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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
28/32

28 個人戦(2)

 マリアンヌは試合が終わると、重い足取りで競技場の外に向かった。目的の人物を見つけて声をかけた。


「待って……レイ……!」


 先に競技場から出ていたレイが振り向く。年下のあどけない顔だ。小首をかしげる仕草がより幼く見えて、かわいらしかった。


 マリアンヌの心は揺れていた。


 レイは平民だ。身分が違う。


 リザが彼にやたらと話しかけている場面を見て、信じられなかった。


 ――王女が平民にあんなに気安い態度をとるなんて。


 いくらユースディアが身分対等とはいえ、リザが気分屋とはいえ、マリアンヌにとってはありえなかった。


 だって、住む世界が違う。


 アージュ家は大きな貴族だ。三大貴族にこそ劣るが、王国の中で上位に位置する家柄だろう。


 生まれた時から、貴族としての立場をしつけられてきた。


 由緒ある魔術師の家系こそが王国を守り続けた、名誉をもらうべき人々であると。


 選ばれし強者なのだと。


 けれども、レイは――。


 平民でありながら強い。マリアンヌよりも。


 六年生で最も優秀だと言われていたアラン・オータスが負けたのは、決して偶然やチームメンバーの戦力差ではなかった。


 ――知りたい。


「どこで、魔術を教わったの……?」


「家庭教師の先生が教えてくれるんだ。優しくて、なんでも知ってるんだよ! おれに杖をくれたんだ!」


「……そうなの」


 嬉々として語り出したレイにやや呆然としながら、マリアンヌはうなずいた。初心者向けの杖を自慢するように見せてくる。マリアンヌの金銭感覚からすれば安物の杖だ。そこまで喜ぶ気持ちがわからなかった。


「あの……さっきは……」


「マリアンヌ! 大丈夫か! かわいそうに、痛かっただろう!」


 急に演技ぶった大声がしたかと思うと、テオ・ジョイブルが二人の間に割って入ってきた。試合に向かっていたのだろう。ちょうど鉢合わせになっていた。


 ――来てほしくなかった。


 マリアンヌは苦い気持ちになった。


 テオとは許嫁の関係だ。親同士で決められた婚約とはいえ不満はなかった。結婚とは家の繋がりを強固にするものだと教わってきた。


 これ見よがしに同級生に向かって婚約者のアピールをするところがたまにイライラするけれども、それくらいは我慢できる。


 ただ、今は邪魔されたくなかった。


「おい、チビ。よくもマリアンヌに乱暴したな。マリアンヌはおれの婚約者だぞ。次の試合は覚悟しておけよ」


「テオ、やめて」


「レディファーストも知らないとは、まさに平民らしい――」


「いい加減にして! 試合だったのよ! 余計な口出しをしないでちょうだい!」


 強い剣幕に、ジョイブルが面食らった。


「ま、まりあんぬ? なんで」


「もうすぐ試合でしょう!? 行きましょう!」


 マリアンヌはジョイブルの腕をぐいっと引いて、早足で立ち去ろうとした。


 去り際に、一瞬だけレイが視界に入った。


 平民なのに……。


 今までの考え方は間違っていたのか。


 支えになっていた価値観がぐらついてわからなくなる。


 ――ごめんなさい。ありがとう。


 平民だと見下した謝罪を。


 怒りに任せて暴走させてしまった魔術を止めて、助けてくれた感謝を。


 言えなかった。


 言えばよかった。


 歩きながらマリアンヌは、ひっそりと後悔した。



  ◇◇◇



 マクスは試合の順番が回って、競技場に足を踏み入れた。


 一歩ごとに緊張が大きくなっている気がする。足が震えそうになるのをごまかしながら歩いていた。


「一回戦の最後の試合になりました。テオ・ジョイブル選手、対、マクス・バーナード選手です!」


 名前を呼ばれると、いよいよ足取りが重くなった。


 ――情けないな。


 普段はおどけているくせに肝心な時におびえている。こんな体たらくでは誰も笑わせられないだろう。


「マクス!」


 遠くから声がした。観客席に目を向けると、レイが杖を掲げて声援を送ってくれていた。リザとララもいた。


「おいおい……かっこ悪いところ見せられなくなったな」


 心があたたかくなるのを感じながら、マクスは杖を掲げて応えた。


「勝てると思っているのか?」


 前から声がした。ジョイブルだった。どことなく不機嫌そうだった。


 マクスは笑ってみせた。


「負けるつもりで戦うやつなんていないだろ? おれは笑わせる魔術師になる男だ」


「……いつも目障りだったよ、バーナード。今日は特にうざったいな。そのくだらない夢を終わらせてやるよ」


 たがいににらみ合う。シスター・フェリスが声を上げた。


「試合開始――!」


 マクスはすぐに杖を構えようとした。が、ジョイブルのほうが速かった。


「【火炎で燃やす(カルディオ)】」


「うおっ!?」


 魔術を展開するのを止めて、マクスは急いで避けた。


「【強風が攫う(キャリヴェン)】」


「ぐっ!」


 さらに風魔術が迫る。避けきれず、体をかすめた。体勢を崩して舞台の上をごろごろと転がる。場外に落ちそうになるのを懸命にこらえた。


「無様だな! よ~く似合っているぞ!」


 ジョイブルが上機嫌で杖を構えていた。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】――!」


 光弾がマクスの背に命中した。


「すぐに終わらせはしない! 楽しもうじゃないか」


「ぐ、ああああ!」


 光弾の連射が次々に直撃する。這いつくばった体勢でいたぶられた。


 痛みに耐えながら、マクスは必死で杖を前に向けた。


「【大きな物でも(コマロー)回転させる(テート)】……!」


「【硝子の盾で防ぐ(シーラス)】――ハハッ! 遅いし範囲も狭い! こんな魔術が当たると思っているなんておめでたい頭だな」


 あっさりと魔術を防いで、ジョイブルがさらに追撃する。一方的な状況に、たまらずシスター・フェリスが試合を止めようとした。


「勝者、テ――」


「まだだ!」


 マクスは声を張り上げてさえぎった。頭だけを上げてジョイブルをにらみつけた。


「遠くから撃ってばっかりかよ。度胸がねえんだな」


「なに?」


 不快そうにジョイブルが顔をしかめた。


「びびってるんだな。おれは動けないのに近くでとどめを刺す勇気もないんだ。三大貴族の名があきれるぜ」


「なんだと? いいさ。もっと近くでおまえの泣き顔を拝みたかったところだ」


 ジョイブルが近づいてくる。マクスは起き上がって杖を構えようとした。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】」


「ぐっ!?」


 マクスに光弾が直撃する。杖が飛んで場外に落ちた。


「見え透いているんだよ、バーナード! 終わりだ!」


 せせら笑うジョイブルの表情が、次の瞬間、驚愕に変わった。


 マクスは逃げるどころか、さらに距離を詰めていた。


「まだ、手があるだろうがっ!」


「ぶほぁっ!」


 マクスの右拳がジョイブルの頬に突き刺さった。予想外の事態だったのだろう。ジョイブルがぐらついて倒れた。


「おれの顔ぉぉおぉぉ! 蛮族がぁっ!」


 起き上がりながら、ジョイブルが杖を向けようとした。


「【火炎で燃やす(カルディオ)】――!」


 火花が散って消えた。


「そんなバカな!?」


 魔術の不発にあぜんとする。見ると、杖が手元になかった。足下に杖が落ちていた。


 たがいに杖を手放した状態で、考えることは同じだった。


 二人が同時に杖に飛びついた。先にとったのは――。


「おれのだぞっ!」


 ジョイブルの怒りに満ちた声が響いた。


 杖の先端は、本来の持ち主である彼に向けられていた。


 マクスが杖を構えていた。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】――!」


 光弾の連射が次々にジョイブルに命中する。押され、後退していき、やがて舞台から転げ落ちた。


「勝者。マクス・バーナード選手!」


 シスター・フェリスの宣言が競技場に響く。大歓声が上がった。


「負けていない! ぶたれたんだ! おれの杖を使われた! 反則だ!」


 ジョイブルが騒ぎ立てた。しかし、認められなかった。素手を使ってはいけないルールはなかったし、杖の所有者も関係ない。マクスの勝ちだった。


 マクスはというと、全身の痛みにうめきながら自嘲していた。


「だっせえ勝ち方だよな……」


 勝ちはしたが、褒められるようなやり方ではなかった。みっともなく見えただろう。


 観客席に目をやると、レイたちが大喜びで杖を振っていた。


「……いいやつらかよ」


 苦笑いして、マクスは自分の杖を拾いにいった。


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