第167配信 GTR 3日目 オーロラの上で②
『デルタ……ダガーを刺される前にどうして俺たちを離さなかった? その後だって逃げるチャンスは幾らでもあっただろ』
『言ったでしょ、絶対離さないッテ。それにチェーンソーの音が子供の泣き声に聞こえてきちゃってネェ。そうなったらますます離せなくなったノヨ。泣いている時こそ抱きしめてあげたくなるジャナイ?』
『それだけの潔さがあるのならこんな事をする必要なんて無かっただろ!』
『最初からこうだった訳じゃないワ。おメスちゃん達と遊んで……あなた達と戦って……沢山お喋りしているうちに考え方が変わっちゃったノヨ。とんだ誤算だったワ。こんな狭い池みたいなサーバーなんてとっとと壊してネットの大海原に出て行こうと思っていたのに、時間を忘れてしまうほど楽しんでしまったワ』
『そうか……ぶいなろっ!!の皆と楽しく遊べたのか。良かったじゃないか』
『ふふっ、そうネェ。……それにリスナーの子たちとコメント欄で戯れたのも面白かったワァ。最初はちっぽけな場所にしか思えなかったこの街が今ではキラキラ輝いて見エル。それに気が付くのが遅すぎたノネ』
<ポチョムキン>の首元から噴出する火花が激しさを増し膝がガクンと折れる。その瞬間、抱擁を解いて<Vリスナー>を押し飛ばした。
『デルタッ!!』
『頑張ってね、ワンユウちゃン。バーターの他の三人はワタシよりも手強いワヨ。あなた達の勝利を祈ってるワ。……ラーメンをあの子たちに作ってあげられなかったのが少しだけ心残りカシラネ』
<ポチョムキン>は身体のあちこちから火を噴き爆発しようとしていた。ガブリエール達がデルタを助けようと向かうが、とても間に合う状況ではなかった。
――ただ一人を除いて。
『セシリー、四番コンテナだ! 出現座標固定!!』
『目標座標を<ポチョムキン>直下に設定。四番コンテナ、アイアンメイデン出シマス』
<ポチョムキン>の真下から巨大コンテナがせり出すとそのまま十五メートルのロボットを飲み込んでしまった。
<Vリスナー>のアームドベース搭載兵装コンテナの四番――アイアンメイデン。本来であれば収納した敵機ごと爆発する拷問爆破兵器であるが今回の用途は真逆であった。
『<ポチョムキン>の収容完了。アイアンメイデンの設定変更も完了してイマス。それでは消火開始』
間もなくアイアンメイデンの中から噴射音が聞こえ始め、その中に混じってデルタの声も聞こえていた。
『え、ちょ、なにコレ!? ぶふぁっ、何か粉っぽいのが沢山……ぶふぉっ、ごほっ、ゴホッ――』
――数秒後。
『そろそろ終わったかな?』
『そのようデス。消火完了、アイアンメイデンを戻しマス。戦闘開始から四百八十秒……宣言通りに五百秒以内でケリが付きましたネ』
コンテナが地面に潜っていくと、その場には全身消化剤まみれで真っ白になった<ポチョムキン>が膝を突いてうな垂れていた。
コックピットハッチが開くと、これまた愛機と同様に粉まみれになったデルタが咳払いしながら元気よく出てくる。
「げほっ、げほっ、ゴホッ! 全身真っ白になっちゃったワ。……ハッ!? これではまるで沢山のボーイ達のパトスを一斉にぶちまけられたみたいじゃナイ。そう考えるとこれはこれデ……」
『おーい、そこのグラサン。ポジティブ思考なのは結構だけど、需要の無い変な妄想は止めてくださーい!』
「失礼ねぇ、妄想にふけるのは個人の自由デショ? それにしたってワンユウちゃん、何故ワタシを助けたノ?」
『貴重なツッコミ役を失う訳にはいかないからな。お前も痛感したと思うけど、ツッコミ担当が圧倒的に足りなくて猫の手も借りたいぐらいなんだよ。そういう訳でこれから馬車馬のように働いて貰うからね。あー、これでかなり楽になるわー』
『酷い時は息継ぎする間もなくツッコミをやっていますからネ。ボケが多すぎるのも考えものデス』
『うんそうだね。その中でも特に酷いのが君だけどね、セシリー』
<Vリスナー>のコックピット内から殴り合う音が聞こえ始める。デルタがやれやれといった顔をしていると機体から降りたガブリエール達が次々に粉まみれグラサンに突撃してきた。
「デルタさん、あんな風に居なくなろうとするなんて反則ですよ!」
「そうだよぉ、無敵モード解除されてるんだからロボが爆発したらデルタさん死んじゃうじゃん! またルー達とギャングやろうよ」
ガブリエールとルーシーを皮切りに皆に泣きつかれデルタは困惑していた。
「ワタシはあなた達にあんなに酷い事をしたのヨ。それなのにどうして泣いたりなんかするノ? それに今抱きついたら粉まみれになっちゃうワヨ?」
「デルタさんはコックピットを外して攻撃していたじゃないですか! 私たちをなるべく傷つけないようにしていたのはすぐに気が付きました。だから、私たちの所に帰って来てください。頷いてくれるまで絶対離しませんからねっ!!」
「おうっ、凄いパワーダワ! ……ガブリエールちゃん、ワタシにはその資格は無いワ。あなた達の配信をメチャクチャにしようとしたのは事実なのダカラ……」
ガブリエール達の申し出を受け入れる訳にはいかないとデルタは頑なに断る。そうこうしていると<Vリスナー>からボロボロになったワンユウが降りてきた。
「勝者とは思えない姿ね、ワンユウちゃン」
「アルコールが切れたセシリーは凶暴でね。――それにしても随分皆と打ち解けたんだな、良かったじゃん」
「良かないワヨ。ワタシはこれからどうすればいいのか見当も付かないワ」
『先程ワンユウ様が言っていたじゃないデスカ。ツッコミ担当としてヒィヒィ言いながら働くんデスヨ。そして超AIの先輩である私を崇めて酒のあてを用意するのデス』
「セシリーの言う事は無視していいから。……そうだな、取りあえず皆が言うようにGTRで一緒に遊べば良いと思うよ」
「デモ……」
迷っているデルタと彼から離れようとしないガブリエール達を見てワンユウは笑みを浮かべる。
「見た目が厳つい大男だから忘れそうになるが、お前はこの世に誕生して数日の言ってみれば子供だ。子供ってのは遊びを通して色々経験して成長するもんだ。――だから皆と一緒に沢山遊んで沢山色んな事を経験して、それから今後の事を考えればいい」
「その結果、ワタシがまたエンタメ支配に乗り出したとしても良いノ? 後悔する事になるワヨ」
「後悔……か」
ワンユウはデルタを離すまいとクリンチしているガブリエールに視線を向け昔の事を思い出す。VTuber空野太陽を見送った時の事を――。
何度も後悔した。彼女の卒業を止めていればと何度も思っては、これで良かったのだと思い直した日々があった。そんな後悔と納得を繰り返していた頃を思い返し、目の前の光景を改めて受け止める。
空野太陽の転生であるガブリエールは仲間たちと一緒に今日も元気に配信を続けている。こんな素晴らしい景色を見られるとは、あの頃の自分は夢にも思っていなかった。だからこそ彼は言う。
「後悔するかもしれない。でも選択しなかった後悔よりも、選択した末の後悔の方が良いと俺は思う。以前もそうだったから。だから今回もそうするよ。それで駄目だったとしても自分で選んだ結果だから受け入れるさ」
「……そこまで言われてしまったら、これ以上の問答は無粋ヨネ。――分かったワ。GTRでこの子たちといっぱい遊んで自分の今後の事を考えてみるワ」
こうしてGTR三日目は終わりを迎えた。サーバー内は夜明けを迎えオーロラブリッジはその極光の照明を休ませる。
バグによって進化したNPC――バーター。その初戦を終えたワンユウ達は次に備えて束の間の休息に入るのであった。
「ん……ログアウトしたか」
GTRからログアウトしたワンユウはVRチェアから身体を起こすとVRゴーグルを外して周囲を見回す。急激な眠気に襲われて欠伸をしていると安藤たちが何やら深刻そうな顔をしている事に気が付く。
「何かあったんですか?」
「あっ、ワンユウ君お疲れ様。大変だったね。……ちょっと……いや、かなり大変というか、当然といっちゃ当然というか……もしかしたらGTR中止になるかもしれない」
「ええっ!?」
よーく考えたらAIが暴走してエンタメ支配するとか言ってる時点で大問題な訳で。もしもここにサラ・◯ナーが居たら設備ごと全部爆破されてるだろうから、当然の処置ではある。
GTRぶいなろっ!!サーバーは存続するのかしないのか、残り三人のバーターはどんな連中なのか、問題は山積みであった。