第6話②
「じゃあ、仕事の説明をしていくからよく聞いてね。」
「はい!マスター」
今日来ると聞かされていた新人バイトは、笹川 薫という少女で、長い金髪のギャルであり、俺の義妹の花野井 みゆうの友人でもある少女だ。
今は長い髪を1本に束ねて、化粧も薄くしているので、ギャルとは言えないかもしれないが…
「細かい事は、そっちの三井君に聞いてね。笹川さんと同い年で同じ高校だから、仲良くね。」
マスターの大まかな説明は終わったらしく、俺にバトンが渡される。
「え!同じ高校なんですか!」
何故かテンション高めに聞いてくる。
「まあ、らしいね。俺は見た事ないけど。」
何となく嘘をついた。
笹川は花野井の友人なので、回り回って花野井にバイト先が知られる心配がある。
あいつなら絶対に茶化しに来るに違いない。
「私もないですよ~。三井君、でしたっけ?」
「ああ。あと、別に敬語じゃなくていいよ。同い年だし。」
「それもそっか。じゃ、改めて自己紹介。私は笹川 薫。呼び方はなんでもいいよ~」
一瞬、下の名前を言うことに躊躇ったが、苗字でピンと来ていない所を見るに、花野井からは何も聞いていなさそうだ。
そう判断し、普通に自己紹介をする。
「三井 絢士郎。よろしく笹川さん」
「よろしく。ケンティー」
どこかの元アイドルのようなあだ名をつけられてしまった。
「てか、ケンティーって本当に甲真?マジで見た事ないんですけど。」
「まあ、クラスは多いんだし。そういう事もあるだろ。」
実際は何度か会ってはいるが、笹川が気づかないのも無理はない。
俺はバイトの時は、長い前髪をヘアピンで止めて、顔が見えるようにしている。
接客で顔が隠れているというのは失礼だからだ。
普段は顔が隠れているので、素顔を見ても分からないだろう。
「まあ、そうだね。じゃあ、ケンティーは何組なの?」
その質問を聞いて、俺は考えた。
馬鹿正直に答えれば、笹川は1組で俺を探すだろう。
その時、花野井が同行すれば、俺だとバレる。
そうなれば、花野井にバイトの事がバレてジ・エンドだ。
「・・・3組だよ。」
「3組?ケンティーみたいな子いたっけ?」
「ほら、影が薄いから気づかなかっただけだよ。」
よく回る口で言い訳を並べると、笹川は俺の顔をじっと見始める。
「ん~?でも、ケンティーみたいな整った顔の子を私のような男の子マスターが見逃すかな?」
なんだか似たようなセリフを昼に聞いた気がするが、そんな事よりも訂正せざる負えない事を笹川は言った。
「別に整ってはねえよ。普通だろ」
整っているというのは、誠のようなイケメンの事を言うのだ。
俺は特別容姿に優れてはいない。
「いや、確かにイケメンとかではないだけど、なんて言うかバランスがいい?」
「疑問形にするくらいなら言うな。」
それに、イケメンとかでは無いというのはちょっと傷つく。
「あはは!ごめんごめん。」
「ったく。」
「2人とも?お話は終わったかな?」
背中に悪寒を感じ、2人で振り返ると、マスターがにっこりと笑っていた。
俺はわざとらしく咳をして、笹川に仕事の説明を始めた。
「ふぃ~疲れた~」
「お疲れ様。はい、コーヒーサービス」
「ありがとうございます。」
「くれるんですか!ありがとうございます!」
バイトが無事に終わり、マスターの労いのコーヒーを飲みながら、今日の笹川の働きっぷりを振り返る。
「笹川さん、バイト初めてなんでしょ?それにしては良い動きだったよ。」
「え~そうですか~」
マスターからの賞賛に満更でもなさそうに笹川は照れる。
その評価には俺も同意だ。
声はよく通るように出ていたし、常連のお年寄りからは孫のように可愛がられ、同年代の男達は見惚れていた。
あっという間に俺を追い抜いて行きそうな勢いだ。
「即戦力って言うのは、笹川みたいな奴のことを言うんだろうな。」
「ちょ、そんなに褒めないでよ!」
「事実を言っただけだ。」
「うんうん。明日からも頼むよ!」
それから、マスターと笹川は何気ない世間話を始める。
趣味はなんだとか、そんな話だと思う。
そんな中、俺はまだ髪を解いていない事で、顕になっている笹川のうなじに目が吸い寄せられた。
俺はその一点をじーっと見る。
「・・・ケンティー見すぎ。」
すると笹川が顔を赤くして言ってきた。
「別に。何のこと?」
とぼけてみたが、笹川は俺を睨んでいる。
「そういう視線、女の子は分かるんだからね。」
そうジト目で言われ、俺は黙るしかなかった。