第9話②
彩華の変わり様も気になるが、俺にはもうひとつ着地点を見つけなくてはならない問題がある。
「ケンティーさー、本当に3組?」
その問題とは、目の前の少女笹川 薫のことである。
彼女のバイト初日についた嘘がバレかけている。
というのも、あの日から毎日のように笹川が3組に顔を出す姿が目撃されている。
3組の男子達が、自分達の誰かのことが好きなのではないかと勘違いするほどに。
「3組だよ。笹川さんの方こそ、本当に甲真?俺は見た事ないけど。」
内心動揺しながら、何気なくそう言うと、笹川は「う~ん」とうねっている。
「これでもほぼ毎日3組に行ってるんだけどなー」
知っていますとも。
その後ろをいつも通っているのだから。
「マジでケンティー見かけないんだよ。幽霊みたい。」
「失礼だな。学校は広いんだから、たまたまいない時だってあるだろ。」
実際はいつもいないけど。
「そうかな~?じゃあ、私が見逃してるだけなのか~?」
純粋な子で本当に良かった。
騙している罪悪感はあるが、花野井にバイト先を知られるよりはマシだ。
「あ!そうだ!良いこと思いついた!」
手を叩き満面の笑顔を向けながら、笹川は言う。
「明日の昼休み、教室の席にずっと座っててよ。そしたらすぐに分かるし。」
「分かった。そうするよ。」
「決まりだね。じゃあ、明日は一緒にお昼食べようよ。紹介したい友達もいるし。」
「ああ。いいよ。」
俺は笹川の提案を快く受け入れた。
一見、まずい約束のように感じるが、そんな事は無い。
皆が思っている以上に日本語は複雑なのだ。
翌日、俺は約束通り教室に居る。
だが、笹川が見つける事は無いだろう。
なぜなら、俺がいるのは1組の教室だからだ。
笹川は、「教室の席に座ってて」と言ったのだ。
どこの、まで言われていない。
この抜け穴にすぐに気づいた俺は、あの提案を受けたのだ。
屁理屈とはこういう時のために存在するのだと、俺は実感した。
そして、ここで終わりだと油断したのだ。
放課後、期末テストに向けて俺と誠で陸斗の勉強を見ている時に、事件は起こった。
「うおー!こんなの無理だー!」
「諦めるなよ。今回赤点だと夏休み補習なんだろ?部活に補習にだと遊べないぞ。」
「それだけは嫌だ!」
「だったらもっとやる気を出せ。誠だって、今回はやる気満々だぞ。」
「前回はみゆうに負けたからな。2連敗は避けなければ。」
そんな高校生らしい会話をしている時だった。
「あれ?3人で勉強?」
そこは、学校から1駅離れたファストフード店だった。
だから、わざわざ電車を降りて立ち寄る生徒は居ないと思っていたのだ。
「は、花野井!?と…」
花野井の他に、2人見覚えのある女子が居た。
1人は和道 黄名子。
そしてもう1人…
「あ!いつぞやのイケメンと、みゆうのお気にの男の子!」
そしてもう1人は、笹川薫だった。
「前回はお前に負けたからな。今回は勝つために早めに始めてんのさ。お前らも勉強か?」
「いや。黄名子が小腹空いたって言うから寄っただけ。でも、どうせならしてこうかな。」
「え~!?勉強すんの~!?」
「薫だって、前回やばかったんでしょ。だから早めに始めないと。」
真面目になってしまった花野井が、笹川を促していると、陸斗が立ち上がり提案する。
「ど、どうせなら、6人でやりません?その方が捗るでしょ!」
明らかに下心丸出しで、花野井なら断るだろうと俺は安堵した。しかし…
「・・・それもそうかもね。じゃあ、ちょっとお邪魔するわ。」
「え?本気で言ってるのか?」
「何?文句あんの?」
「・・・いや、別に。」
花野井は俺を睨みつけて、俺達の席に荷物を置き、笹川と和道を連れて注文をしに行った。
俺は、自分がついた嘘によって、自分の首を絞める事になった。