27 個人戦(1)
「『主は語る。魔とは生。自らの生を尊び、愛しなさい』――今日もみなさまに神のご加護がありますように。対抗戦の二日目となりました。ユースディア最高の魔術師が今日で決まります!」
シスター・フェリスの拡張された声が競技場に響く。今回は実況席からおりて、競技場の真ん中に立っていた。
競技場は昨日とは打って変わって見晴らしが良くなっていた。巨大な土の壁がなくなり、中央に四角い石造りの舞台が設置されている。選手が戦う場所だ。
「個人戦のルールはとっても簡単! 相手を場外に押すか、ノックアウトで勝利です! 審判のわたくしが危険だと判断しても止めます! 安全第一で戦いましょう!」
「安全第一でどうやって勝てばいいんだよ?」
観客席にいるレイの隣に座るマクスがつぶやいた。
「それでは、第一試合! リザ・ルィ・エイワズ王女、対、ララ・ブローゼン選手です!」
リザとララが舞台に上がる。向き合う形となった。
……どうするのかな。
レイは心配だった。二人は仲が良い。戦うのはいやなはずだ。
ところが、二人の雰囲気は明るかった。
「リザと魔術でちゃんと競うのって、何年ぶりかな~」
「さあ。よければ降参してほしいのだけれど。ララは成績に興味ないでしょ?」
「ん~、対抗戦は六年間で一回しかないじゃん? あたし、パーティーは全力で楽しみたいからさ。ダンスしようよ」
「試合開始――!」
シスター・フェリスの笛が鳴ると同時に、ララが動き出した。
「【強風が攫う】」
「【鋼の盾で防ぐ】」
ララが風魔術を展開する。リザが素早く反応し、防御魔術を唱えた。
魔術はどちらも中位に属する。半透明な盾が強風を防いだ。
それから、二人の戦いはわかりやすい様相となった。
ララが次々に展開する風魔術が吹き荒れるのを、リザが堅実に防ぐ。隙を見て放たれた魔術を、ララが軽い身のこなしで避ける。
攻め続けるララと、守りつつ反撃を狙うリザの試合は一進一退の戦況だった。
「二人とも出力があるよな」
隣の席にいるマクスが声を上げた。
「うん」
レイは二人を見ながら魔力の動きを感じ取っていた。
チーム戦の練習の時から、二人の魔力量が他の生徒よりも大きいのはわかっていた。
けれど、魔力操作は苦手なようだ。魔力の効率を良くすれば出力も展開速度ももっとよくなる……。
――あと、リザはきっと……。
「「【強風が攫う】――!」」
二人の風魔術がぶつかり合う。力が拮抗し、やがて片方の魔術が相手にぶつかった。
ララが場外まで飛ばされて舞台から落下した。
「いった~~。負けちゃったか」
場外に落ちたララが起き上がった。
……やっぱり、大きい。
レイはリザの魔力が高まる瞬間を正確に感知していた。
防御魔術を多く使うからといって、他の魔術が苦手なわけじゃない。
リザがあまり攻撃しないのは――自分の魔力が大きいせいで、相手を傷つけてしまうからだ。
「勝者。リザ・ルィ・エイワズ王女!」
リザが微笑んで手を振った。
◇◇◇
個人戦は一試合目から大盛り上がりだったが、その後の試合はやや冷めていた。
魔力量の大きいリザとララの魔術は出力があり、展開も早くて派手だった。比べて他の試合は未熟な中位魔術を使ったごり押し――いわば隙の大きい戦い方ばかりで決め手に欠けていた。
「第七試合! レイ選手、対、マリアンヌ・アージュ選手!」
とうとう、レイの順番が回ってきた。
舞台に上がると、ふと不自然な空気に気づいた……静かだ。みんな、さっきまで賑やかだったはずなのに、しんとしている。
妙な注目を受けている気がして、そわそわした。
「平民。テオに恥をかかせたわね」
前から声がして、レイは観客席に向けていた気持ちを切り替えた。
マリアンヌ・アージュは目立つ風貌の、気の強そうな目をした女子だ。少人数で行動するリザと違って、いつも大勢の女子に囲まれている。レイは彼女と話したことがなかった。
「注目されているようだけど、わたしは認めないわ。立場を思い出させてあげる」
直後に試合開始を告げる笛が鳴った。マリアンヌが杖を構えた。
「【火炎で】――」
「【星屑を飛ばす】」
「あっ――!」
レイの放った光弾がマリアンヌの手に当たり、杖を飛ばした。
すかさず接近しながらさらに魔術を展開した。
「【頑丈な縄で縛りつける】」
魔力でできた縄が、あっという間にマリアンヌを簀巻きにする。全身を縛られて体勢を崩し、転んだ。
「降参して」
レイは手前にいるマリアンヌに杖を向けて冷静に告げた。
杖がなければ魔力操作が不安定になる。浮遊魔術のような特定の魔術を除けば、まともに展開するのさえ難しい。
今のマリアンヌに縄を解く手段はなかった。
……よかった。すぐに終わった。
レイは内心でほっとしていた。
攻撃する魔術はなるべく使いたくなかった。だから杖を狙った。
レイの【星屑を飛ばす】は初見で誰からも防がれたことがなかった。ジョイブルだって反応できなかった。他の生徒にも通用すると考えていた。
一発で終わりにできるなら、それがいい。
決着がついたと判断したのか、シスター・フェリスが声を上げた。
「勝者、レ――」
「――頭が高いわよっ!」
マリアンヌの魔力が高まる――展開の予感に、レイは驚いた。
「アージュは火の一族! 生まれた時から火と共にある!」
「危ないっ!」
「【業火で焼き尽くす】――!」
荒れ狂う炎が蛇のようにのたくり、上空へ昇った。
放たれた魔術は、本来の高位火魔術には程遠かった。出力が低く、動きがみるからに不安定だ。暴走している。明らかな失敗だ。
それでも、人を傷つけるには余りあった。暴走している分、むしろやっかいだった。
炎は巨大な火球となり、空中でみるみるうちに膨らんで破裂した。拡散した火があたりに飛び散った。
レイは空に広がる魔力を感じながら、状況を分析していた。
防御魔術を使えば防げる。けれど、シスター・フェリスが巻き込まれかねない。観客席にいる人たちだって怪我をするかもしれなかった。
――全部、打ち消す。
「【追いかける光群】」
レイの周囲に複数の光弾が浮かび上がった。
この魔術は明かりとは違う、立派な防衛術だ。【星屑を飛ばす】よりも出力が高く、術者の意思で動かすことができる。
「行け!」
光弾が、散らばる炎に向かって殺到した。
魔力探知によって正確な位置に導かれた光弾は、ひとつとして外れず炎に直撃した。相殺する形で観客席に落ちる前に鎮火していった。
しかし、光弾の数よりも多かった残り火が、まさにレイたちの頭上まで迫っていた。
レイに焦りはなかった。
「【噴水で満たす】」
杖から勢いよく放たれた水流が空に昇り、残りの炎をかき消した。水流は空高く上がったのち、水滴になって舞台に降り注いだ。レイは防御魔術を傘のように真上に展開し、水滴を防いだ。
足下を見下ろすと、マリアンヌが呆然とレイを見上げていた。
「どうして、わたしを守って……」
「? マリアンヌが怪我をしそうだったから」
さっきの状況は試合どころではなかった。同級生が大怪我をしそうになって守らないはずがない。不可解そうにしている意味が、レイにはさっぱりわからなかった。
「……わたしの負けよ」
マリアンヌがうなだれて降参した。