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第11話②

 あの頃、いつも聞こえていたのは、男の怒鳴り声と母の謝罪の言葉だった。

 男の言うことは絶対で、刺激しないように私は何も喋らなかった。

 母はいつも体にアザを作っていた。

 私には隠していたが、それが分からないほど私は馬鹿ではなかった。

 ある日、母を庇って私が殴られた事があった。

 感じたことのない痛みを受けたと同時に、母の痛みを知った。

 そんなある日、母が知らない男の人を連れてきた。

 母の大学の同級生らしく、優しい人だった。

 その人が、男と私達を引き離してくれた。

 そして、私達とその人は家族になった。

 私には兄が出来た。

 優しくて、可愛い笑顔を見せる人だった。

 けれど、私は…




 目が覚めると、保健室に居た。

 朝と同様に汗をびっしょりとかいていて、制服が肌に張り付いて気持ち悪い。

 

 「・・・お腹空いたな。」


 お腹の音が鳴っていて、私の空腹具合を表している。

 とはいえ、起き上がる気力もなく、何も考えず天井を見る。


 「腹に随分とでかい虫を飼ってるんだな。」


 カーテンの外から急に声が聞こえた。

 驚いた勢いで飛び起き、カーテンを開けると、三井君が本を読みながらパイプ椅子に座っていた。


 「な、なななな何でいるの!?」


 「何でとは失礼だな。お前を運んだのは俺だぞ。」


 「そ、そうなの!?」


 そういえば、誰かに担がれていた気もする。


 「ていうか、敬語はどうした?アイデンティティなくなってるぞ。」


 そう言われ、私はハッとし口を抑える。

 つい家で居るような態度になってしまっていた。


 「・・・運んでくれたことは感謝します。でも、今は授業中では?」


 時計をチラリと見ると、12時を過ぎたあたりだ。

 4時限目の授業をしている時間である。


 「まあ、すぐ戻ろうと思ったんだけど…」


 三井君が私の目を見て、戸惑っている。

 

 「何ですか?」


 「いや、冬咲がお義父さんって言いながら(うな)されてたから。さすがにほっとけなかったって言うか。」


 それで3限目の途中からずっと居たというらしい。

 私は、授業をサボらせてしまったことに申し訳なさを感じたが、少し嬉しさも感じた。


 「それより、腹減ってるんだろ?これ、家庭科室で許可貰って作ったんだけど、食うか?」


 そう言われ、私はお腹が鳴ったのを聞かれたことを思い出し、急に恥ずかしくなり、顔が紅潮する。

 ベットの布団を頭から被り悶える。

 

 「えっと、いらないか?」


 さすがの三井君も同情して、申し訳なさそうにしている。


 「・・・食べます。」


 そう言うと三井君は近くの机を持ってきて、そこに作った料理を置く。

 作ったのはお粥らしく、卵と梅干しが入っている。

 昔食べたことのある母のお粥と同じだ。


 「飲み物も取ってくる。」

 

 そう言って三井君は全ての準備をしてくれる。

 至れり尽くせりである。


 「ちょっと冷めてるけど、まあそれくらいがちょうどいいだろ。味は保証する。」


 自信満々に言ってのける三井君が少し面白くて笑ってしまう。

 私はスプーンを手に取ろうとした所で、少しからかってみる。


 「力が入らなくて。食べさせて貰えますか?」


 「はあ!?」


 そう言うと、三井君は顔を少し赤くして仰け反る。

 

 「ダメ、ですか?」


 「いや、何か元気そうだし。食うくらいできそうに見えるけど?」


 「はぁ~。頭がクラクラするな~」


 「お前、やっぱり元気だろ。」


 そう言いながらも、三井君はスプーンを持ってお粥を掬い、私の口元に持ってくる。

 恥ずかしいようで、顔を背けている。

 出来ればこちらを見ながらして欲しかったが、これ以上からかうのは可哀想なので、私はお粥を口に含む。

 味は本当に美味しくて、どこか懐かしい。


 「どうだ?上手いだろ。」


 「はい。それに、母の作ったお粥と同じ味がします。」


 首を傾げる三井君に私は説明する。


 「小学生の頃、高熱を出した事があって、その時食べたんです。そのお粥に似ています。」

 

 あの頃は、三井君とは兄妹で、私も三井 麗奈だった。

 

 「あー、あの時のか。」


 「覚えていたんですね。あの頃は私達、会話も無かったのに。」


 私が最初に壁を作ったせいで、私達は関わりがなかった。

 あの時、壁さえなければ…


 「覚えてるっていうか、そのお粥作ったの俺なんだ。」


 「え?」


 いきなりのカミングアウトに私は驚く。

 母からは自分が作ったと言われたので、てっきり母が作ったものだと思っていた。


 「でも、母は自分が作ったって…」


 私は思った事をそのまま口にする。

 すると彼が恥ずかしそうに答える。


 「俺が環奈さんに頼んだんだ。環奈さんが作った事にしてくれって。」


 「どうして?」


 「それは…」


 三井君は頭を掻き、顔を背けながら言う。


 「お前、俺の事嫌ってたろ?だから、俺が作ったって言ったら食べないんじゃないかって思って…」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。

 優等生の冬咲 麗奈からは出たことのないほどの大きな声で。

 それを見た三井君が立ち上がって怒る。


 「そ、そんなに笑うなよ!」


 「だ、だって、あっはは!」


 馬鹿な人だ。

 私は1度だって、あなたを嫌ったことなどないのに。

 まあ、素直じゃなかった私も悪いか。


 その日、保健室からは女の子の大きな笑い声と男の子の恥ずかしそうに抗議する声が響いていたらしい。




 少し眠った事で、熱は微熱程度に下がり、私は昼休みに早退することにした。

 それまで三井君は看病してくれた。

 今度何かをお礼しなくては。

 

 (そういえば…)


 ふと、運ばれている時に聞こえた懐かしい声を思い出す。

 昔熱を出した時も、意識が朦朧とする中、「大丈夫だ。頑張れ」という必死な声が聞こえていた。

 その時の声によく似ていた。


 (もしかして…ふふ)

 

 私は緩んだ顔が戻らないまま帰路に着く。

 顔が熱いのは微熱のせいだろうか。

 それとも…。

 

 

 

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