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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
30/32

30 レイ対マクス

 二回戦が進んでいく。第一試合に出たリザが危なげなく勝利し、早くも準決勝に進んだ。その後は試合が進むごとに競技場の熱量がふくらんでいくようだった。


 観客の注目はリザを除けば、最後の試合の選手に集まっていた。


「それでは二回戦、第四試合! レイ選手、対、マクス・バーナード選手です! レイくんは今年からユースディアに入学したばかりですが、目覚ましい活躍で勝ち進んできました。マクス選手は第一回戦で逆転勝利。二回戦でも熱い戦いを見せてくれるか期待されています」


 10歳でありながら優勝候補のアラン・オータスを圧倒し、チームを勝利に導いたレイ。番狂わせで三大貴族のジョイブルを倒したマクス。今や、二人こそが対抗戦の主役になっていた。


 レイは舞台に上がった。対面にはすでにマクスが待機していた。


 目が合うと、マクスがにやりと笑った。


「試合の相手ってなると、変な感じだな」


「……うん」


 レイは小さく返事した。


「試合開始――!」


 まもなく、シスター・フェリスの宣言が響いた。


 最初に動いたのは、マクスだった。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】ッ!」


 光弾の連射が飛ぶ。レイは横を走り、紙一重で避けた。マクスが距離を詰めて、さらに魔術を展開する。


「【大きな物でも(コマロー)回転させる(テート)】」ッ!」


 身を翻すようにして、レイは避けた。


「【火炎で燃やす(カルディオ)】――!」


「【硝子の盾で防ぐ(シーラス)】」


 防御魔術で炎を防いだ。


「マクス選手、怒涛の攻撃です。レイ選手が防戦一方になっています!」


 シスター・フェリスの実況の通り、マクスが一方的に攻めていた。


 ――なんで。


 レイは一歩足を引いた。手前にマクスの放った魔術が落ちる。続けざまに飛んできた光弾を防御魔術で受け止めた。


 ――なんで、負けるイメージができないんだ……!


 全力で戦って負けるのであれば納得できるはずだった。


 〝勝って当たり前〟なんて、無意識に思い上がっていた考えを正してほしかった。


 なのに、攻撃されるたびに、状況が進むごとに、次々と打開策が思い浮かぶ。


 隙だらけだ。


 魔術の展開が遅い。魔力操作が乱れて簡単に打ち消せる。イメージに集中するあまり動きが止まる瞬間があった。


 対峙して、はっきりとわかってしまった。


 ――負ける気がしない。


 マクスが魔術を打ち終わる。一瞬動きが止まったのを見逃さず、反射的にレイは杖を構えていた。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】」


「ぐっ!?」


 光弾がマクスの手に当たる。衝撃で大きくふらつく。杖を落としそうになるのを寸前でこらえていた。


 ――追撃を。


 マクスの魔力が乱れている。防御魔術を唱える余裕はないだろう。今、【星屑を飛ばす(ティンクル)】を連射すれば直撃する。


 でも、そうしたら……。


『勝ってください。わたしたちのために』


 レイが迷う刹那、頭にアンリ先生の言葉が響いた。


 ――負けたら、がっかりされる?


 一番喜んでほしい人に失望される。それは耐えられなかった。


 杖の先で、マクスが向かってきていた。歯を食いしばって前に進む姿は、大事な覚悟を背負っているように見えた。


『レイはとても優秀ですね。フィルにも見習ってほしいですよ』


 レイは、過去にフィルの母親に会った時の言葉を思い出していた。


 ――マクスが試合に負けたら、フィルみたいに親から怒られる?


 領地を滅ぼされて没落した家族のために悪魔祓いになろうとしている。他の人とは対抗戦に懸ける重みが違う。


『おれじゃレイみたいになれない。悪魔相手に気絶する腰抜けじゃ戦えないだろ――』


 また別の声が頭に響いた。


 ――違う、フィル。


 フィルは腰抜けだって言ったけれど。かっこよかった。おれを見捨てないで上級生相手に立ち向かった。


 おれには、誰よりも勇敢に見えたんだ。


 きっと、フィルなら悪魔祓いにだってなれると思っていたんだ。


『レイ、悪魔祓いになれよ。おまえなら絶対になれる』


 ――違うんだって。


 おれは悪魔祓いにならなくてもいい。


 諦めないでよ。


『勝ってください。わたしたちのために』


 やめて。


『レイ、悪魔祓いになれよ。おまえなら絶対になれる』


 やめてよ。


 マクスはユースディアではじめてできた友達なんだ。歳の離れているおれをチームに誘ってくれた。


 マクスがいなかったら今もひとりぼっちだった。笑って遊べる日なんてこなかった。


 だから、静かにしてよ。


 これで試合に勝ったら。


『〝笑わせる魔術師〟になる。良い夢だろ?』


 ――おれが、おれのせいで、マクスの夢を邪魔することになるんだ。



  ◇◇◇



 マクスは光弾を受けてふらつきながらも、意地で前進した。追撃を覚悟したが、レイは杖を構えるだけで魔術を展開しなかった。


 平時であれば違和感を覚えたかもしれない。しかし、試合に必死である今は反撃の好機と判断した。


「【火炎で燃やす(カルディオ)】――!」


 炎弾が直撃する。目の前が赤く染まる。

 

 手応えはなかった。レイならきっと防いでいる。


 炎が完全に消えるのを待たず、マクスは突進した。熱さに耐えながら、さらに接近する。


 炎の先では、やはり無傷のレイが立っていた。


「寝かしつけるのは得意なんだよッ!」


 ありったけの魔力を注いで、マクスは杖を構えた。


「【穏やかに眠らせる(ララバイ)】――!」


 展開した魔術は、対象の人物を眠らせる魔術だった。妹を寝かしつけるのによく使っていた。


 戦闘では致命的な効果をもたらす強力な魔術だが欠点も多い。まず、射程が非常に短い。杖が相手にふれるほど近くなければ当てることすらできない。さらに別の問題がある。人の動きや体調を操る魔術は対象と魔力量に差があると効き目が薄い。【穏やかに眠らせる(ララバイ)】は特に影響が大きかった。


 しかし、レイは五歳年下。年齢とともに魔力量が成長するのが常識である以上、いかに技能が優れていようと通用するはずだった。


 ――いける!


 マクスは勝利を確信した。


 魔術は命中した。その効き目はよく知っている。まもなく眠りにつくだろう。


 渾身の魔術を受けたレイは口を開き――。


「ふわっ」


 あくびをするだけで終わった。


「は?」


 思わず、マクスの口から間の抜けた声が出た。理解できなかった。


 ――魔力のほとんどを使って……あくびだけ?


 あまりにも小さな魔術の効果を目の当たりにして、立ち尽くしていた。


 マクスの考えは正しかった。


 人間の魔力量は年齢によって増加する。成長期である子供の5歳の差は大きい。普通であれば年上の人間のほうが魔力量は大きくなる。


 マクスの誤算は常識にとらわれたこと。


 魔力探知のできない彼は気づかなかった。


 レイの魔力は、悪魔祓いの部隊長であったボイルから大人と間違われるほどに大きい事実を。


 その量は、レイが評価するリザよりも遥かに大きいことを。


 ――そうだ。


 あぜんとしながら、マクスはようやく気づいた。


 レイは魔力探知ができる。目くらましなんて無意味だった。


 魔術を避けられなかったのではない。避ける必要がなかった。【穏やかに眠らせる(ララバイ)】を受けても眠らないことを直感していた。


 幼児から振り上げられた拳を大人が笑って受け止めるように。マクスとレイの実力には埋めようもない差があった。


「はは……なんだよ、それ」


 笑えるほどに滑稽だった。前提から間違っていた。


 不利なのは理解していた。レイよりも才能で劣っているのはわかっている。わかっていたから、捨て身で自分にできる最高の魔術を当てようとした。


 間違っていたのは、差の大きさ。


 ここまで実力が離れているなんて……。


 間近で見たレイの目は、心なしか沈んでいるように見えた。


 ――ドン!


 不意に、観客席から轟音が上がった。


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