第2配信 独りで激ムズレトロゲームの配信中だと!?
俺がガブリエールの前世であるVTuber空野太陽に出逢ったのは今から四年前だ。当時学生だった俺は学業そっちのけでアルバイトに明け暮れていた。
友人はそこそこいて楽しかったが女性には縁が無く、プライベートは小説投稿をしたりVTuberの動画配信を視聴していた。――つまりやっている事が今も昔も変わっていない。
――四年前のあの日もアルバイトから帰ってきた俺は小説投稿を終えると何か面白い動画配信がないかネットの海を彷徨っていた。
「うーん、中々興味がそそられるものがないな。……あっ、ぶいなろっ!!のメルア姫の生配信中か。可愛いよなぁ、メルア姫」
ぶいなろっ!!は国内でもトップシェアを誇る小説投稿サイト『小説家になろうよ』で有名な株式会社ファイナルプロジェクトが運営する女性VTuber事務所だ。
新時代のエンターテイメントの担い手であるVTuberに注目し、小説家になろうよで人気のある異世界転生の世界観をぶち込んで設立したのがぶいなろっ!!だ。
その為、ぶいなろっ!!に所属するVTuberはファンタジー小説に出てくる様な人物をコンセプトとしており、リスナーを異世界転生者と見立て配信で交流を深めていくというものになっている。
そのぶいなろっ!!の輝かしき一期生は王国と言う名のユニットで、姫【メルア・ティオ・アルビオン】、騎士【サリッサ・アーガマ】、悪役令嬢【ルイーナ・シル・レウルーラ】、聖女【アンナマリー・ホワイト】の四人。
一期生から一週間遅れでデビューした二期生は魔王軍と言う名のユニットで、魔王【サターナ・バアル】、サキュバス【セリーヌ・グレモリー】、暗黒騎士【クロウ・バルバトス】、ネクロマンサー【シャロン・ガミジン】の四人だ。
その何れもが魅力的なVTuberで、デビューしてから一年以上が経過した今では人気に火が付き、ぶいなろっ!!は既にVTuber事務所としてトップクラスになりつつある。
その人気を証明するように三期生が間もなくデビュー予定、四期生のオーディションが始まっていると言う噂だ。
俺もぶいなろっ!!メンバーの配信は何度も観ており、完全にどハマりしている。
そういう事もあり現在生配信しているメルア姫の配信を観ようとした時、別のVTuberの生配信が目に入った。
「……うん? 空野太陽……? 知らないVTuberだな。……現在視聴者数は0人か。ゲーム配信をしているみたいだけど、一体何のゲームを……?」
気になって覗いてみると、そこにはリスナーがいないにも関わらず一生懸命にゲームをしている女性VTuberがいた。
『ひゃあああああああ!! またやられちゃったぁ……。あと残機が一機しかいないよぅ……』
いきなり大きな悲鳴としょんぼりとした声が聞こえてきた。
その声の主であるVTuberは見たところ失礼だがデザインは拙い印象がありプロのイラストレーターの手によるものではない事は一目で分かる。
でも……それでも不思議だった。何故か妙に惹かれてしまう。
空野太陽というその女性VTuberは亜麻色のセミロングヘアに大きなリボンを付けた可愛らしい姿をしており、一生懸命にゲームをする際に聞こえてくる声はとても綺麗で耳が心地よく感じるほどだ。
その姿と声によって名前が示す通り、まるで太陽のひだまりの中に居るような不思議な温かさと安らぎを感じる。
「VTuberの配信を観ていてこんな感覚を覚えたのは初めてだ。……そう言えば、何のゲームをやってるんだ? 見たところ結構昔のゲームみたいだけど……」
配信タイトルには『レトロゲームに挑戦!』としか書いていなかったので内容が分からなかった。
ゲーム画面をよくよく見てみると俺は絶句した。
『ポコボイの謎』――とてつもなく難しいと有名な三十年以上前に発売された横スクロール型ロボットアクションゲーム。人型と飛行機形態を使い分け敵を倒していくゲームだ。
しかし、このゲームのロボットは昨今のロボゲームみたいに体力ゲージが存在しない。一発攻撃を食らったら即破壊される紙装甲のロボットだ。
おまけに危険なのは敵の攻撃だけではない。飛行機形態になっている時に地面や障害物にぶつかったり、画面の一番上に飛んでいくと自滅する。とにかく脆い……脆いのだ。
敵が撃ってくる弾が速い上に小さく見えづらいため気が付かないうちに撃破されるのは当たり前でゲーム開始数秒で初見プレイヤーはその洗礼を受ける。
障害物をジャンプで避けた際、着地点に敵が待ち伏せしていたり弾を叩き込まれるケースが非常に多い。
その結果、当時このゲームをプレイした者は口を揃えてこう言った。――ポコボイの謎はヤバい。
「……これはどう言う事だってばよ。独りで激ムズレトロゲームの配信中……だと!?」
このVTuberがどのようなルートでこんなヤバいブツを手に入れたかは知らないが、まさか視聴者数0名の状況でやるとは……。
そこでどのくらいの時間このゲームをやっているのか気になり確認すると、配信が始まって七時間が経過していた。
つまりこの人は七時間おそらくたった独りでこのヤバいゲームに孤軍奮闘していたのである。
もう訳が分からない。何故にどうしてこれに手を出した? 世の中にはもっと他に配信向けのゲームが沢山あるじゃないか。
よりによって、どうしてこんなクリア不可能レベルのゲームを選んだんだ。そう、どうして――。
『きゃあああああっ!! またゲームオーバーになっちゃったぁ。また一面からやり直しかぁ。――よし、次は頑張るぞい!』
――どうしてこんなに楽しそうに配信してるんだろう。恐らく彼女は俺が視聴している事に気が付いていない。
それでも笑みを絶やさず一生懸命なその姿は見ている者を惹きつける何かを持っている気がした。少なくとも俺は彼女の配信に夢中になり、気が付いたら二時間が経過していた。