9 ジキラゴ(1)
街のはずれまで出て、二人は学校に向かう道とは別の方向に進んだ。
歩くにつれて、あたりはどんどん暗くなってきた。レイは黙って歩いたが、心の中では後悔の気持ちが強まっていた。帰ったら、アンリ先生にたっぷりと怒られるだろう。学校ではうそもついている。悪いことばかりをしていた。
行く先に幽霊屋敷が見える。ボロボロになった建物は見るからに気味が悪かった。庭が手入れされていないせいで、枝葉が壁に張りついていた。
「いいか、なにか見つけるまでは出ちゃダメだからな」
勇もうとするフィルだが、声は震えていた。レイはうなずくと、杖を上げた。
「【あたたかな光】」
杖先から明かりの光球を出す。フィルも慌てて同じ魔術を唱えると、引け腰で屋敷に入っていった。
屋敷の中は、真っ暗でほこりっぽかった。二人は光球の明かりを頼りに無人の廊下を進んだ。
レイは不気味な雰囲気にたまらず口を開いた。
「屋根が落ちたりしないかな」
「そんなにもろいなら、とっくに崩れてるだろ――見ろ!」
フィルが声をあげて床を指差した。
「足跡だ。おれたち以外に誰かいるぞ」
見ると、ほこりまみれの床に足跡がいくつもあった。
「一人じゃないな。二人……いや、三人はいるな」
「なんでこんなところに?」
「さあな。おれの見たところ、足跡はまだ新しい。悪魔退治に来たのかもな」
本当に? レイは足跡をじっくり見たが、進路のほとんどが踏み荒らされていていまいちわからなかった。何組ものグループが別々の日に入ったのでは、と思ったが口には出さなかった。
「先を越されたらマズい。急ぐぞ」
「フィルはなんで悪魔祓いになりたいの? 危ないのに」
「だからおまえは腰抜けなんだよ。いいか、悪魔祓いはエリートなんだよ。母さんがいつも言ってる」
「フィルは? どう思ってるの?」
「おれ……? そりゃ、なりたいよ。かっこいいだろ」
不意に、大きな笑い声がした。二人は驚きのあまり飛び上がって、進路の先に目をやった。
おそるおそる歩を進める。部屋の一室だけが妙に明るかった。
「――それで隙を見て盗んだのかよ?」
「ガキ扱いされたからな。楽勝だったぜ」
広間のような部屋だった。粗暴そうな三人の男が集まって、なにやら騒いでいる。明かりの光球があたりに浮いていた――魔術師だ。
レイはすぐに自分の光球を消した。廊下の一部だけが明るければすぐに気づかれるだろう。フィルにも明かりを消すようにうながした。
「でもよお、こんな石で悪魔を召喚できるなんて本当か? 宝石じゃねえの?」
「宝石なんかただの飾りだ。〝魔石〟はな、貴族たちも集めてるレア物なんだよ。悪魔をしもべにできるんだぜ? 高い金を払う価値があるだろ」
男たちが盛り上がっているのを壁際で聞きながら、フィルがつぶやいた。
「……あいつら、上級生だ。学校に行かないで悪さばかりしてるんだ」
レイはこっそり男たちの顔を見ようとした。フィルの言う通り、近寄りがたい雰囲気を出している。ゲラゲラ笑っていた。
「悪魔を呼ぶにはいけにえがいるんだ。命と引き換えに力を貸すんだってよ」
「なあ、もったいなくねえ? 貴族が欲しがってるなら、売りつけたほうがよくないか?」
「誰が貴族と交渉するんだよ。おれはな、金のために魔石を盗んだんじゃねえ! 悪魔を飼いならすんだよ! これで無敵だ!」
「悪魔祓いに捕まるんじゃ……?」
「ビビってんのかよ」
「ち、ちげえし。でも、いけにえは誰にすんだよ」
「ちょうどいいやつらがいるだろ――おい! バレてんだよ!」
上級生たちの顔がいっせいにレイたちの隠れている方へ向かった。
「出てこいよ! 三秒で出なきゃ、ひどい目にあわせるぞ!」
レイたちは諦めて広間に入った。上級生たちが集まってくる。
「こいつら盗み聞きしてやがったぜ。下級生か?」
「おれ、知ってる。一年のレイだ。【悪魔を祓う曙光】ができるって親が騒いでたな」
「ああ、こいつか。どうせうそだろ」
「おい、おまえら! 話は聞いていたな。これから悪魔召喚の儀式をはじめる! おまえらはいけにえだ!」
急な要求に、フィルがあぜんとした。
「はあ!? ば、ばかじゃねえの!?」
「黙ってろ! 口答えしたらぶっ殺すからな!」
上級生の一人が杖を突きつけた。
どうする? レイは迷った。お化けの心配はしていたが、まさか悪そうな連中にからまれるとは思ってもみなかった。
上級生のリーダーらしき男が得意げに、持っている物を手で転がしている。宝石のようにきれいな石だ。不気味なほど赤く艶めいていた。
「なあ、いけにえって二人もいるか?」
「知らね。なんでもいいだろ」
「いいこと思いついたぜ」
男の一人がにやりと笑った。
「選ばせてやろうぜ。こいつらのどっちかをいけにえにするんだ」
レイたちは息をのんだ。
上級生のリーダーがひゅーっと口笛を吹く。楽しそうにフィルを指差した。
「おい、生意気なガキ。おまえに選ばせてやるよ。自分とレイのどっちをいけにえにする?」
フィルは顔を真っ青にした。レイをちらりと見る。
「黙ってたら二人ともいけにえだからな」
「早くしろよ」
「さーん、にー、いーち」
「うわああああああああああああああああ!」
光が破裂した。フィルが【星屑を飛ばす】を撃っていた。魔力操作に失敗したのだろう。極端に肥大した光弾は飛ばす、その場で爆発するように弾けた。
「レイ! 逃げるぞ!」
すぐに二人は背を向けて走り出した。
後ろから、バンバン、と破裂するような音が飛び交う。魔術が飛んできた。
「レイ! 【悪魔を祓う曙光】しちまえ!」
「悪魔にしか効かないよ!」
「悪魔みたいなやつらじゃん!」
レイは振り向きざまに杖を構えた。
「【星屑を飛ばす】」
すばやく射出された二発の光弾が男たちの杖に当たり、弾き飛ばした。
「【飛び出る鳩の群れ】」
続けざまにレイは魔術を唱えた。杖から出現したハトの群れが廊下いっぱいに羽ばたき、男たちに突っ込む。男たちが慌てて、ハトをどけようとした。
「すっげえ……」
「まだだ!」
「【星屑を飛ばす】ッ!」
怒りくるった上級生のリーダーが魔術を放ってきた。
「【硝子の盾で防ぐ】」
レイは防御魔術を唱えながら後退した。前方に展開された透明な盾が光弾を防ぐ。
「フィル。りんごを投げるイメージだ」
追い打ちで放たれる多数の光弾を防ぎながら、レイは上級生たちの魔力の弱まりを察知していた。
「もうすぐあいつらが疲れはじめる。合図したら杖を構えて」
フィルが慌てて杖を上げた。
「同時に行くぞ――3、2、1!」
敵の光弾が止んだ瞬間、レイは盾を消した。
「「【星屑を飛ばす】――!」」
フィルと同時に光弾を発射する。二つの光は見事な直線を描き、上級生の胸に直撃した。
「【頑丈な縄で縛りつける】」
さらにレイは魔術を展開した。縄が出現し、ひとりでに動いて男たちに巻きついた。
「ちくしょおおお!」
床に倒れた男たちがじたばたともがくが、縄はびくともしなかった。
レイたちは明かりの魔術を唱えて、男たちに近づいた。フィルがおそるおそる口を出す。
「魔術でつくった縄ならすぐに消えちゃうんじゃないか?」
「この魔術なら一日くらいもつと思う……どうしようか?」
レイは、うめく上級生のリーダーを見下ろしながら困った。縛りつけたまま放っておくわけにはいかないが、大人を呼んでも怒られそうだ。
床には赤い石が転がっていた。上級生たちが魔石と呼んでいた物だ。フィルが石を拾い上げた。
「悪魔を召喚するって言ってたな……見るからにヤバそうだぜ」
「フィル。捨てたほうがいい」
レイは石から魔力が出ているのを察知していた。どこかうすら寒くなる、いやな気配だった。
「? なんだよ、本気になって。見ろよ。なんか描いてある……文字? いや、読めねえな」
光球の明かりを寄せて、レイは石の表面に刻まれた細かな文字を口にした。
「【ジキラゴ】?」
「 ヨ ン ダ ?」