第166配信 GTR 3日目 オーロラの上で①
チェーンソーの暴風域に飲み込まれた<ポチョムキン>はシールドを構える事すら出来ずにボッコボコにされていた。突風によって傘の骨に逆関節をキメられて破壊される。今の<ポチョムキン>はまさに傘の立場であった。
『このチェーンソーの連続攻撃はいつ止むのカシラ!?』
『狂犬乱舞デスカ? 勿論あなたの機体を仕留めるまで終わりまセンガ』
『なんですっテ!?』
『あなたが言ったのでショウ? 必ず殺す技と書いて必殺技と読むのダト。ワンユウ様はそれを実践しているに過ぎまセン。加えて言うなら別にこれ必殺技でもなんでもネーシ。ただチェーンソーの回転率最大にしていつもより必死に斬りまくってるだけダシ。通常攻撃を普段より一生懸命やったら必殺技と間違えられた件なだけデスシオスシ』
『ハァッ!? ふざけじゃないわよ、この酒カスAI! このままやられてたまるもんデスカッ!!』
斬撃の嵐の中で<ポチョムキン>は無理矢理身体を動かしファイティングポーズを取った。それにより二枚のシールドが再び前面に配置されデルタはしたり顔をする。
『敵機が再び防御態勢に入りマシタ。ワンユウ様、シールドを避け後方からの攻撃を推奨シマス』
『いいや、このままシールドごと奴を叩く!』
『馬鹿ナノ!? そんな事をしたらチェーンソーが持ちませんヨ。ただでさえ耐久値低い武器なのに今は最大稼動中で耐久値の減りが加速してるんデスヨ?』
『そんなこたぁ、よーく分かってるよ。でもさ、ここまでやったらあの盾壊したくならないか? 盾破壊されたら、あの機体アイデンティティを失うだろ。エンターテイメントっぽくて良いじゃないか!』
『考え方がドS!! あなた今、「<ズルムケン>の尊厳破壊しよーぜ」って言ったのと同じデスヨ。それとあのシールドぶっ壊すのはやり込み要素じゃネーカラ!』
『おいおい、名前間違ってるよ失礼だろ。<ズルムケン>じゃなくて<ガチムチン>だったろ、多分。筋肉ムキムキみたいな印象だった』
ワンユウとセシリーは相対しているロボットの名前について言い争う。それを聞いていたデルタはワナワナと身体を震わせていた。
『<ズルムケン>でもなければ<ガチムチン>でもネーワヨ!! <ポチョムキン>だカラ! さっきからずっとワタシ<ポチョムキン>って言ってっカラ!! フワッとした記憶で適当な名前言わないデッ! 自信が無ければ質問しテ。ちゃんと名前教えるカラッ! 良いわね、<ポチョムキン>ヨ。はいっ、リピートアフターミー』
『<ガチムチン>! ――の方が格好良くない?』
『<ズルムケン>! ――の方がインパクトありマス!』
『……百歩譲って<ガチムチン>は考えるとしても<ズルムケン>は認められないワヨ。嫌な予感しかシナイ』
『そうですか、残念デス。――それでは、三つの名前を合わせて<ズルムケチ◯ポ>はどうデスカ? これなら文句ないでショウ』
『文句あるわ!! その名前採用したらどうなると思ってんだ。伏字だらけになるぞ。たたでさえパロディネタや下ネタで伏字の頻度が多いのにロボットの名前で毎回伏字入るとか聞いたことねーよ!!』
『他人の機体の名前で遊ぶんじゃねーーーーーーーーーーーーーーワヨッ!!!』
緊張感の無い会話とは対照的に攻防は熾烈を極めていた。赤熱化したチェーンソーがシールドに衝突する度にそれぞれの耐久値が減っていく。
最初は巨大だったシールドは端から削り落とされて半分ほどの大きさまで縮小していた。一方チェーンソートンファーは限界を超えた状態で酷使され大破寸前。
『あともうちょいで壊せる! どうよデルタ、エンタメバトル楽しんでるかぁっ!?』
『ふっ、フハハハハハハハハ!! こんなバカみたいなバトル……楽しいに決まってんじゃねーノヨ!! 本当におもしれー男ね、ワンユウちゃン。最高の気分ダワッ!!』
二人の笑声が周囲に轟く中、得物がぶっ壊れるまで殴り続ける武器破壊チキンレースは終わりを迎えた。
シールドにチェーンソーが斬り込まれ回転刃によって亀裂が広がって砕け散り、同時にチェーンソーも限界に達し大破した。
矛盾――その故事成語が示すが如く、『どんな盾もぶった斬るチェーンソー』と『どんな攻撃も防ぐ盾』はぶつかり合った結果同時に果てた。
チェーンソートンファーとシールドの残骸が飛散する中をかいくぐって<ポチョムキン>は<Vリスナー>に詰め寄り、野太い両腕で相手の腰を抱きしめ完全ホールドした。
全天周型コックピットモニターの前方いっぱいに<ポチョムキン>の姿が映し出され、そこにデルタの姿もウインドウ表示される。
『捕まえタ! もう絶対離さねーワ。この距離じゃコンテナを出現させても武器を取り出せないものネェ。さぁ、ワタシの愛情たっぷりの抱擁で昇天しなさいナァァァァァァァァァァァァ!!』
<ポチョムキン>は両腕のパワーを最大にして<Vリスナー>の腰をへし折ろうと抱きしめ始める。コックピットモニターに警告表示が出現し、セシリーが機体の状況を報告していた。
『アラート発令。<Vリスナー>捕縛されマシタ。脱出は不可能。この状態が続きますとメンテ突入前に本機の腰はポッキリイっちゃいマスネ』
『まさかあの状況で攻めてくるとはな。読み違えたな……』
『どうやらここまでのようネ。もう諦めてワタシのバブみでオギャりなさいナ!』
<Vリスナー>は抱き上げられ抱擁は強さを増す。装甲から歪な金属音が聞こえ始めると悲鳴の如くオーロラブリッジに木霊する。
『機体腰部フレームに異常発生、あまり長く抱きしめられているとキュン死……はしないカ』
『華奢そうに見えて中々頑丈なフレームだわネ。これは抱きしめ甲斐があるワ』
『こいつは割と骨太でね。簡単に破壊することはできねーぞ。それにこんな中途半端に抱きしめられてもねぇ』
『あら、何かご不満でもあるのカシラ?』
『俺は生粋のおっぱい星人だからさぁ。こんな胸筋マッチョの硬い抱擁じゃ満足できないのよ。おっきくて柔らかいのでお願いしたい。それに自分で言うのも何だが、俺は割とやんちゃでね。この状態だと両腕が自由に動かせるだろ。そうするとさ……』
『そうすると……何カシラ?』
ワンユウの思わせぶりな発言に対しデルタは恐る恐る聞き返す。すると<Vリスナー>の両肩アーマーの一部がスライドし内部から短剣がせり出す。二本の短剣を手に取り逆手に持ち替えると聞き慣れた駆動音が聞こえ始めた。
『チェーンソーダガー稼働開始。命中確率はこの位置であれば百億パーセントデスネ』
『は……ははは……ウソでショ。一体何なのよ、その徹底的なチェーンソー推しハ……』
喜怒哀楽の感情が次々に押し寄せ乾いた笑いが自然と出るデルタ。ワンユウは二本のチェーンソーの短剣を<ポチョムキン>の首元に突き刺した。
激しい駆動音と火花が散り、突き刺された刃は少しずつ敵機内に侵入していく。ワンユウは操縦桿を力一杯前方にスライドさせながらデルタの問いに答える。
『古いゲームの話さ。ラスボスの神様をチェーンソーの一撃でバラバラに吹っ飛ばした面白い逸話があるんだよ』
『ハァ!? 何それ、そんな馬鹿げた事ガ……』
『信じられないかもしれないが事実だ。プログラム上の設定ミスで発生した、所謂バグ技ってやつさ』
『バグ技……』
『そう……目には目を歯には歯を、バグにはバグ技を! チェーンソーはGTRのバグを取り除く俺たちにとって勝利の象徴みたいなものなんだよ!!』
『なるほど……合点がいったワ。確かにバグで生み出されたワタシ達バーターにとって天敵と言える武器ネ』
『――と思うじゃないデスカ。でもそれは戦いながら思いついたネタだったりシマス。実際は今回のGTRでビーム兵器を使わないからロマン武器使おうぜ、という軽いノリで採用しただけデス』
『ネタバレしちゃったよ。もうちょいロマンに浸らせてくれても良くない?』
『そんなん浸ってないでとっとと終わらせてくだサイ。私は早く家帰って上級生をプレイしたいんデス。嫁が私の攻略を待ってるんデスヨ』
真剣な雰囲気になったと思えば、おちょくられて脱力する。ワンユウ戦ではその連続であったためデルタは非常に疲弊していた。しかし、この疲れはどことなく心地良いものである事も実感していた。
『本当にどこまでも自由ね、あーた達ハ……。だからこそワタシもそれに応えようじゃないノヨ!』
<ポチョムキン>のパワーは緩むどころか勢いを増し、金属音は更に歪になっていく。
『ワンユウ様、腰部装甲に亀裂発生。ちょっとヤバい状況デス。早く手を打たないと鯖折りの刑に処されマスヨ』
『その心配は無いよ。――俺たちの勝ちだ』
抱擁が強まった事でチェーンソーダガーは更に深く食い込み刀身部分は全て埋まっていた。回転し続ける刃は<ポチョムキン>の内部で暴れ回り、既に致命傷を与えていたのである。