第145配信 GTR 3日目 スキンヘッドとサングラスの組み合わせはカタギではない
GTR三日目は間もなく終了しメンテナンス――つまりお休みタイムに入る。そんな就寝時間を前にして大事件が勃発していた。
場所はオーロラブリッジの車道。<Vリスナー>のコックピットモニターには中破して動けなくなった<パトライバー>と<ギャングバトラーⅣ>が映っている。そして――。
『あらあらあら、随分と重役出勤じゃないの、ワンユウちゃ~ン。あまりにも到着が遅いからおメスちゃん達はこの有り様ヨン』
二機に深手を負わせた大型ロボット。そいつのパイロットの姿が表示される。
何度見ても本物にしか見えないが奴はれっきとした偽者だ。本物は海外出張で忙しくしている頃だろう。
ボディビルダーも真っ青の筋骨隆々かつ二メートルの小麦肌の巨体。その上スキンヘッドとサングラスの組み合わせはどう見てもカタギには見えない。
『ひっく、ひっく、うわぁ~ん!! ワンユウさん、私たちもう少しで犯されるところでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ワンユウが来るのがもう少し遅かったら犯されてたわ。やめて! ルー達に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!!』
『しねーワヨ!! ってか、あんたらさっきから犯される何回言ってんのヨ! 配信中でしょ、もっと言葉を選びなさいナッ!!』
『この黒光りスキンヘッドは我のような雌猫もヤる気だったニャ。対象が全人類どころか全生物……もしかしたら生き物以外でもイケる口かもしれないニャ!』
『わぁーーーーーーーん!! 黒光りスキンヘッドグラサンに苛められたぁーーーーーー!! ホラーゲームも怖いけどグラサンも怖いーーーーーーーー!!』
『え……と、これはもしかしてオレも何かやんないとダメな感じ?』
『ノーム、空気を読むニャ』
『わーったよ! くっ……こ、怖かったよーーーーん!』
ボーイッシュキャラのノームが1オクターブ高い声で言うと周囲が静まりかえる。
『……おい、誰か反応しろよ』
『あは……ぎゃははははははははははっはははは!! なんニャ、今の声。ノーム、おま、そんな声だせたのかニャ? あひひひひひひひひっ! も、ダメェ。んははははっははは!!』
『このどら猫ォォォォォォォォォォ!! お前がやれっつったんだろがい! なに素になって笑ってんだよ、こんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
『へへ……いひひ、ノームってそんな可愛い声出せるんだね』
『ノームせんぱーい、可愛いじゃないですかぁ。今度その声で歌配信やってくださいよ~。何ならルーとコラボしますぅ?』
『私もノーム先輩と歌コラボ配信したい! GTRが終わったらやりましょう?』
『くっ……ぜってーやらんからな! あのどら猫みたいに笑われるのがオチだ』
ノームの身を切るボイスのお陰でシャロンは泣き止み、ガブとルーシーは落ち着いたみたいだ。さすが修羅場をくぐり向けてきたVTuberは気持ちの立て直しが早い。
『あなた達、結構逞しいワネェ。ちょっと感心しちゃったワ。――まぁ、それはさておきここからはワタシとあなたの一騎打ちという事だけど準備は良いかしら、ワンユウちゃーン?』
「上等だよ。そのサングラス粉々に砕いて教会に寄付してやるよ」
『ステンドグラスの材料にもされずクーリングオフされそうですケドネ』
『言ってくれるじゃナイ。たっぷり可愛がってあげるから覚悟ナサイ。その機体の性能は昨日、た~っぷり見せて貰ったワ。まだ伸びしろがありそうではあるけれど、それでもワタシの<ポチョムキン>には傷一つ付けられないワヨ。このおメスちゃん達がそうであったようにネ』
確かに奴の機体は全くダメージを受けていない。一方的にガブ達がやられている。しかし、そのカラクリは把握済みだ。
「セシリー、メンテナンス開始まであとどれぐらいだ?」
『あと十分デス』
『あらあら、メンテナンスが始まるまで粘って逃げようって魂胆なのカシラ? だったらちょっと興ざめヨネ~。もっと責め……攻めの姿勢で来てくれないと盛り上がらないワヨ。エンターテイメント的にネ』
黒光りグラサンがおどけるような態度で挑発してくる。イラッとするけど、怒りで冷静さを欠いたら奴の思うつぼだ。レスバしてくんのならレスバで返したろ。
「勘違いするなよ。お前をぶっ倒すのに必要な時間を確認しただけだ」
『へぇ、随分と強気じゃナイ。さっきも言ったけど、この<ポチョムキン>は――』
「バグで無敵状態になってるのは分かってんだよ。チートで勝ってイキるとか格好悪いにも程がある。――覚悟しろよ。お前を倒すのに十分も要らねぇ、八百秒あれば十分よ!」
『……それだとあーた、ワタシを倒すのに十三分二十秒掛かる計算になるワヨ』
『ワンユウ様、今半分寝てたデショ。一分を百秒で計算していましタネ』
「ごめん、ちょっとウトウトしてた。もうさ、朝の四時近くやぞ。半日ぶっ通しでやってるからさすがに……ふあぁ! とにかく十分以内で倒すのでよろ」
『欠伸した上にめっさ軽い感じで言ってくれたワネ。その余裕がいつまで続くか見せて貰おうじゃねーノヨ!!』
「俺が管理者だってこと忘れてるだろ。今からお前に本当の理不尽を見せたるわ!!」
オーロラブリッジで俺と黒光りグラサンの死闘が始まった。数時間前は本当に平和だったんだけどなぁ。思い返せば俺とセシリーがゆっくり休憩していた時に、このゴタゴタが始まったんだ。
――数時間前。場所は『ネオ出島』の本島に位置する『ナロンゼルス』住宅街のカフェ。俺とセシリーは一通りバグ取りを済ませ休憩していた。
『GTR三日目も半分が終わりましたネェ。昨日と打って変わって穏やかに進んでイマス』
「ほんとそれな。昨日は警察の地下監獄にぶち込まれるところから開始、脱走、ゲート事件、キャバクラ馬鹿騒ぎとイベントの連続だったからなぁ。今日はバグ取りしつつ、配信を見守る過ごし方が出来てる。こういうので良いんだよ、こういうので」
『それはそれとして、昨日ゲートで私たちの戦いが観察されていましたが、何の動きも無いのが不気味デス。まるで嵐の前の静けさのような感じデスネ』
「そういうのは口にすると実際大変な事が起こったりするんだよ。――そろそろ『ネオ出島』に戻って皆の様子を見に行こうか」
席を立とうとすると店員さんがやって来てケーキとお茶のお代わりを並べ始める。これはおかしい。追加オーダーはしていないハズだが。
「失礼致します。あちらのお客様からです」
「あちらのお客様?」
店員さんが示す方に目を向けると、そこには異様な雰囲気の人物が座っていた。
ボディビルダーも真っ青の筋骨隆々かつ二メートルの小麦肌の巨体。その上スキンヘッドとサングラスの組み合わせはどう見てもカタギには見えない。
峡谷雅也――ファイプロの社長で通称キャニオン。その人物まんまのキャラが笑みを浮かべながらこっちに手を振っていた。
俺の記憶が正しければ、キャニオン社長にそっくりのNPCなんていないハズだ。だとしたらあれは……。
『どうやら嵐が来てしまったみたいデスネ』
「これまたキャラが濃そうなのが来たなぁ」