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第54配信 ワンユウとキャニオン②

 色々と考えあぐねているとキャニオン社長はおもむろに俺に頭を下げた。


「キャニオン社長!?」


「あなた達、太陽リスナーにずっと謝りたかったノ。本当にごめんなさイ」


「ちょ、頭を上げて下さい! どうして謝罪なんてするんですか? 理由なんて無いじゃないですか」


「いいえ、理由ならあるワ。アタシは太陽ちゃんをあなた達から奪ってしまったワ」


「……え?」


 とにかくキャニオン社長には頭を上げてもらい、彼の言葉の真意を聞かせて貰う事になった。


「太陽リスナーの代表としてワンユウちゃんにずっと前から会いたかったのヨ。あなたにとって、とても大事な太陽ちゃんと居場所を奪ってしまったでショ?」


 その言葉が俺の心に直撃する。俺がガブリエールの初歌配信の際に自覚した俺の本音。それをキャニオン社長は見透かしていた。

 

「……陽菜をぶいなろっ!!にスカウトしたのはキャニオン社長だったんですね」


「その通りヨ。ぶいなろっ!!メンバーの選抜には必ずアタシが関わっているからネ。陽菜ちゃんの場合はアタシが直接スカウトしたのヨ」


「社長が直接? 凄いですね……」


「ソウ、当時太陽ちゃんのアーカイブを初めて観た時には全身に稲妻が走ったような衝撃を受けたワ。配信中、ずっと楽しそうでキラキラしていて一目惚れだったワ」


「え……それってつまり陽菜が好きってことですか?」


「言っておくけど、アタシはあなたみたいな可愛いボーイが好みだから女性は恋愛対象じゃないわヨ。あくまでライバーとして、という意味ヨ」


「なるほど……」


 俺は震えながら自分の尻に触れる。大丈夫、大丈夫だ。もし何が起こっても俺は最後までお前を守るからな。


「ぶいなろっ!!は最初に比べれば確かにVTuber事務所として規模が大きくなったワ。所属するライバーの子たちもどんどんレベルアップしてル。でも、六期生のデビュー前のあたりは停滞期に入っていたのヨ。そんな時に知ったのが太陽ちゃんだったワ。だからこの子がどうしてもウチに欲しいと思ってスカウトしたノ。彼女はとても悩んでいたワ。でもある時彼女から連絡が入っタ。アタシの申し出を受けるという内容だったワ」


「あの頃もぶいなろっ!!の人気は凄かったですよ。俺からすれば安定期だと思いますけど、キャニオン社長は停滞期と言うんですね。――本当に驚きました。あの時太陽から詳細は聞きませんでしたが、まさかぶいなろっ!!からスカウトを受けていたとは思わなかったから」


「ワンユウちゃん、この配信の世界では安定と停滞は同じ意味なのヨ。ライバーはエンターテイナー。エンターテイナーは常に変化を生み出しオーディエンスに感動と驚きをプレゼントする存在でなければならなイ。アタシは陽菜ちゃんにその才能が溢れていると確信したノ。その証拠に彼女にはあなたが居タワ」


「俺ですか? 俺は単なるいちリスナーに過ぎませんよ」


「ぷっ、アハハハハハハハハハ!! 本当にあなた面白いワァ! あなたは自分が何なのか全然分かっていないみたいネ」


 いや、本当に何を言っているのか分からない。俺にはライバーを導くような手腕も無ければ生活を支える経済力もない。キャニオン社長みたいな力は一切何も持っていないんだが。


「ワンユウちゃん、あなたはライバーってどんな存在だと思っているのかしラ?」


「それはさっき社長が言ったように配信を通してリスナーに感動や驚きを提供するって事じゃないんですか? 皆を楽しませる……それがエンターテイナーですよね」


「その通りヨ。それはつまりリスナーはライバーに恋をしているのと同じなノ。配信を通して彼らを夢中にさせる。――それがライバーだとアタシは考えているワ」


「恋か……それはまたロマンティックな表現ですね」


「でも陽菜ちゃんはそれとは真逆なのヨ。あの子は恋をしてル。ずっと恋をしながら配信をしてるノ。好きな人に会いたくて、コメントという文字を通してその人の声を聞きたくテ……ずっとずっと一人の想い人の為に太陽となってガブリエールとなって配信を続けてきたのヨ。彼女のリスナーはそんな恋をしているライバーを応援したくて視聴しているノ。――つまり、陽菜ちゃんの想い人であるワンユウちゃんの存在も込みでガブリエールの配信に昇華されてるワケ。こんなライバーは他にはいないし、恐らく今後も現れる事はないでしょうネ」


「あの、それって俺は自分でも気が付かないうちに配信の一部になっていたという事でしょうか?」


「簡潔に言ってしまえばそういう事ネ。でもあなたは配信に必要な機材でもなければ設備でもナイ。生身の人間ヨ。――だから皆が惹かれるノ。リスナーと同じ立場と目線でありながら配信の重要なファクターになっているあなたと配信者であるガブちゃんがどんな事をしてくれるのカ。皆、ドキドキワクワクしちゃうのヨ。これは何もリスナーに対してだけじゃないワ。ぶいなろっ!!メンバーもあなたとガブちゃんに少なからず影響を受けて停滞していた状況が変わってイッタ。六期生がデビューしたこの一年でぶいなろっ!!はまた一つ成長したとアタシは思っているワ」


 何かとんでもない事態になっている。俺としては推しを応援していただけだったのに気が付いたら配信の重要なファクターがうんたらかんたらと言われている。

 陽菜と付き合い始めたことを怒ったり止めさせたりするのかと思っていたら、予想とは随分異なる状況になってきた。俺は一体どうすればいいのだろうか? 着地点が見えない。


「キャニオン社長、今言った事がガブリエールの配信の仕方だとしたら、この状況は好ましくないんじゃないですか? 恋をしているガブをリスナーが観に来るのなら、俺と付き合うというゴールに辿り着いたら終わりじゃ……」


「ウフフフフ! ワンユウちゃんは恋愛初心者みたいネ。あなたと付き合いだした最近のガブちゃんの配信がどう評価されてるか知ってル? 以前よりパワフルで可愛くてエロティックになったって言われているのヨ。チャンネル登録者数の伸び率も上昇しているワ。あなたとの付き合い方が変わった事であの子の中に革命が起きたのヨ。これもまたエンターテイナーとしての成長と言えるでしょうネ。だから今日の配信は心配していないワ。きっと素晴らしい事が起きると思ウ」


「そう……ですか。そう言って貰えると助かります。俺は……俺のせいで陽菜のVTuberとしての道を閉ざしてしまうんじゃないかってずっと思っていたんです。社長の言葉を借りるならリスナーはライバーに恋をして視聴する。だったらその恋を揺るがせるような状況が起こってしまったら、その先はどうなるんだろうって」


「普通に考えればリスナーは離れていき、下手をすればライバーとしての生命は絶たれるかも知れないわネ。――もしも、あなたとガブちゃんが付き合う事でそうなる可能性がある場合、あなたはどうするつもりなのかしラ?」


 キャニオン社長はサングラス越しに俺を真っ直ぐに見ている。声の調子はこれまでとそんなに変わっていないが、この瞬間、俺はこの人に試されていると感じた。

 それを自覚した上で俺の素直な気持ちを口に出して伝える。


「もし俺と付き合うことで陽菜の夢を壊してしまうのだとしても、俺は彼女と離れません。少なくとも陽菜自身が俺を求めてくれるのなら絶対に――!」


「あの子のライバーとしての資質は凄く高いわヨ。この先ぶいなろっ!!を支えるかなめになるとアタシは確信しているワ。それをふいにしても良いとあなたは本気で考えているのかしラ?」


「きっと、そんな存在になれるのだとしたら凄いことだと思います。誰にでも出来ることじゃないと思うから。でも、俺はそれでも……陽菜の夢が断たれる事になったとしても絶対あいつに後悔させません。俺と一緒になって本当に良かったって、年を取って最期を迎える瞬間に楽しかったって言って貰えるように、あいつを大切にして一緒に歩んで行きたいと思っています。陽菜を受け入れると決めた時にそう決心しました。それに陽菜が俺を想ってくれるよりも俺の方が彼女にゾッコンなんです。四年前からずっと好きで、一度失いかけてその大切さに気が付いて、再会してからはもっと彼女に夢中になっています。今じゃ配信中でもそうじゃない時もそんな感じで……済みません、暴走しました」


 完全に自分の世界に入ってしまっていた。こんな自分語りをされても第三者からしたら良い迷惑だろう。

 ほら現実にキャニオン社長が身体を震わせてる。きっと自分勝手な俺に怒りを募らせているんだろう。数分後には本当にターミネートされているかも知れない。死にたくないよぅ。


「ブラボーーーーーーー!!! 良いわ、良いわよォォォォ、ワンユウチャァァァァァァァン!! まさにパーフェクトなアンサーだったワ! あなたのラブなトークを聞いてハートがキュンキュンしちゃっタ!」


「ひぃっ!?」


 キャニオン社長が爆発したように歓喜の声を上げたので驚いた。両手で俺の手を取って喜んでいる。怖い、怖いからぁぁぁぁぁぁぁ!!


「アタシが見込んだ通リ……いえ、それ以上のボーイね、あなたハ! 陽菜ちゃんの彼ピでなかったらアタシの彼ピにしたいところだったワ!!」


「ひぇっ!?」


 良い人なんだろうけど外見が殺し屋にしか見えないから凄まれると本気で殺されると思ってしまう。それに今の発言からして下手をしたら俺の肛門括約筋が破壊されかねない事実を知ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この話最大の恐怖。
[一言] こんな上司が欲しい人生であった… ただし尻は守らせてもらうがな!
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