第169配信 何デニールがお好き?
身を清めに行ったゲーム開発部の皆が戻ってくるまで三十分。女性マネージャー十名はそれぞれ談笑したりパソコンで作業したりと自由に過ごし始めた。
この状況の中で男一人というのは非常に心細い。漫画などではよくハーレム展開を目の当たりにするが、あの男主人公たちはこんな孤独を味わっているのか? だとしたらメンタルお化けやで。鋼の精神の持ち主でなければ一夫多妻の権利は得られないのかもしれない。
スーツ姿でビシッと決めた陽菜と月がファイプロの会議室に居る。この不可思議な状況に困惑と動悸が止まらない。
二人はぶいなろっ!!のタレントであってマネージャーではない。GTRがどうなるか心配で相良さん達に付いてきたのだろうか?
マネージャー軍団に陽菜と月が居るのが非常に気になるが声を掛ける勇気が無い。下手な事して女性陣を敵に回したら俺の絹豆腐メンタルなんて簡単に崩れる。気配を消してこのまま時が過ぎるのを待とう。
そういえば、どれくらい時間が経過したのだろう? ……まだ一分しか経ってないの!? 体感的には十分以上経過したと思ったのに。この会議室、外界と時間の流れが違うんじゃないの? 三十分なんてアニメ一話分にCM足した時間のハズなのに今は二十四時間テレビぐらいの長さに感じる。あ……腹が痛くなってきた。
下手に喋れずモノローグにふけっているとマネージャー達が何やら慌ただしく動き始める。何だろうと思っているとプロジェクターが起動し陽菜と月が前に出て話し出した。
「えー、それではただ今より緊急会議を始めたいと思います」
「資料を配布します」
緊急会議? 何だそれは、聞いてないぞ。それにゲーム開発部は俺しかいないのに……一体どんな案件何だろうか? 緊急と言うからにはかなり大事な話なのだろう。
資料が手元に配られ目を通すと『ワンユウの性癖調査』という議題だった。寝不足で疲れてるのかなと思い一回目を瞑って深呼吸してから再び確認してみる。そこには『ワンユウの性癖調査』と書いてあった。うん、そうだよね。現実逃避しても無駄だったよね。
スクリンーンにも資料と同じく『ワンユウの性癖調査』とデカデカと映し出されており、その側に立っている陽菜と月はすまし顔で淡々と説明をしている。
それ以外の女性陣は真剣な表情で頷きながら資料を眺めていた。こんなんもう羞恥プレイ以外の何物でもない。この僅か数行の間に何回も『ワンユウの性癖調査』と書かれている事も恥ずかしい。
これ以上あの二人の悪ふざけを許していると俺は社会的に抹殺されかねないので抵抗しようと思います。
「説明中に申し訳ありませんが君たちは正気ですか?」
「正気です」
「通常運転ですが何か?」
陽菜と月は胸を張って堂々と自分たちは問題ないと言い張った。強調された胸に一瞬目を奪われたが首を振って理性を保ち反論する。ここで屈すれば社会人としての自分は終わる。頑張れ、俺!
「会社の会議室で個人の性癖について語るのはプライバシーの侵害ですし、それセクハラですよ」
「それなら問題ありません。我々マネージャー側はこの案件について事前に情報伝達しています。ですからセクハラで犬飼さんを訴える事はないので安心してください」
「セクハラを受けているのは俺の方でしょうよ!! 逆セクやぞっ!!! 事前に情報伝達までして……何でこんな馬鹿げた事を……。今までもお前たちの奇行は酷いものだったが、今回は輪を掛けて酷いよ。他人のプライバシーを何だと思ってるんだ」
「犬飼さんのプライバシーなんてあって無いようなものじゃない。それにこの会議は今後のわたし達の生活において重要なもの。ちゃんと参加してください」
月にバッサリ斬り捨てられた。そりゃ配信で散々弄られてきたけどさぁ。こんな悪ふざけとしか思えない議題が重要とは思えない。けれど陽菜と月の表情は真剣だ。取りあえず一回話を聴こうか。
「それでは本題に入ります。そもそも今回の緊急会議を開いた理由はGTR三日目に発生したワンユウさんのエロゲープレイ中の出来事が発端となっています。彼は上級生のヒロインである双葉姉妹に対して異常な反応を示したと報告がありました。姉である双葉葵は教育実習生の朗らか美人お姉さん、妹の双葉奏はクールな性格の女子高生で好感度を上げるとデレッデレになる俗に言うクーデレです」
周囲から「ほぅ」と声が漏れる。それはどう言う意味の「ほぅ」なんですか? それとこの報告したのセシリーだろ。あいつは俺を陥れないと死ぬ呪いにでも掛かっているのだろうか? いつもいつもいつもいつもいつもいつも余計な事をしてくれる。
「ガブリエール・ソレイユの転生前後及びルーシー・ニュイの配信における彼のコメント、SNSのZでのコメント、プライベートでの発言から姉妹丼が好きという事実は確認出来ませんでした。恐らくそれ以外にも重要な性癖を隠していると思われます。それについて可能な限り情報を得るのが本会議の目的です」
思った通り、この上ないほど最低な理由だった。挙手して発言権を得る。
「こんな事の為にマネージャーさん達の貴重な時間を奪うのは良くないと思います。興味無いだろうし、こんな事を知ったからって何にもならないでしょうし、何よりバカバカしいでしょ。――ですよね?」
「「「「「「「「興味あります!」」」」」」」」
「ウソだろっ!?」
「ちなみに今回の緊急会議用の資料作成にはぶいなろっ!!メンバー二十四名が関わっています。その労力に報いる為に一つでも多くの情報を持って帰る義務が私たちにはあるっ!!」
二十四名って全員じゃないか! あ、頭が痛くなってきた。配信で皆疲れているハズなのにこんなくだらない事に時間を割くなんて……。しかもこの場に居るマネージャーさん達も巻き込んで……。相良さんは陽菜と月と一緒に楽しんでそうだけどな。
「それでは時間がないのでサクサク進めていきます。まずはコスプレ関連です。ワンユウさんの好みはメイド服、スク水、スク水メイド、バニーガール、ナース服、競泳水着、セーラー服、踊り子、女戦士、女僧侶、女魔法使い、女賢者、くノ一……これらは氷山の一角に過ぎません。さらに新たに今回のGTRでミニスカポリス、そして先程OLのスーツ姿への強い食いつきが確認されています」
「あはっ! すごぉい、何でもイケちゃうわねぇ」
「嗜好が幅広いな」
「さすが総帥と呼ばれるだけの事はありますな!」
「現在進行形で私たちも目の保養にされているという訳ね」
恥ずかしさで俯いていた顔を急いで上げる。マネージャー陣は皆ポーカーフェイスだった。誰? 今誰が言ったの? さっきの感じだと俺を変態だと思ったんだよね? そうなんだろ? ……そうだよ!! 割と何でもオッケーだよ。衣類は素っ裸だった人類が生み出した叡智の結晶やぞ。そのバリエーションを楽しんで何が悪いっていうのさ!? どうせ俺は変態だよ!!
「次に身体的フェチについてです。ワンユウが無類の巨乳好きなのは有名な話ですが、プライベート情報から肉付きの良い太腿とお尻も大好物のようです。ほくろは目尻と胸の谷間の位置が好きですね。ちなみにわたしは下乳にほくろがありますが彼にはまだ見つかっていません」
「そうなの!? 今度ちゃんと見よ……はっ!」
「下乳のほくろも大好物……と」
「スレンダーよりムチムチが好きなのも加えておきましょう」
記録担当と思われる女性が呟きながらパソコンに入力しているのが見えた。
月の魅惑的な発言に心躍ってしまった。一方、女性陣の俺への視線が痛い人を見る目になっている気がする。もうここまで来たらそんなのどうだっていいよ。痛くも痒くも無い。
だってもう俺が変態だって知ってるんだろ? 変態が変態的なこと言ってたって問題ないだろ。ラーメン大好きな人がニンニクラーメンチャーシュー抜きが好きって言っても違和感ないでしょ。それと同じよ。
その後も俺のフェチ公開と確認が行われていき、ゲーム開発部の面々が帰ってくる時間が近づいてきた。陽菜と月が何やら話し合っている。
「それでは最後にワンユウさんに質問があります。これは今まで確認した事の無かった話題なのですが……タイツの透け具合はどのくらいが好みですか?」
「四十デニールです。今、太田さんが履いてるのがそうですよね。ありがとうございます!」
「タイツのデニールに言及する男性初めて見た。ガブとルーシーは本当に面白い趣味してるな」
緊急会議終了時、平然とこんな事が言えるぐらいには怖い物無しになっていた。人は失うものが無くなると強くなるんだと良く分かった。ああ、目頭から熱いものが溢れてくる。
それにしても、このマネージャー達の言動と振る舞いには違和感……いや、正確には既視感がある。俺の勘が間違っていなければ彼女たちは恐らく……。俺はいちリスナーとしてこの事実にどう対応すればいい?




