第117配信 GTR 1日目 名前で遊ぶんじゃない
「これでもう逃げられませんよ。覚悟してくださいねぇ」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 逃げてごめんなさい!!」
「私は別に怒っていませんよぉ。ただ自転車泥棒さんには近くにいて欲しいなーと思って」
ガブリエールの目は笑っているようで笑ってない。マジだ。本気と書いてマジだと彼女の目が物語っている。ヤンデレ気味の笑顔がとても怖い。
しかしこれはどういう事だ? ガブは普段ここまで誰かを追い詰めたりはしない。ただ一人の例外を除いて。
その人物の名はワンユウ――つまり俺だ。ガブは俺のSNSなどのネットストーキングを数年間やっていたのでこれぐらいはやるかも知れない。
そうなると現在バ美肉おじさん状態の俺の正体がバレているという前提なのだが。
自分で言うのも何だが、彼女の前では俺だと気づかれないように特に注意して接していたつもりだ。それで見破られていたとしたら……背筋が寒くなってきたんですけど。
「それじゃ行きましょ、ワ……自転車泥棒さん」
「今なんかワで始まる言葉を言いかけてませんでした!?」
「そうでしたか? きっと気のせいですよ、ユ……自転車泥棒さん」
寒ぅ、背筋さっむ! おい、ちょっとこれほぼ確定じゃん。今絶対『ワンユウ』と『優』って言いかけて引っ込めたよね? どのタイミングでバレたんだよ。まだGTR初日だぞ。
こういうのってイベントの最後あたりで発覚して「あなたがワンユウさんだったんですか? 全っ然気づかなかったですぅ!」とか驚かれるのが定番なんじゃないの?
初日で自覚の無いままバレて手錠で繋がれるとか、こんなマヌケなオチがあるか? あるんだよ、今まさに俺がそうなんだよ。ネカマやってる所を彼女に見破られて確保されたんだよ。
混乱と恥ずかしさを抱えたままガブに連行され警察組の所へ戻るとキャバ嬢もとい怪盗パピヨン三人組とのやり取りが終わりを迎えようとしていた。
その場に居た五人が一斉に俺に視線を向ける。警察組のサリッサとクロウは明らかに嬉しそうな顔をしている。
「あなたはドSの人!」
「ガブリエール、その人を捕まえたのね。グッジョブ!」
ドM二人は自分たちの欲求を満たしてくれそうな人がやって来たので喜んでいるようだ。一方の怪盗三人組は俺が警察三人組と知り合いだと知ってニヤリと笑う。
「オタ子さんは警察とも因縁があるのねぇ~、これは面白い展開になってきたわぁ」
「自転車泥棒さんはオタ子さんって呼ばれてるんですか?」
「……色々あってね」
「うーん、だったら全部乗せで『オタ子・ドS・自転車泥棒』ってフルネームにすれば良くなぁい? ミドルネームもあってオシャレでしょ」
「まあ! それは名案ですわね。今後もキャバクラに通って下さいね、自転車ドSさん」
「即興で名前を考えて、それで遊ぶまでが早すぎる!」
完全に皆の玩具にされてるよ。初日終了のメンテナンスまでもう少しなのに収拾つくのかこれ?
このままぐだぐだで終わるのかと思っていたらメルア姫が突然とんでもない事を言い出した。
「良い事を思いつきましたわ。GTR初日終了まで少し時間があります。一戦交えるのには丁度良いと思うのですが、皆様はいかが?」
「良いだろう。こちらとしてもこのままでは不完全燃焼だからな。だが、宝石店に移動している時間はないぞ。メルア、お前の事だ。バトル報酬の目星は既につけているのだろう?」
「それは勿論。報酬は――ドS・ド・S子さんですわ」
「この姫二回ドSって言ってるんですけどーーーーー!! と言うか何故に私が報酬!? 誰も欲しがらないでしょうよ」
あーもぅ滅茶苦茶だよ。名前で遊ばれるし、俺なんか報酬にしたって盛り上がらないだろうに。
「ワ……オタ子さんは私が初めてゲットした犯罪者さんなんです! これから一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったり、バトルを通してレベルや愛情を育み常に私の側に居る。そんな存在なんです! 絶対誰にも渡しません!! オタチュー、君に決めた!!!」
「私はポケ〇ンじゃないんだよ!! 十万ボルトか? 犯罪者だから電気椅子にでもくくりつけられて十万ボルト繰り出せば良いのか!?」
「あらあら、オタS子さんはガブちゃんへのツッコミが妙に馴染んでる気がするわねぇ。何だか既視感を覚えるけど、どうしてかしらぁ?」
さすがキャバ嬢ナンバーツー、気配りの出来る女。セリーヌの観察力は今の俺にとって危険すぎる。ここは何とかはぐらかしてやり過ごしたいところだ。何か切っ掛けがあれば……。
「ガブリエールの言う通り、ドドドS子さんは犯罪者故に出島署に連れて帰り罪に相応しい刑に処す。彼女を渡す訳にはいかないな」
「――というサリッサの言い分は建前で、わたし達ドMに丁度良いドSを提供してくれるオタ泥棒さんを奪うのは飢餓状態の猛獣の目の前から新鮮な肉をかっさらうのと同じ。ヤるからには負けられないわね」
サリッサとクロウは警察としての正義感など微塵も無く自分たちの性癖を満たす為だけに戦うつもりらしい。やはりこの島の正義は最初から死んでいる。
「サリッサパイセンもクロウパイセンもガブリエールも殺気がヤバい~。でもぉ、ネプ達もドS泥棒さんはドンペリいれてくれた上得意様だから逃したくないなぁ」
「オタンコナースさんのツッコミは面白いから警察に独り占めされるのはちょっと面白くないわねぇ」
「それではオタ芸ダンス子さんを賭けて戦うという流れで問題は無さそうですわねぇ。――それならば!」
メルア姫、セリーヌ、ネプーチュの三人はドレスを勢いよく脱ぎ捨てると過激なハイレグレオタード姿へと変身した。
目元には仮面舞踏会で見るような蝶の形をした仮面を着けている。顔を隠して身体隠さずとはまさにこういう事か。
「これがわたくし達、怪盗パピヨンの正装ですわ! ミニスカ程度のセンシティブでハイレグレオタードに勝てると思って?」
「ちょ、それ本当に大丈夫!? 上は勿論のこと下側の食い込みがエグい事になって……え……ちょっとこれ本当に大丈夫なの? ヨウツベ君は許してくれるんですか!?」
「勿論よぉ、これぐらいでBANするようなヤワな育て方はしていないわよぉ」
「あんたら本当にヨウツベにどんな性教育施したんだよ!! もはや洗脳だよ!!!」
「このツッコミは確かにクセになるぅ! パイセン達が夢中になる訳だぁ」
この場のカオス度が最高潮に達しようとした時、キャバクラのフロアが暗くなりざわめきが起こった。
『合意とみてよろしいデスネ?』
暗闇の中でとても聞き覚えのある声が聞こえてきた。もうね、嫌な予感しかしないよ。
間もなくテーブル席の一角にスポットライトが当たった。皆の視線がそこに集中する。その場にはグラスに注がれたワインを一気飲みするセシリーが居た。――オワタ。
「何これーーーー!? 可愛い! セシリー先輩のねん〇ろいどが動いてお酒飲んでるーーー。これもGTRの仕様なんですか?」
ガブリエールがセシリー人形にハートをぶち抜かれて骨抜きになっていた。他のメンバーも目をキラキラさせて興味津々、一方の俺は動悸で胸がドキドキ。これだけ注目されたらさすがに配信に映るだろうな。
『ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、プハァーーーーーー! この一杯の為に生きテルーーーーーー!! うぃ~、ひっく……GTRでの戦ひわぁ、ロボバトルが義務づけられれイマフ。双方ロボットの準備はよろひいデフカ? ヒックゥ……』
「ふぁ~、セシリー先輩が酔ってる~。すんごく可愛い、お家に連れて帰りたい」
「酒代でエンゲル係数がK点超えするから止めといた方がいいよ」
『アヒャヒャ、だ~れがゲレンデでK点超えジャンプするんレスカ~?』
「誰もそんなこと言ってないよ」
セシリーは酔いすぎて呂律が回っていない。ダメだこいつ……早く何とかしないと……。
「わたくし達には特別に造られた<パピヨンロボ>がありますわ。残念ながら<パトライバー>では相手にならないかと……」
「言ってくれたな。我々は今日だけで五回ロボバトルをやった。<パトライバー>での戦いは既に慣れている。お前たちのロボットがどんな物かは知らないがボッコボコにしてみせるさ」
『ふむ、お互いロボットの準備はよろしいみたいレフネ~! それではロボトルゥゥゥゥゥゥゥゥ! ファイッッッ!!』
セシリーによるミスターう〇ちオマージュのコールが行われ本日最後のロボットバトルが始まろうとしていた。
俺は手錠で繋がったガブリエールに連れられキャバクラの外に待機してあった<パトライバー>のコックピットに押し込められた。一人用のコックピットなので二人はかなり狭い。
「せまっ! やっぱり私は降りた方がいいのでは?」
「いいえ、このまま戦っちゃいます。――バイノーラルタイプ、ケーユーイチマルマル。ガブリエール・ソレイユ、<パトライバー>行きます!」
操縦系パネルにOS画面が表示され起動コードが音声入力されるとガブの<パトライバー>が動き出した。