29 本音
レイはマクスの試合が終わると、すぐに彼の元へ向かった。
「マクス!」
「よう。楽勝だったぜ」
マクスが自嘲気味に苦笑いする。言葉とは裏腹に疲れている様子だった。
すぐに同級生が続々と集まってきた。チェスターがマクスに駆け寄る。
「だっせえな、マクス! ぼろぼろじゃねえか!」
「効かねえな~。敗者の嫉妬が気持ち良いぜ」
「なんだと、この野郎! ジョイブルに賭けてた金を返せ!」
「知るかぁ! おれに賭けろよ!」
どっと笑い声が上がる。マクスの周りはいつも賑やかだ。
ジャックがねぎらう口調で声を上げた。
「勝ててよかったな、マクス。ジジに良い知らせができるんじゃないか?」
「あー……それは別にいいんだよ」
「どういうこと?」
レイは話についていけなくて口を挟んだ。チェスターがなんてことない様子でマクスを指差した。
「こいつの家、大家族だろ? 期待されてるんだよ。妹から『優勝して』って手紙まで来て――」
「チェスター、やめろ」
マクスがまじめな口調でさえぎると、ぱっと笑った。どこか作ったような、さわやかすぎる笑顔だった。
「レイ、覚えてるよな? 次の試合は全力でやろうぜ」
「……うん」
レイは困惑しながらうなずいた。妹? マクスの事情が気になった。
しかし、深く聞ける雰囲気ではなかった。レイが黙っている間に話題がそれていった。再び場の空気が明るくなったのは、マクスが質問を投げかけた時だった。
「ところで、次の試合も賭けてるのか?」
チェスターたちがうなずいた。
「当然、レイに賭けた」
「よーし、おまえらとの仲もここまでだ」
みんなで笑いながら、レイの内心は穏やかではなかった。
◇◇◇
二回戦がはじまる前に休憩が入った。レイは次の試合を考えて、一人で休めそうな場所に行こうとした。
なにせ、次の試合の相手はマクスだ。どんな気持ちで試合にのぞめばいいか、いまだに答えが見つかっていなかった。
歩き出したところで、大きな魔力が近づいてくるのを感じた。レイは気配の方向に顔を向けた。
「――わたしの魔力ってそんなにわかりやすいかしら?」
リザがどこか不満そうな表情で立ち止まった。彼女の魔力はわかりやすい――魔力が少なかったとしても、すぐに気づいただろう。それくらい、リザは他の人とは違う存在感がある。
レイが今までに見た人の中で、一番きれいな人だった……アンリ先生よりも。
「お互い、無事に一試合目を勝ち進めたわね」
「出力が大きくなるなら魔力をおさえればいいのに」
「……気づくわよね。魔力探知ができるのだもの。それにしても簡単に言ってくれるわね。つくづくあなたって天才なのね」
「おれは普通だよ」
「わたしの知っている〝普通〟はね、10歳でユースディアの六年生にはなれないのよ」
リザが、あきれたように小さく笑った。
「ちょっと、いいかしら。次の試合がはじまる前に行っておきたい場所があるの」
そう言って、片手を差し出した。
「エスコートの練習よ。わたしを連れていって」
……エスコート?
とまどいながら、レイは言われたとおりにリザの手をとった。なぜか、胸がどきどきして落ち着かなかった。
ふと、思わずといった様子でリザが軽く笑った。バカにされた気がして、レイはむっとした。
「なに?」
「レイの手、小さくてかわいい」
「かわいくない。小さくない」
「ふふ、褒めているのよ?」
二人で歩きながら、リザの話を聞く。紳士は淑女がふらついた時に支えられるよう、こうやって腕を組んで歩くのだとか。とはいえ、身長差があって、傍目にはむしろレイが支えられるような姿になっていた。
向かった場所は、学校の教会だった。神学の授業を受ける時にいつも通っている。
「神頼みよ。最後まで勝ち進むには運だって味方につけないとね」
二人でお祈りする。しばらくして、リザが口を開いた。
「あなたとマクス、どちらが勝つのかしら」
試すような口調に、レイは気になっていたことを聞いた。
「マクスが家族から期待されているって聞いたんだ……前に、強い魔術師にならなきゃって言ってた……なにか知ってる?」
「わたしは彼のことを知らないわ。けれど、バーナード家については知ってる……」
リザがじっとレイを見た。
「事情を知れば、戦いづらくなるかもしれない。それでも聞きたい?」
レイはうなずいた。マクスのことが知りたかった。
「ルーアンド、という街があったの。バーナードの領地だった。芸達者で賑やかな場所だったそうよ」
「……だった?」
「十年前、一体の大悪魔に滅ぼされたの。一晩でね」
「そんな……」
レイはがくぜんとした。
住み慣れた街が一夜にして滅びる。その悲しみは想像を絶するだろう。
「これは王国でも秘匿されている情報。たった一体の悪魔が街を滅ぼすなんて人々が知ったら落ち着かないでしょ? わたしは王族として生まれたから、隠された事実も耳に入るけれど……」
リザが話を続けた。
「領地を滅ぼされ、バーナードは没落した。名誉を取り戻したいでしょうね」
「じゃあ、マクスが悪魔祓いを目指しているのって……」
「貴族はね、優れた魔術師であることが名誉に繋がるの。悪魔祓いに就くことは王国への最大の貢献であり、それだけ高く評価される。危険が伴うとしても、忠誠の証として子孫を悪魔祓いに就かせる大貴族も多いわ」
レイは、やっとマクスの夢の意味を知った。
人を笑わせるのが好きなマクスが、強さを求める理由を。
悪魔祓いになって家族を救いたい――切実だった。
リザが、改めてレイを見つめていた。
「それで、戦う気になった?」
「……うん」
「うそね」
きっぱりとした口調に、レイは息をのんだ。
「社交界でいろいろな人と話してきたからわかるけど……今のあなたからは後ろめたさを感じる。わざと負けるとは思わないけれど、迷っているわね」
うそを見破られていた。レイはおそるおそる口にした。
「リザは、おれとマクス、どっちに勝ってほしい?」
「わたし? ふふっ……」
リザが楽しそうに笑った。
「おもしろい質問ね。そんなことを聞いてあなたはどうしてほしいのかしら? 本人を前に本音が言えると思って? それともこう言ってほしい? 『わたしが優勝するためには、レイよりも弱いマクスに勝ってほしい』って。あなたは言うとおりにしてくれるの?」
「違う……おれは」
言い返そうとして、言葉に詰まった。自分でもわからなかった。
――なんで、聞いたのだろう。
リザの言う通りだったのか。
――マクスに勝ってほしい、と言ってくれたら迷いがなくなると思った?
「いじわるな言い方だったわね。でも、これだけは言わせて。勝者の同情ほど敗者にとって屈辱なことはない」
「……なら、どうすればいいの」
耐えきれず、レイは顔をそらした。
傷つけたくない。悲しませたくない。嫌われたくない。
どれも本心だ。うそではない。
この気持ちがひとりよがりだと言われたら、なにもできなくなる。
「――勝って」
不意に耳元で聞こえた声に驚いて顔を向けると、リザがレイの耳元に口を寄せていた。
「自分らしくすればいい。強さは罪ではない。あなたが持ち合わせた、あなたらしさなのだから」
顔を離して、リザが微笑んだ。
「チームの仲間として二人とも応援する、と言いたいところだけど、本音はひいきしているのよ」
「なんで……」
マクスよりも出会ったばかりのレイを応援する気持ちがわからなかった。
リザが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「だってあなた、泣きそうな顔をしているじゃない。放っておけないわ」
「泣いてない!」
あからさまに子供扱いされて、レイは言い返した。
競技場に向かって歩く。レイの腕に手を通して歩くリザは上機嫌だった。
「いっしょに悪魔祓いの研修に行けたらいいわね」
――おれよりも、マクスのほうがふさわしい。
レイは言葉をのみこんだ。