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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
31/32

31 神童

 レイが魔力の異変を感知したのは、轟音がした直後だった。


 観客席から悲鳴が上がる。貴賓席の方向だった。衝撃で大きな砂埃が上がっていた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 現れたのは巨人だった。大人が見上げるほどの背丈、筋骨隆々の肉体。大きな手には、木の幹に似た、でこぼことした太い槍が握られていた。


 異常事態。


 怪物が前触れなく競技場に出現していた。


「「「【光線で撃ち抜く(ベネートレイ)】――!」」」


 四方八方から飛び交った光線が怪物に直撃した。


「配置通り、観客の安全を優先しろ! ミシェル! 悪魔は一体だ! 速やかに(はら)え!」


「了解!」


 スティーブの指示によって、悪魔祓いたちがいっせいに動き出した。ミシェルが杖を構える。


「【光線で撃ち抜く(ベネートレイ)】――!」


 再び光線を受けて、悪魔が嫌がるように槍を振った。近くにいた貴族が吹き飛ばされそうになるのを、他の悪魔祓いの隊員が急いで救助した。


「【光の剣で断ち切る(エリミネイバー)】」


 スティーブが浮遊魔術で飛び上がりながら杖を横に構える。杖先から光が伸びて留まる。彼の背丈を優に越える長大な光剣となった。


「「オオオッ!」」


 スティーブと悪魔が同時に武器を振るう。光剣と槍が交差してぶつかり合った。激しい剣戟の応酬が続いた。


「【銀の鎖束で封印する(アージェトラニル)】」


 不意に、悪魔を囲むように多数の魔術陣が発生した。おびただしい数の鎖が出てきて、悪魔を縛った。


「オオ!?」


 鎖に引っ張られて、悪魔が体勢を崩す。ずるずると観客席を這いずって、地面に落下した。


 突然の介入にスティーブは動揺して、悪魔を追った。すぐに悪魔を拘束した魔術師の正体を知って驚いた。


「ボイル隊長!?」


「レイ! 【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】だ!」


 ボイル教授がさけんだ。拘束に抗う悪魔に油断なく杖を向けたまま、舞台の上にいるレイに向かって顔を向けた。


「魔石の解放によっていけにえにされた被害者は普通であれば助からない。しかし、【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】であれば悪魔だけを祓える。時間が経っていない今であれば助けられる」


 レイはあぜんとして、ボイル教授と、鎖に縛りつけられている巨大な悪魔をながめていた。


 ――やめてよ。


 レイは後ずさった。


 悪魔とは戦いたくない。でも、協力することで人を助けられるらしい。とっさに聞いた話でも、レイは正確に要点を把握していた。


 ふと、違和感を覚えて周りを見回す。観客は逃げているはずなのに心なしか視線を感じる。大勢に見られている気がした。


 予感がする。


 スターレットではじめて【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を使った時のように、取り返しのつかないなにかを踏み外す瞬間が迫っているのを。


 不安の〝なにか〟は、今をもってよくわからない。良いか悪いかはともかく、大きな変化が起こる。それだけはわかった。


 そして、恐怖にも似た予感は、かつて同い年の人たちから呼ばれたあだ名を思い出させるには十分だった。


『変人』


 ――おれは、変じゃない。


 おれは、普通だ。


 普通なんだ。


 ユースディアでなら、誰か【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を使える人だっていると期待していた。


「きみにしかできない。この場で【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を使える魔術師は、レイ。 きみにしか助けられないんだ」


 ボイル教授が話し続けている。レイはぼんやりと聞きながら確信した。


 ――入学して、うすうすわかっていた。


 誰もいない。レイ以外は。名門のユースディアでさえ、教師や悪魔祓いの人たちも【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】を習得している魔術師は存在しなかった。


「レイ……」


 後ろから声がした。


 マクスがいる。レイと同様に呆然としているようだった。


 ――守らなきゃ。


 フィルの時のように襲われるかもしれない。悪魔は高位火魔術だって行使できた。危険な敵だ。


 悪魔に食われた人がいる。


 やらなければ助けられない。


 大切な人たちを守れない。


 レイは浮遊魔術でそっと舞台から飛んだ。悪魔の目前で着地すると杖を構えた。


 鎖の束に縛られて這いつくばる悪魔は醜悪ながら、ひどく憐れに見えた。大きな目がレイを見つめる。


「生きたい……」


「――ッ」


 聞こえないふりをして、レイは杖を構えた。


 最大限のイメージと魔力操作によって魔術を構築する。


 途端、レイから魔力が迸った。洪水のごとくあふれる大きな気配は、魔力探知のできる全員が息をのむほどだった。


 悪魔の足元に巨大な魔術陣が浮かび上がった。


 ――その魔術は、聖書において神が悪魔の王に下した裁きの光と言い伝えられている。


 神話で語られる魔術でありながら、たしかに実在する。王国の歴史において片手で足る少数の大魔術師が名を残していた。


 現代において明確に周知されている使い手は一人。悪魔祓いの総隊長を担う〝筆頭〟だけが行使できる。


 それは魔術師が目指す到達点。


 悪魔に対抗する希望。


 人間が定める魔術でただひとつ、頂点の位を持つ。


 最高位浄化魔術。


「【悪魔を祓う曙光(ラウフリード)】」


 光柱が天に昇る。光の中心にいた悪魔の肉体がまたたく間に滅び、消え去った。あとにはいけにえにされたと思われる人間が倒れていた。


 レイは杖をおろした。危険は去った。人も助けられた。けれど、心は晴れなかった。


 気づけば、競技場が静まり返っていた。


「神童……」


 誰かがつぶやいた。


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