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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第一章
6/32

6 亀裂

 魔術学校がはじまると、レイの日常は大きく変わった。


 アンリ先生の家から登校して、授業を受ける。スターレット魔術学校は授業の雰囲気がどこかのんびりしていて、学ぶ魔術も簡単なものばかりだった。ただ、簡単だと思ったのはレイだけだったらしい。同年代の子供の多くは小石どころか、マッチ一本を浮かせるのにも苦労していた。


 三日も経つと、レイは早くも学校で頭角を現していた。


 みんなが苦労する魔術の実習を、レイだけはすべて成功してみせた。座学の問題もすらすら答えられた。学校に慣れてくると、自然とレイを中心に人が集まるようになっていた。


「レイ。あれやってよ。入学式でやった魔術」


 子供の一人が声を上げた。周りに集まっていた子供たちも同調してせがみだした。休み時間の、いたって明るい雑談だった。


 レイは今までのようなちょっかいではなく、純粋に仲間として話しかけられて嬉しかった。


 うまくやれている。


 けれど――。


 一つだけ、うそをついていた。


「【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】はもう無理だって。たまたまできたの」


 入学式を終えてから、【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】はできないことにしていた。子供で成功することは極めて特別で大人でもびっくりするのだと、アンリ先生に教えてもらったからだった。また〝変人〟だとは言われたくなかった。


「えー、ちょうすごいってパパが言ってたのに」


「なにか他にできねえのー?」


「え、じゃあ…………【あたたかな光群(ホワイズ)】」


 レイが杖を振ると、柔らかな光球がいくつも浮かび上がった。


「すっげー!」「きれーい!」


 途端に、みんながはしゃぎだした。レイは自分の魔術でみんなが喜ぶのを見るのが嬉しかった。


 もっとおもしろそうな魔術はあるかな。


 帰ったら、アンリ先生に教えてもらおう。


「レイー! 浮遊魔術って、どうやってる?」


「えっと、空中に浮いているイメージを――」


「宿題やってー」


「やだよ!」


 笑い声が上がる。みんなで笑っていた。


 今のレイは人気者だ。村にいた頃とは違う。


 幸せだった。


「――変!」


 急に、大きな声がした。


 声を上げたのは、同年代のフィルだった。気の強そうな顔をした少年で、レイはあまり話したことがなかった。


「なんでレイだけそんなに魔術ができるんだよ。おかしいだろ」


「レイはすごいんだよ」


「先生も褒めてるよねー」


「ずるじゃん!」


 フィルがレイの前に立った。


「なんで、そんなすぐできんの?」


「え? イメージと魔力操作で」


「だから、なんでそんな簡単にできんのかって言ってんの!」


 フィルの声がどんどん大きくなって、レイたちはあっけにとられた。


「おれのことバカにしてる!」


「してない」


「してる! だって、魔術のやり方とかいっつも口出ししてくるじゃん」


「あれはアドバイス」


「そういうとこがバカにしてんの!」


 まもなく先生が来て、レイたちは事情を聞かれた。子供の喧嘩としてたしなめられて終わった。


「行こうぜ」


 放課後になって、レイはみんなに呼ばれていっしょに帰った。野原で遊んでいくつもりだった。


 振り向くと、フィルだけが取り残されていた。


 ひとりぼっちの姿はまるで、かつてのレイのようで。ひどく気になった。




  ◇◇◇




 はじめての休日になると、レイはアンリ先生といっしょに教会でお祈りした。他の生徒や保護者も集まっていた。友達がレイを見掛けると、遊びにさそってきた。


「先生。遊んでもいい?」


「暗くなる前に帰ってくるんですよ」


 アンリ先生が微笑む。と、なにか思いついたような表情をした。


「ところで、そろそろ『先生』はやめましょう。わたしはもうレイの家庭教師ではないのですから」


「ええー。おれ、まだ先生に教えてもらってるじゃん」


「家でしてる勉強は自習ですよ。レイが自分から取り組んでいることです」


「じゃあ、なんて呼べばいい?」


「お好きなように。レイが良ければ『ママ』でもいいですよ」


「やだ! 恥ずかしい!」


 顔を真っ赤にして、ふと、レイは口をつぐんだ。周りの大人たちから見られている気がした。


「大丈夫ですよ。入学式のことで少し注目されているだけです。いつも通りでいいんです」


悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を使ったせいだった。レイは、やっぱり使ってはいけない魔術なんだと改めて思った。


「アンリさん」


 保護者の一人が話しかけてきた。やせすぎなくらいに細い夫人だった。すぐ後ろにフィルがいた。母親らしい。レイを見ると、気まずそうに目をそらした。


 息子の様子に気づかず、夫人は上機嫌にアンリ先生と話していた。


「レイはとても優秀ですね。フィルにも見習ってほしいですよ」


「自慢の子です」


 アンリ先生の声はとても誇らしそうだった。本当の息子のように褒められて、レイも嬉しくなった。


「ぜひ、教育のコツを教えてほしいですわね。うちはこのあとも勉強をさせますよ」


「熱心なんですね」


「当然です。この子は将来、悪魔祓いになるんですから」


 夫人が視線を移して、レイを見下ろした。


「レイ。また【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を見せてくれないかしら?」


 レイは慌てて首を振った。なんとなく怖い感じがした。


「もうできません。その、たまたまだったんです。おれは、普通です」


「とんでもないわ! 天才よ! もっと自信を持ったほうがいいわ」


 レイは夫人を見ていなかった。フィルの様子が気になってしょうがなかった。


 フィルはずっと無言でうつむいていた。


 祈りの時間が終わって、レイは友達と遊んでから帰った。


 アンリ先生の家に着く。入学してから住ませてもらっている家はこざっぱりとしていて、どこかあたたかった。はじめて寝泊まりした日から我が家のように落ち着けた。


 夕食をいっしょに食べながら、レイはつぶやいた。


「先生。おれ、やっぱり変?」


「急にどうしました?」


 レイは学校であったことをぽつぽつと話した。話しているうちにだんだん感情がたかぶってきた。


「おればっかりできるの変なんて言われてもさあ。どうすればいいの」


 鼻がツンとするのをこらえる。泣くのを見られたくなった。


「イメージなんて誰でもできるじゃん!」


 わからなかった。


 簡単だと思っていることが他の人にはできない。


 普通にしているだけなのに悪いことのように責められる。


 自分らしくしてはいけないのか。


「レイ……」


 アンリ先生がレイを抱きしめる。泣き止むまで頭を撫でていた。


 翌日。レイは学校である光景を見つけた。


 友達の一人が浮遊魔術で誤って自分を浮かせてしまい、地面すれすれで浮いたまま両足をばたつかせていた。その姿があまりにおかしくてみんなは大笑いだった。誰も友達を責めていなかった。


「そっか」


 レイは魔術を失敗してみせた。


 ――できないふりをすればいいんだ。


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