第8話②
夜8時頃、学校での探し物を終えてスマホを見ると、ママからRINEが来ていた。
今日はお義父さんがサプライズで帰ってきたらしく、2人でデートに行くとの事で、夕食を自分で済まして欲しいとの事だった。
私は了解とスタンプを送って、家の扉を開ける。
部活終わりにしては遅すぎる時間だが、お義父さんが帰ってくる時、絢士郎は家に居ない。
今は好都合だ。怪しまれる心配もない。
そう思い、リビングの扉を開けると…
「随分と遅かったな。」
いつもは居ないはずの絢士郎がテーブルに座って、コーヒーを飲んでいた。
居るとは思わず驚いたが、すぐに平静を装う。
「なんでいるの?」
「親父が連絡なしに帰ってきてな。仕方なくだ。」
いつもなら唐沢君あたりの家に泊まっているのに、よりにもよって今日出くわすとは思わなかった。
「・・・随分と汚れた運動着だな。」
絢士郎は、私の手にある泥だらけの運動着を見て言う。
咄嗟に隠したが、その動揺をこの兄が見逃すはずがない。
「とりあえず、コーヒー入れるから。座れよ。」
有無を言わさずそう促す。
様子を見るに、全て知られているのだろう。
隙を見せた覚えはないのだが…
私は言われるがままにテーブルに座って、兄の入れてくれたコーヒーを1口飲む。
私の好きな味だ。
「それで?何があったんだ?」
私は、普段暴言ばかり吐いているが、この兄を尊敬している。
勉強ができて、運動ができて、何でも1人でできる姿に憧れる。
それが才能ではなく、努力の賜物という所がまた良い。
テスト前になれば人一倍早く勉強をし、休みの日には1人でも運動をしに出かけている。
そんな凄い人が1年前に私の兄になった。
誇らしい事だ。
だから私は、恥ずかしくない妹であろうと思っている。
胸を張って、できる兄妹だと思われるように。
けれど、そんな簡単な事じゃない。
今までしてこなかった勉強がいきなりできるはずもない。
比べられれば、天と地程の差がある。
挙句、同級生からいじめを受けている。
情けなくて、恥ずかしい。
そんな気持ちを知られたくなくて、兄に強く当たる自分が嫌いだ。
だからこそ、言えるはずがない。
辛いだなんて。助けてなんて。
兄の、誰かの迷惑にはなりたくない。
いじめの事を騒ぎ立てれば、また兄との差が開く。
私も、いじめくらい自分で何とかしなければならない。
じゃなきゃ、この兄の妹ではいられない。
「別に。何も無いし。」
私は本音を押し殺し、兄の心配を突っぱねる。
「何も無いわけ─」
「うるさいな!ほっといてよ!私の問題なんだから!」
言ってから気づく。
それはほぼ認めたようなものだと。
これ以上はボロが出ると思い、私はコーヒーを飲み干してリビングを出た。
兄は追いかけて来なかった。
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彩華が勢いよくリビングを飛び出して、静寂が流れる。
出来れば本人の口から聞いて、助ける理由が欲しかったが、どうやら意地でも抱え込むつもりらしい。
それならいっそ、彩華の気持ちを汲むべきだろうか。
そんな考えがよぎると、頭の中にさっきの親父の言葉が蘇る。
思い出しても腹が立ち、頭の中で親父を殴っておいた。
それと同時に、あの言葉は俺の心に火を灯す。
俺は予め条件付きで協力してくれる約束をした人物に電話をかけ、予定通りに行動することを告げる。
彩華のいじめ問題の解決は簡単だ。
2日もあれば終わる。
彩華には、余計なお世話だと言われるかもしれない。
けれど、俺は彩華を助ける。
自分が親父のようにならないために。
俺は、すっかり冷めたコーヒーを飲み干し、部屋に戻った。