第12話①
夜の8時半を過ぎた頃、期末テストまで1週間と迫っていて、勉強に集中していたら、こんな時間になっていた。
今日は瞳さんが友人達と旅行に行っており、家には俺と彩華だけなのだが、彩華も部活帰りに飯を済ませるらしく、俺も1人で済ませなくてはならない。
「・・・ラーメンが食いたい。」
無性にそう思った。
1度口にすると、ラーメン以外の選択肢が頭の中から消えて、部屋着のまま俺は外に出て自転車を走らせる。
数分の所に昔からよく行っているラーメン屋があるので、そこに向かっていつもより気持ち早めに自転車を漕ぐ。
もう目の前という所まで来た時、小さな公園のベンチに座る人影が目に入る。
辺りは暗く、見えづらかったが、公園の外灯がその金色の髪を輝かせた。
ベンチに花野井が1人で座っている。
格好も俺と同じで部屋着のようで、夜に1人では危ない格好だ。
さすがに無視は出来ないので、俺は話しかける。
「何やってんだ?こんな夜に。」
花野井は顔を上げると、驚いた様子はなく、むしろ待っていたと言わんばかりの顔をしている気がした。
「別に。ちょっと家に居たくないだけ。」
どこか遠くを見ながら、花野井は言う。
その言葉である程度の事情は察した。
おそらく母親関連だろう。
それを証明するように花野井は話す。
「今、家に来てるんだよね。だから…」
だから1人で時間を潰している。
だいたいそんなところだろう。
花野井母が理由なら、俺は彼女を無視する訳にはいかない。
あの怪物の事を理解しているのは、花野井の他に俺と親父くらいだ。
どうするか悩んだが、1番いいアイディアを提案する。
「よし。じゃあ、ラーメン食いに行くか。」
「は?なんで?」
花野井が首を傾げる。
「俺は今からラーメン食いに行くとこなんだよ。どうせ飯食べてないんだろ?それに、美味いもん食えば気も紛れる。」
「・・・まあ、お腹は空いたし。いいけど。」
一瞬迷う素振りを見せた花野井だったが、自分の腹と相談して提案を了承した。
公園から歩いてすぐなので、俺も自転車を押しながら歩く。
特に会話もなくラーメン屋に到着する。
「やっぱりここか。」
花野井は口にした。
それもそのはず。
このラーメン屋は花野井とも来たことがある。
飯がない日はいつもここだった。
喧嘩しながら来て、喧嘩しながら食べる。
そして喧嘩しながら帰る。
それの繰り返しだった。
「さ、入ろうぜ。」
扉を開けて中に入ると、50歳くらいのおっちゃんが頭にタオルを巻いて、腕を組みながら立っている。
この店の店長だ。
「なんだ、久しぶりに見る顔だな。」
店長が花野井を見て言う。
「お久しぶりです。」
「店長、いつものお願い。みゆうにも。・・・あ。」
つい兄妹の時のように呼んでしまった。
チラリと花野井を見ると、少し驚いた顔をしている。
「なんだ?早く座れ。席ならいくらでも空いてるだろ。」
店長が花野井を催促すると、俺の隣に座る。
それを見た店長と俺が驚く。
「何?」
「いや、お前が俺の隣に座るとは。」
「嬢ちゃんはいつも、このバカと席を離してたろ。」
どれだけ席が混んでいても、絶対に隣に座ることは無かった。
それを言っても、花野井は特に反応は無かった。
「そうだっけ?別に席なんてどうでもいいでしょ。」
「まあ、そうだな。」
花野井が良いなら問題はないが、何だか調子が狂う。
「そんじゃ、ちょっと待っとけ。」
そう言って、店長はラーメンを作り始める。
俺達は完成を待つ間、一言も話さなかった。