第8話①
「絢士郎君、ちょっといい?」
彩華がいじめられていると発覚した夜、リビングのソファでくつろいでいると、部屋に居たはずの三井 瞳さんが遠慮気味に話しかけてきた。
瞳さんは、俺の現在の義母に当たる人物で、彩華の実の母親だ。
「今は大丈夫ですよ。」
俺は他人行儀な態度で答える。
「ありがとう。実は、彩華のことなんだけど、最近あの子様子が変じゃない?」
「そうでしょうか。特にないと思いますけど。」
おそらくいじめを受けている影響だろうが、ここはしらを切っておく。
「それならいいんだけど。何だか、笑った顔がぎこちない気がするのよ。気にしすぎかしら。」
さすが母親と言うべきだろう。
些細な変化を見落とさない。
彩華は良い母親を持ったようだ。
「俺の方でも注意して見ます。」
瞳さんは「お願いね」と言って部屋に戻った。
注意するとは言ったが、彩華はどう思っているのだろう。
彼女はプライドが高い人間だ。
俺なんかに助けられるのを良しとしないのではないだろうか。
その考えが、俺の善性の邪魔をした。
翌朝、彩華の靴箱をチラリと覗いてみると、昨日の土やらゴミは綺麗になくなっていた。
あの後自分で掃除したのだろう。
その日1日、俺はできる限り彩華の事を観察した。
それによって分かった事はいくつかある。
いじめているのは、同じ陸上部の女子4人。
そして、周りの人間は気づいていないということだ。
彩華が心配かけないように隠しているのだろう。
でなければ、陸上部の男子共が動くはずだからだ。
まあ、彩華をいじめている理由もその男子共に起因するものの可能性があるが…。
彩華の表情もどことなく暗かった。
なぜ今まで気づかなかったのかと言いたくなるほどに。
いじめられていると理解した状態で見ると、無理しているのがよく分かる。
そういえば、面談の日は何かを探しているようにも見えた。
物を隠されたりしているのかもしれない。
ここまで派手にやられていて、友人達が気付かないというのは、余程彩華の隠蔽が上手いのだろう。
そこまでして知られたくない事に、俺が口を挟んでいいものか。
そんな事を考えながら帰宅すると、居るはずのない人物がそこに居た。
「よ!おかえり」
俺の親父である三井 絢也だ。
「・・・なんで居るんだよ。」
「久しぶりに会った父親に言うセリフかよ。てか、ここは俺の家だぜ。」
「そういう意味じゃなくて、連絡無かったぞ?」
「だってよー。連絡したら、お前家に帰ってこねえじゃん。愛しの息子に会えない父親の気持ちが分かるか?」
ケラケラと笑いながら言ってくる。
そういう態度が、俺の神経を逆撫でする。
これ以上付き合ってられないので、横を通り過ぎて部屋に行こうと歩き出す。
「なあ、ちょっといいか?」
階段を登ろうとしたところで、引き止められる。
俺の返事を待たず、親父は続ける。
「彩華ちゃん、何かあったんだって?」
「何かって、何?」
瞳さんから聞いたのだろうが、詳しい事は知らないはずだと思い、俺は知らないフリをする。
「とぼけなくていいぞ。お前なら事情も知ってんだろ?」
息子の事ならなんでも分かると言いたいのか、誇らしげに言う。
「知ってたとして。それが何?」
「助けてやれよ。兄貴だろ。」
「兄貴って…。1年前に突然の話だろ。それに、もう兄妹仲良くって歳でも無いだろ。」
「そうやって、動かない言い訳をするのか?」
呆れたように言うと、親父は真剣な眼差しで核心を突いてくる。
「お前は、何かに巻き込まれるのをいつも恐れてるな。まあ、俺のせいなんだろうが…。」
「・・・トラブルに巻き込まれるのは、誰だって嫌だろ。」
「確かにな。だが、彩華ちゃんは家族だ。」
「あんたのな。俺は違う。」
親父にとって、彩華が娘でも、俺にとっては他人だ。
「そんな事を言ってるうちは、お前は俺以下だぞ。」
その言葉に怒りが増し、反論しようとしたが、何も出てこなかった。
そのまま親父はリビングに繋がる扉を開け、中に入っていった。
「ろくでなし親父が。」
つくづくムカつく男だ。
俺の事を本当によく分かっている所が。