3 思い描けているなら
レイは、アンリ先生が出した課題を難なくこなしてみせた。
一回だけと言われた防衛術の練習は、あまりに成果が良かったため続けられた。【星屑を飛ばす】を使った的当ては必中だった。光弾の速度を調整し、より速く射出するのもあっさり成功した。連射だってできた。
アンリ先生は驚きながら、とても喜んでいた。レイの撃った光弾がどれだけまっすぐで狙いが正確か、はじめてで応用することがいかに難しいかを褒め、とびきりの笑顔をみせた。
レイはすっかり魔術に夢中になっていた。
頭の中で思ったことが現実になる。どんなことだってできる気がした。世界の王様になれた気分だった。
「魔力を使って疲れたでしょう。一休みしましょうか」
疲れ知らずで魔術の練習をするレイを見かねて、アンリ先生が休息を提案した。
「ぜんぜん平気だよ。まだやりたい」
「元気が余っているようですね。お勉強の復習でもしましょうか」
「ええ~。全部、覚えたよ」
不満を口にしながらも、レイは大人しく座った。
「では、問題です。人は魔術をどうして扱えるのでしょう?」
「神様が力をくれたからでしょ」
「正解です」
アンリ先生が微笑んでうなずいた。
「魔術は神がもたらした大いなる力です。魔力を操る術を与えてくれたからこそ、わたしたちは魔術師として生まれることができました。ただ、良いことばかりではありません。祝福と同時に、神は試練ももたらしました」
「悪魔!」
「はい。魔術師の使命の一つは、悪魔の脅威から人々を守ることです」
魔力の働きは、魔術を起こすための燃料だけではない。
大量の魔力が一か所に蓄積すると、まれに新たな生命が誕生する。
悪魔。
長い年月をかけて魔力が実体をもった、異質の生命体。
姿かたちはさまざまだが、生態は共通している。
悪魔は魔力を養分にして生きながらえる。
そのため、魔力を体内に宿す他の生物を食らおうとする。中でも、魔力の豊富な人間は好んで狙う。
捕食者と獲物。つまりは人類の敵。
決して人とあいいれぬ生物である。
「自然豊かな場所は魔力が多いので、悪魔が生まれやすいです。住み心地が良いのか、生まれてからも住処にしていますね。ただ、悪魔の好物は人間です。ときどき人里に入ってくるので、魔術師が退治しています」
「悪魔には魔術しか効かないんだっけ?」
「正確には、他の手段だとあまり傷がつけられない、ですね。悪魔を祓うには魔術が有効なので魔術師が対応しているんです」
悪魔には魔術がよく効く。そのため、魔術師が悪魔を祓う。
レイの住むエイワズ王国では魔術師の部隊があり、所属している人間の多くが悪魔と戦うため『悪魔祓い』とも呼ばれていた。
「レイも将来は悪魔祓いになるかもしれませんね」
「えー、やだよ。おれ、戦いたくない」
「安心しました。悪魔を見つけても決して戦おうとしてはいけませんよ」
「またその話? 先生、いつも言ってるじゃん」
ふと、レイは疑問を覚えた。
「あのさ、先生」
「どうしました?」
「魔術で生み出したものはすぐに消えるよね? 悪魔も消えるんじゃないの?」
「良い質問ですね。魔術で生み出した物は時間が経つと消えてしまいます。悪魔も同様ですが、魔力の密度が濃いため寿命が長いんです。犬や猫、人くらい長く生きる個体もいるそうですよ」
通常、魔術で創造した物体は時間の経過とともに消滅する。悪魔もその法則からは逃れられない。
しかし、悪魔は長い年月をかけ、魔力そのものが肉体となった生命である。蓄積した魔力量が大きいため、消滅までの時間が長かった。
「そういえば、本でこんな魔術があったんだけど」
レイが本をめくってページを見せる。巨大な光柱が醜い化物を浄化している絵だった。
「防衛術の中でも特に名高い魔術ですね。悪魔を祓う手段でもっとも有効だといわれています」
「さいきょーなの?」
「たしかに強力ですが、わたしはこの魔術の本当に良いところは別にあると考えています。悪魔だけを傷つける魔術なんです」
「悪魔だけ?」
「人には無害な、優しい魔術なんですよ」
「先生はできる?」
「まさか。とても難しい魔術です。わたしも一度しか見たことがありません」
「ふーん」
レイは絵をじっと見つめた。アンリ先生の言った、優しい魔術、という響きがなんとなくよかった。
「入学式では、自己紹介で魔術を披露することになっています。辞退もできますけど、レイなら必ず成功するでしょう。みんなを驚かせてみましょうか」
アンリ先生が冗談をまじえて笑う。レイもつられて、いたずら心が湧いた。
「やりたい!」
「良い返事です。使う魔術ですが……【あたたかな光群】はどうでしょう。少し難しいかもしれませんが、きれいな魔術ですよ」
アンリ先生が杖を宙に浮ける。杖先を中心に、手のひらほどの大きさの光球があたりにぽつぽつと浮かんだ。
「すげえー! おれにもできる!?」
「ええ。頑張りましょうね」
レイは勢いよくうなずいた。やる気いっぱいだった。
魔術は楽しい。学校にも早く行きたい。
ただ――。
「レイ?」
急にレイが静かになって、アンリ先生が心配そうに声をかけた。
「……おれ、ちゃんと友達できるかな」
不安だった。
ずっと変人と言われてきた。
学校でも仲間外れにされないか。
アンリ先生がかがんで、レイと目をあわせた。
「魔術を成功させる上で一番大切なことはなんですか?」
「イメージをはっきりとさせること。〝できる〟って信じること」
「そう。強く願うことで魔術は成功します。いわば、魔術とは夢を現実にする力です」
アンリ先生がレイの頭をなでる。優しく微笑んでいた。
「レイがお友達と仲良くしている姿を思い描けているのなら、きっと叶いますよ」