を合わせてから食べ始めた。
「うまっ!」
彩華は口を抑えながら言った。
そう言われると嬉しいものだ。
こうして向かい合って食べると、昔を思い出す。
美味しそうに食べる彩華を見ながら、私は思い出に浸った。