7 防衛術
できないふりを覚えて、レイは頻繁に魔術を失敗してみせた。
魔術の失敗の原因は主に二つ。イメージの揺らぎか魔力操作の甘さだ。前者は中途半端な結果となり、後者は魔術の出力が極端になる。
レイははじめ、後者の失敗を選んだ。魔力をわざと弱く込めて、魔術の不発か、弱々しい結果だけが起きるようにした。イメージの揺らぎは時に予想外の結果を起こしかねない。出力を弱めれば誰も怪我をする心配がなかった。
やがて、より滑稽な失敗のほうがみんなを笑わせられると知り、レイは方針を変えた。
イメージを揺らすのではなく、失敗した魔術をイメージする。たとえば声を大きく響かせる魔術では、自分の声を響かせるのではなく、音をかなり高くして奇声に変えたまま聖歌を歌ってみせた。これはみんなから大好評だった(先生には怒られた)。レイはおもしろそうな失敗を考えては実践した。
学校の先生は優等生だったレイの失敗続きに慌てたが、そのうち「成長期によるイメージの揺らぎ」が原因だと結論づけた。
「人は大人に近づくにつれ想像力も変化していくものだ。今は不安定な時期で失敗しやすくなっているが、すぐに元通りになるだろう」
「いいなー。レイ、大人だってよ」
「おれのほうがでかい」
「すぐに抜かすから!」
身長で競いながら、みんなは笑っていた。
少し魔術が下手になってもレイは〝できるやつ〟だった。むしろ、おもしろい失敗をするようになって、親しみやすい人物になりつつあった。
フィルとはぎくしゃくした関係が続いたままだった。声をかけるタイミングをはかってはためらってばかりだった。フィルも似た気持ちなのか、時折目があってはそっぽを向かれた。
そんなある日。みんなが楽しみにしていた授業がはじまった。
「今日から防衛術の練習を行う。はじめに言っておくが、防衛術は今まで習った魔術よりも難しく、危ない分野だ。ふざけた場合は中止にするからまじめに受けるように」
年配の先生は生真面目に注意を繰り返したが、大多数の生徒は早く魔術がしたくてうずうずしていた。
「今回教える【硝子の盾で防ぐ】は基礎となる防御手段だが、とても重要な魔術だ。おまえたちも【星屑を飛ばす】はわかるだろう。あれくらいの軽い衝撃であれば難なく防げる」
「先生~。悪魔からも守れる?」
「どうだ、レイ?」
「悪魔の魔力は強いので【硝子の盾で防ぐ】だと簡単に破られると思います」。
「正解だ。悪魔相手に魔術をイメージしているひまがあったら全力で逃げろ」
説明もそこそこに実践がはじまった。みんな、授業が進んで多少なりとも魔術ができるようになっていたものの、防衛術には大苦戦だった。
レイは適度に失敗しながら、みんなの様子をうかがった。ほとんどの生徒が盾の形すら出せていない。フィルも苦戦している。イメージが不安定で盾がふにゃふにゃになっていた。あれでは小石どころか羽虫でも素通りできてしまうだろう。
ふと、馴染みのある気配を近くに感じた。レイは校舎のほうに目を向けた。
「アンリ先生?」
アンリ先生が校長先生といっしょになにか話していた。日中は家庭教師の仕事で外出しているはずだけれど、今日はお休みなのだろうか。
不思議に思ってから、すぐにレイは別のことに気をとられた。
二人に挟まれる形で知らない男が立っていた。
背の高い男だった。顔まではよく見えないものの、どこか上品なたたずまいをしている。
レイが気になったのは男の放つ気配だった。
男の気配は、今までに感じたことがないほど大きかった。目に見えない輝きをまとっているようだった。他の人たちよりもずっと存在感が強い。
……誰だろう?
見物する男が気になりながらも、レイは授業に戻った。
◇◇◇
アーサー・ボイルは王国の名門校であるユースディア魔術学校の教師である。中性的な甘い顔立ちながら、名門の厳しい風格が所作にしみついていた。
王都で教鞭をとっている彼がスターレット魔術学校をたずねたのは、防衛術の中でも最高位と称される【悪魔を祓う曙光】の成功者が現れた、と知らせを受けたためであった。名も知らぬ辺境の学校から届いた手紙ではあったが、校長の直筆とあってはいたずらとして流せるものではなかった。
スターレット魔術学校の校長先生は緊張した様子であいさつした。
「ボイル教授。お忙しい中、本校にお越しいただきありがとうございます」
「【悪魔を祓う曙光】に成功した生徒がいると聞いてはたしかめずにはいられませんよ。それと……アンリさん。保護者の意見もうかがいたいですね」
アンリもボイル教授の訪問に合わせて学校に来ていた。レイの情報を王都に知らせるよう、スターレット魔術学校に進言したのは彼女だった。
「レイは将来、魔術師の歴史に名を刻むでしょう。お時間が決して無駄にならないことを約束します」
「ずいぶん力強い言葉だ。楽しみになってきましたよ」
話をしているうちに、校舎前の野原に生徒が集まった。年配の先生が授業の説明をしている。
「防衛術ですな。本校は【硝子の盾で防ぐ】から学ぶ方針でして――」
ボイル教授は校長先生の話を聞きながら、一人の少年を見ていた。思わず、ふっと笑った。
「驚いたな」
「さすがです。一目で見抜きましたか」
「からかわないでください。魔力量が桁外れだ。大人がまぎれているのかと思いましたよ」
魔術師の魔力量は肉体の成長にあわせて増えていく。個人差はあるものの、子供より大人のほうが魔力量が多いのは常識である。
普通は他者の魔力を感じ取ることは困難だ。が、熟練の魔術師であれば探知できる。魔力探知は戦闘において重要であるため、悪魔祓いの必修になっている技術だ。
ボイル教授は口元をゆるめたまま観察を続けた。レイから放たれる魔力は子供の域を遥かに超えていた。それこそ悪魔祓いの隊員と言われても納得できるほどだった。
「あれほどの魔力があれば、【悪魔を祓う曙光】も展開できるか……しかし、魔力が足りれば成功する程度の魔術であれば、今頃わたしは悪魔祓いの筆頭になっているだろうな」
「書簡でもお伝えしましたが、本人は偶然成功しただけであってもうできないそうです。ご存知の通り、子供は想像力豊かですから、イメージの奇跡が起きたのでしょう」
「子供特有の偶然だとしても、十歳で【悪魔を祓う曙光】に成功した事例は、わたしの知る限り一度もないですよ」
「その件ですが、実は――」
アンリは口を開きかけて、思わず息をのんだ。レイが簡単な防御の魔術を失敗していたからだった。
「調子が悪いようですな」
「ありえません。レイがミスをするなんて。あの子はどんな魔術でもすぐに覚えます。防御でしたら高位の盾だって習得しているんです」
「まあまあ、アンリさん。子供ですよ」
動揺するアンリを、校長先生がのんきになだめた。
レイは様々なミスをした。盾が豆粒くらい小さかったり、出現した瞬間から折れ曲がったりと、みるからに滑稽な失敗を続けた。
「……できすぎているな」
ボイル教授はレイをじっと見ていた。
授業が終わると、彼はレイに話しかけようとした。
野原を歩いて近づくと、背を向けていたレイが振り返った。二人の距離はまだ十分に離れている。あまりに自然な動きに、ボイル教授は内心で驚愕した。
魔力探知をした? いや――。
深読みのしすぎだ、と考えを改める。魔力探知は大人でも苦労する繊細な技術だ。単純な魔力量とはわけが違う。十歳の子供にできるはずがない。
足音か、勘でも働いたのだろう。
「授業を見せてもらったよ。【悪魔を祓う曙光】の少年」




