32 候補者
悪魔の乱入によって対抗戦は中止となった。
悪魔が暴れたことによって競技場の一部が破壊されたが、悪魔祓いの迅速な対応によって怪我人は出なかった。いけにえとなった人物もまもなく意識を戻した。
ユースディア全体の安全確認が済むと、生徒や保護者は帰された。一方で、教員たちは校長室に集まり、事態を把握するために会議を行った。
「前代未聞だ! 悪魔祓いはなにをしていた!」
エイブラムがつばを吐いて怒鳴った。会議に参加しているスティーブが毅然と答えた。
「我々は悪魔に対処し、被害を最小限におさえました」
「バカ者めが! みすみす競技場まで侵入を許したまぬけさを非難しているのだ! 貴様は魔力探知ができるのだろう! 悪魔の魔力に気づけたはずだ!」
「魔石の解放によって出現した以上、直前まで感知するのは不可能です」
ボイルが口を挟んだ。エイブラムが不審げな表情になる。
「魔石? なんだそれは?」
「スティーブ。回収したな?」
スティーブがうなずいて、手のひらを広げる。怪しげに艶めく魔石が乗っていた。ボイルが説明する。
「悪魔を封じ込めた魔道具です。解放の呪文といけにえによって悪魔を召喚する……魔力は石に内包されているため感知するのは困難。解放した瞬間まで気づけません」
「誰が悪魔を召喚した!?」
「調査中です」
「なにを悠長な――」
スティーブに詰め寄るエイブラムに、ボイルがさりげなく間に入った。
「事態は悪い。が、最悪ではない。いけにえになった人を助けられた。【悪魔を祓う曙光】の使い手が現場にいる機会など滅多に望めるものではない」
「――そうだ! レイだ!」
エイブラム教授が興奮してさけんだ。
「ボイル! 貴様、知っていたな! レイが【悪魔を祓う曙光】を使えることを! 信じられん! 10歳だぞ! 天才どころではない! これは神が人類にもたらした恵みにほかならん! レイこそが神の子だ!」
一人で騒ぐのを放っておいて、スティーブが話を進めようとした。
「しばらくは次の襲撃を警戒したほうがいいでしょう。安全のためにも今年度の研修は中止に――」
「――研修は例年通りに進めてもらおう」
厳かな声が響いた。ドーアン校長が発言していた。
「魔術師の成長の機会を奪うことは望むまい」
はっきりとした意思を感じさせる声音に、全員が黙った。その後も話し合いが続き、解散となった。
ボイルは部屋を出て歩き出すと、すぐに背後で気配を感じた。
「ボイル隊長……」
「元、だ」
スティーブが並ぶ。二人で通路を歩いた。
「あの生徒……レイ、は何者ですか? 貴族ではないようですが……」
「出自を調べたが魔術師の血筋ではなかった」
「本当に……大貴族たちがレイのことを話していましたよ。めんどうな事態が起こるかもしれません」
「血筋に執着する名家が動くか……神話の魔術を目にしたのだ。惹かれるのも無理はないな」
歩きながら話し続けた。
◇◇◇
翌日は休校となったが、日をまたぐと平常通りに授業がはじまった。生徒たちはまだ対抗戦の騒ぎが残っている様子で、口々に悪魔襲撃事件の話をしていた。
レイも動揺はしていたが、なるべく普通を心掛けてユースディアに通った。しかし、一人でいることが多かった。その理由は一番の友達であるマクスが学校を休んでいたためだった。彼は対抗戦の疲れで体調を崩していた。
授業が終わって、レイは席を立った。すると近くにいた人と目が合った。他からも視線を感じるのは気のせいではないだろう。
最近、周りから陰で呼ばれているあだ名がある。
『神童』
対抗戦が終わってから変な目で見られるようになった。同級生たちと心なしかよそよそしくなった。
「なんだなんだ!? 辛気臭いな」
「マクス!?」
突然、教室中に大声が響いた。マクスだった。チェスターたちが驚く。
「おまえ、大丈夫なのかよ」
「すこぶる快調。あんまりいい気分だったからユースディアを散歩してたぜ」
「授業に出ろよ!」
場がにぎやかになる。と、マクスがレイを見た。
――どう思われただろう。
レイは不安になった。個人戦で戦って、それに、【悪魔を祓う曙光】を見られた――。
「おいおい! 神童じゃねえか!」
おおげさなほどにはっきりと言われて、ドキリとした。
なんと返してよいかわからなくなって黙っていると、マクスが、ふっと軽く笑った。演技をやめたように相好を崩した。
「レイ、来いよ。チェスしようぜ」
その、なんでもない口調でどれだけ胸があたたかくなったか、レイは表現する言葉が見つからなかった。
マクスたちといっしょに移動する。談話室に入ると、チェスをして雑談をした。多くは対抗戦の話で盛り上がった。
ひと段落したところで、マクスが改めて口を開いた。
「【悪魔を祓う曙光】ができたんだな」
「うん……」
「レイがすごいやつなのはわかっていたけど、まさかなぁ……【悪魔を祓う曙光】だぜ」
「難しい魔術だとは思っていたけど……そこまで驚かれるなんて知らなかったんだ。聖書に出ているのだって学校に入ってから知ったし……」
「ガキの頃には夢見た魔術だよ。よく悪魔祓いごっこをやったな。悪魔役になったやつに【悪魔を祓う曙光】するのがお決まりでよ。弟と妹に飽きるほどやられたな」
マクスに同調して、チェスターたちがうなずいた。
「悪魔祓いでも使える人なんてほとんどいないんじゃないか?」
「――一人よ」
不意に女子の声がした。リザだった。レイのそばに近寄る。
「現役の魔術師で【悪魔を祓う曙光】を展開した記録が残っているのは、悪魔祓いの総隊長である筆頭だけよ」
「レイ。少しいいだろうか? 話がある」
また新たな声がした。ボイル教授だった。リザが案内したのだろう。いっしょにいた。
困惑しながら、レイは教授についていった。別の部屋に入った。
その部屋は教員用の私室であるようだった。ボイル教授が椅子を浮かせ、対面に置いてレイに座るようにうながした。レイは言われたとおりに座った。
「まずは対抗戦のお礼を言いたい。きみの協力で悪魔のいけにえとなった被害者を助けられた。スティーブ……悪魔祓いも含め、全員が感謝している」
「いえ……」
レイは戸惑いながらうなずいた。ボイル教授が話を続けた。
「試合をみていたが、正直に言って驚いた。魔力探知はおろかマジックオーバーまでできる生徒など、過去はおろか未来にも現れないだろう。マジックオーバーは悪魔祓いの部隊長が覚える技だ……もっとも【悪魔を祓う曙光】ができる時点で、きみの魔術師としての技能はほとんどの者を凌駕している」
ボイル教授の目が鋭くなった。
「だからこそ問いたい。スターレットで悪魔に襲われた時、きみはなぜ、話を偽った? 本当に他に魔術師はいたのか?」
急にスターレットの話を聞かれて、レイは驚きながら直感した――この人はごまかせない。悪魔に襲われた時の状況を思い出しながら、正直に話した。上級生が魔石を持っていたこと。その魔石から悪魔が出てきたこと。レイが祓った事実をありのままに話した。
すべてを話し終えると、ボイル教授は思案するようにあごに手を置いた。
「……そうか。きみが魔石を解放したのか」
「危ない物だと思ったんですけど、文字が書いてあったから読んでしまって……」
「常人では読むことすらできない。まさか悪魔を呼ぶ呪文だとは思わないだろう。魔道具には危険な物があるとよくわかったはずだ。今後は魔力を感じる物に描かれた文字をうかつに読み上げることは避けたほうがいい」
「はい」
「話を聞けてよかった――ところで、悪魔祓いの研修の話は知っているな?」
「対抗戦に勝ち進んだ二人が行けるって……でも、今回は中止になったからどうなるんですか?」
「研修は行われる。選抜される生徒は、対抗戦が中止となる前の総合的な評価で決めることになった」
ボイル教授がじっとレイを見た。
「レイ。きみを推薦することに決まった」
強い視線に尻込みしながら、レイは半ば無意識につぶやいていた。
「マクスは……?」
「マクス・バーナードか? いや、彼は候補に入っていない」
「そう……」
不可解そうなボイル教授から目を離して、レイはうつむいた。
マクスが知ったら落ち込むだろう。せっかく体調が良くなったのに……。
「あの、考えさせてください……」
「構わない。研修とはいえ悪魔との戦闘が起こりうる。きみはまだ十歳だ。だが、不安にならなくていい。対抗戦をみるかぎり、きみであれば問題なくこなせるだろう。悪魔祓いにはわたしの部下だった者もいる。彼らは信頼できる。わたしとしては将来のために経験を積んでおくことをすすめる」
うつむいたまま立ち上がると、レイは退室した。