第11話①
小学生の頃、40度近い高熱が出た事がある。
お母さんもお義父さんも心配していて、申し訳なかったのを覚えている。
その時食べたお母さんのお粥の味は今でも思い出せる。
粥の中に卵と梅干しが入っているシンプルな物だった。
少し冷まされたそれは、痛い喉を優しく通って、悪い何かを溶かしてくれるような。
そんな、優しい味だった。
「・・・暑い。」
朝目が覚めると、体がダルく、寝巻きが汗でぐっしょりと濡れていた。
懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。
時計を見ると、朝6時半でちょうど起きる時間である。
私はセットしてあったアラームを鳴る前に消し、立ち上がろうとする。
すると、何かの部品のような物を踏む。
「・・・何の部品だこれ?」
分からないがとりあえずそこら辺のゴミ袋に入れておいた。
足の踏み場のない部屋をどうにか脱出する。
今では学年のマドンナなどと呼ばれている私、冬咲 麗奈の部屋がゴミ屋敷であると誰が想像出来るだろうか。
寝癖だらけの髪の毛のままダイニングで朝ごはんを食べる。
机の上にはお弁当とお母さんの書き置きがある。
「いつもありがとう。お母さん」
いつも部屋を掃除しろと小うるさい母だが、感謝の気持ちは忘れない。
誰もいないダイニングで私は独り言を呟く。
ご飯を食べたら、歯を磨き、顔を洗って、制服に着替える。
私立に通う余裕はうちには無かったが、私が特待生だったことと、お義父さんがお金を出してくれたことで通う事が出来ている。
お義父さんには頭が上がらない。
長い髪を櫛でしっかりと梳き、靡かせる。
お弁当を鞄に入れて、靴を履く。
玄関の鏡の前で1度深呼吸をする。
外に出れば、だらしない冬咲 麗奈ではなく、優等生の冬咲 麗奈だ。
切り替えたら、小さなアパートを出る。
クラスのみんなは、私をどこかのお嬢様だと思っていそうだが、現実は残酷である。
階段を降りながら大きな欠伸をする。
これは油断している証拠だが、まだ家の前だから勘弁して欲しい。
さて、今日も1日が始まる。
重い体を動かし、私は学校へと向かった。
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「よーし、この前やった小テストの結果返すぞー」
3時間目に数学の期末テスト直前の小テストの返却が行われている。
俺は大きな欠伸をしながら外を眺めていた。
梅雨の影響で雨が降っており、俺の気分も何となく下がっている。
朝は降っていなかったので、傘も持ってきていない。
7月に入って1週間経つというのに、梅雨が明ける気配がない。
最近は梅雨の時期も遅くなっている気がするのは気のせいだろうか。
「次、冬咲」
先生が冬咲の名前を呼んだということは、そろそろ俺も呼ばれるだろう。
そう思い、俺は早めに席を立つ。
冬咲はテストを受け取り席に戻ろうとしているが、何だか足取りが悪く見える。
俺の前の生徒がテストを受け取り席に戻っているのに、冬咲はまだ座っていない。
様子がおかしいと思った俺は、テストを受け取ると冬咲の方へと歩いていく。
その時、冬咲が突然ふらっと倒れ始めた。
すぐ後ろに居た俺は、冬咲の顔面が地面に激突する前に抱える事に成功する。
周りからは「お~~!」と歓声が上がる。
歓声を上げている暇があるなら、冬咲の心配をしろと思ってしまう。
「冬咲!?大丈夫か?」
声をかけてみるも、反応がない。
額を触ると、かなりの熱があるのが分かる。
「先生、冬咲を保健室に連れていきます。」
先生に了承を得て、俺は冬咲を抱えて保健室に向かう。
想像よりは重かったが、何とか持ち上げられた。
筋トレをしていて良かったと心から思った。
冬咲が高熱を出している時を1度だけ見た事がある。
あの時と全く同じ様子だったので、俺は早くに気づく事が出来た。
「世話かけさせやがって」
そんな愚痴を零しながら、俺は走った。
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何も見えない。
体が動かない。
私はどうしてしまったのだろう。
「・・・・やがって」
微かに声が聞こえる。
昔、聞いた事のあるような声だ。
(いつだったっけ?)
思い出せないまま、私の視界は真っ暗になった。