6 亀裂
魔術学校がはじまると、レイの日常は大きく変わった。
アンリ先生の家から登校して、授業を受ける。スターレット魔術学校は授業の雰囲気がどこかのんびりしていて、学ぶ魔術も簡単なものばかりだった。ただ、簡単だと思ったのはレイだけだったらしい。同年代の子供の多くは小石どころか、マッチ一本を浮かせるのにも苦労していた。
三日も経つと、レイは早くも学校で頭角を現していた。
みんなが苦労する魔術の実習を、レイだけはすべて成功してみせた。座学の問題もすらすら答えられた。学校に慣れてくると、自然とレイを中心に人が集まるようになっていた。
「レイ。あれやってよ。入学式でやった魔術」
子供の一人が声を上げた。周りに集まっていた子供たちも同調してせがみだした。休み時間の、いたって明るい雑談だった。
レイは今までのようなちょっかいではなく、純粋に仲間として話しかけられて嬉しかった。
うまくやれている。
けれど――。
一つだけ、うそをついていた。
「【悪魔を祓う曙光】はもう無理だって。たまたまできたの」
入学式を終えてから、【悪魔を祓う曙光】はできないことにしていた。子供で成功することは極めて特別で大人でもびっくりするのだと、アンリ先生に教えてもらったからだった。また〝変人〟だとは言われたくなかった。
「えー、ちょうすごいってパパが言ってたのに」
「なにか他にできねえのー?」
「え、じゃあ…………【あたたかな光群】」
レイが杖を振ると、柔らかな光球がいくつも浮かび上がった。
「すっげー!」「きれーい!」
途端に、みんながはしゃぎだした。レイは自分の魔術でみんなが喜ぶのを見るのが嬉しかった。
もっとおもしろそうな魔術はあるかな。
帰ったら、アンリ先生に教えてもらおう。
「レイー! 浮遊魔術って、どうやってる?」
「えっと、空中に浮いているイメージを――」
「宿題やってー」
「やだよ!」
笑い声が上がる。みんなで笑っていた。
今のレイは人気者だ。村にいた頃とは違う。
幸せだった。
「――変!」
急に、大きな声がした。
声を上げたのは、同年代のフィルだった。気の強そうな顔をした少年で、レイはあまり話したことがなかった。
「なんでレイだけそんなに魔術ができるんだよ。おかしいだろ」
「レイはすごいんだよ」
「先生も褒めてるよねー」
「ずるじゃん!」
フィルがレイの前に立った。
「なんで、そんなすぐできんの?」
「え? イメージと魔力操作で」
「だから、なんでそんな簡単にできんのかって言ってんの!」
フィルの声がどんどん大きくなって、レイたちはあっけにとられた。
「おれのことバカにしてる!」
「してない」
「してる! だって、魔術のやり方とかいっつも口出ししてくるじゃん」
「あれはアドバイス」
「そういうとこがバカにしてんの!」
まもなく先生が来て、レイたちは事情を聞かれた。子供の喧嘩としてたしなめられて終わった。
「行こうぜ」
放課後になって、レイはみんなに呼ばれていっしょに帰った。野原で遊んでいくつもりだった。
振り向くと、フィルだけが取り残されていた。
ひとりぼっちの姿はまるで、かつてのレイのようで。ひどく気になった。
◇◇◇
はじめての休日になると、レイはアンリ先生といっしょに教会でお祈りした。他の生徒や保護者も集まっていた。友達がレイを見掛けると、遊びにさそってきた。
「先生。遊んでもいい?」
「暗くなる前に帰ってくるんですよ」
アンリ先生が微笑む。と、なにか思いついたような表情をした。
「ところで、そろそろ『先生』はやめましょう。わたしはもうレイの家庭教師ではないのですから」
「ええー。おれ、まだ先生に教えてもらってるじゃん」
「家でしてる勉強は自習ですよ。レイが自分から取り組んでいることです」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「お好きなように。レイが良ければ『ママ』でもいいですよ」
「やだ! 恥ずかしい!」
顔を真っ赤にして、ふと、レイは口をつぐんだ。周りの大人たちから見られている気がした。
「大丈夫ですよ。入学式のことで少し注目されているだけです。いつも通りでいいんです」
【悪魔を祓う曙光】を使ったせいだった。レイは、やっぱり使ってはいけない魔術なんだと改めて思った。
「アンリさん」
保護者の一人が話しかけてきた。やせすぎなくらいに細い夫人だった。すぐ後ろにフィルがいた。母親らしい。レイを見ると、気まずそうに目をそらした。
息子の様子に気づかず、夫人は上機嫌にアンリ先生と話していた。
「レイはとても優秀ですね。フィルにも見習ってほしいですよ」
「自慢の子です」
アンリ先生の声はとても誇らしそうだった。本当の息子のように褒められて、レイも嬉しくなった。
「ぜひ、教育のコツを教えてほしいですわね。うちはこのあとも勉強をさせますよ」
「熱心なんですね」
「当然です。この子は将来、悪魔祓いになるんですから」
夫人が視線を移して、レイを見下ろした。
「レイ。また【悪魔を祓う曙光】を見せてくれないかしら?」
レイは慌てて首を振った。なんとなく怖い感じがした。
「もうできません。その、たまたまだったんです。おれは、普通です」
「とんでもないわ! 天才よ! もっと自信を持ったほうがいいわ」
レイは夫人を見ていなかった。フィルの様子が気になってしょうがなかった。
フィルはずっと無言でうつむいていた。
祈りの時間が終わって、レイは友達と遊んでから帰った。
アンリ先生の家に着く。入学してから住ませてもらっている家はこざっぱりとしていて、どこかあたたかった。はじめて寝泊まりした日から我が家のように落ち着けた。
夕食をいっしょに食べながら、レイはつぶやいた。
「先生。おれ、やっぱり変?」
「急にどうしました?」
レイは学校であったことをぽつぽつと話した。話しているうちにだんだん感情がたかぶってきた。
「おればっかりできるの変なんて言われてもさあ。どうすればいいの」
鼻がツンとするのをこらえる。泣くのを見られたくなった。
「イメージなんて誰でもできるじゃん!」
わからなかった。
簡単だと思っていることが他の人にはできない。
普通にしているだけなのに悪いことのように責められる。
自分らしくしてはいけないのか。
「レイ……」
アンリ先生がレイを抱きしめる。泣き止むまで頭を撫でていた。
翌日。レイは学校である光景を見つけた。
友達の一人が浮遊魔術で誤って自分を浮かせてしまい、地面すれすれで浮いたまま両足をばたつかせていた。その姿があまりにおかしくてみんなは大笑いだった。誰も友達を責めていなかった。
「そっか」
レイは魔術を失敗してみせた。
――できないふりをすればいいんだ。