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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
25/32

25 明暗

 アランはチームメンバーといっしょに競技場の外に出ていた。キーラとエノメが泣いている。男子が女子の顔が見えないように前を歩く。周りにいる人々が遠巻きにひそひそと話をしていた。


「――負け犬」


 すれ違った生徒の一人がアランに向かって嘲笑した。


「おい! 今、なんて言った!」


 マルオが悪口を言った生徒に突っかかりそうなるのを、アランは彼の肩をおさえて首を振った。


「いいんだ」


「けどよぉ……」


 やるせない様子でマルオが肩の力を抜いた。


「……レイのせいよ……」


 涙を拭って、キーラがつぶやく。暗い口調だった。


「レイがいなければ勝てたのに……なんで、六年になって来るのよ! 一年目から最高学年なんておかしいじゃない! 五年とかからでも大して変わらないのに……レイが転入してきたせいでめちゃくちゃよ!」


 さけび声で周りの人たちが逃げるように去っていった。重苦しい沈黙が下りた。


「レイは悪くない。勝ちたい気持ちは同じだ」


 アランは冷静に声を上げた。


「おれが弱かった。すまない。みんなを勝たせられなかった」


「やめてよ……アランが弱いなら、わたしなんて……」


 通路の先で一人だけ、いまだにアランたちを見ている女子がいた。エリーだった。アランが気づくと、仲間たちが気を利かせて先に歩き出した。


 二人になると、エリーが心配そうにアランを見た。声をかけたいが、言葉が思いつかない様子だった。


 気まずい空気を払おうと、アランは軽く笑ってみせた。


「ごめん、エリー。せっかく編んでくれたのに勝てなかった」


 手首に巻かれたあみひもが、さみしげに垂れた。


 途端に、エリーの瞳が揺れた。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「アランは……がんばったよ! ずっとがんばっているの、わたしは知ってる! だから……元気を出して」


「ありがとう」


 それから彼女が泣き止むまで話して、観客席で合流する約束をした。


 エリーを見送って一人になると、アランは試合を回想した。


 もっとうまくできた。


 勝敗を左右した要因は魔術の技量だけではなかった。最も大きかったのは立ち回りの違いだった。


 レイは最善の手を選び続けた。アランは間違った。選択の差が積み重なって、勝敗を分けた。


 ――だけど、本番で最善を選び続けることがどれだけ難しいだろう。


 目まぐるしく変わる戦況の中、正解を選び続ける。


 口で言うのは簡単でも、実行するのはとても難しい。


 ぎりぎりだった、とレイは言った。たしかに一手ずつの差だったかもしれない。けれども、本質は違う。逆に言えば、試合のすべてにおいて敵わなかったということだ。


 魔術の腕はおろか、戦術まで負けた。


 五歳も年下の魔術師に格の違いを思い知らされた。


「ちくしょう……!」


 誰からも見られない場で、アランは痛くなるほどに拳を握った。



  ◇◇◇



 次の順番がまわってくるまでの間、レイのチームは校舎の片隅に座って休憩していた。


「レイ、疲れてないか? あれだけ浮遊魔術を使ったんだ。消耗しているだろ」


 マクスがねぎらった。


 試合はまだ控えている。一試合で魔力を使い過ぎてしまえば次の試合でへとへとになってしまうだろう。


 レイは笑って首を振った。


「平気。マクスは?」


「万全だ。空中から地面にたたきおとされて心臓が縮んだ以外はな」


「頑丈だよね~」


「少しは心配してくれてもいいんだぜ。浮遊魔術は便利だけど使いどころが難しいよな」


 マクスがおどけて頭を軽くたたく。風魔術を受けて地上に落下していたが、軽傷ですんでいた。


「――っ」


 ちくりとした痛みが走り、レイは思わず顔をしかめた。火傷やけどした左手の甲の一部がうっすらと赤くなっている。


 不意に、レイの手が強く引かれた。リザだった。レイの手をじっとながめると、問い詰めるような目をした。


「怪我をしたの?」


「ほんの少し火傷やけどしただけ。そんなに痛くないよ」


 慌てて弁解するレイに構わず、リザが服の内側から塗り薬を取り出して、レイの手に塗った。


「手は大事になさい。利き腕を怪我したら試合に影響が出るわよ」


「おれ、どっちの手でもやれるよ」


「ほーう。レイ、両利きなのか? 淑女(レディ)の手を取るのに苦労しなさそうだな」


「? なにそれ」


 マクスの言葉の意味がよくわからなかった。


「良い男はね~、女の子をエスコートできなきゃ! あたしがいろいろ教えてあげるよ」


 ララが目を輝かせて首を突っ込んできた。マクスが、しまった、というふうに苦い顔になる。


「紳士のエチケットを教えるなら対抗戦が終わってからにしろよ」


「おもしろそうだけど、今はマクスに賛成ね――レイ。あなた、無茶のしすぎよ。一人で前に出るのはまだいい。でも、空中で敵チームをまとめて引きつけるなんて危険だわ」


「ごめん……」


 しゅんとするレイを見て、リザがこらえきれないように表情を変えた。


「もう! そんな顔しないで! 責めているわけじゃないの! あなたのおかげで試合に勝てたのはわかってる。自分に腹が立っているだけなのに……」


「リザ?」


「リザは自分の役目がぜんぜんできなかったことに責任を感じているんだよね? ほら、レイを守るつもりだったのに火傷させちゃったし」


 ララの指摘に、リザがそっぽを向いた。図星のようだった。


「それは……おれが的を優先したからだよ。次から気をつける……うん。ちゃんとリザと動くようにするから……」


「……知らない」


 顔を背けたままのリザに、レイは困惑するしかなかった。助けを求めてマクスを見るも、マクスは「女ってのは難しいんだ」と言いたげに肩をすくめてみせるだけだった。


 試合の反省会が終わると、わずかな間、静かになった。レイはなんとなく青空を見上げた。先に見える大きな雲の形が人の頭のように丸かった。


「負けた人が泣かない試合にできないかな……」


 無意識につぶやいて、レイは慌てて口を閉じた。


 周りを見ると、みんなが驚いた顔をしていた。


「あ、いや……なんでもない……」


「そりゃあ、なんていうか――」


「難しいわね」


 言いよどむマクスと対照的に、リザがきっぱりと言った。


「対抗戦は六年生の将来がかかっている。他のチームを気にかける余裕なんてないわ」


 リザがレイの顔をのぞきこんだ。


「アラン・オータスのチームが気になる?」


 見透かすような強いまなざしに、レイはためらいながらもうなずいた。


「勝ち進めばわたしたちはバラバラになる。でも、それまではチームよ。今は自分のことだけを考えてほしいわね」


「レイは優しいね。あたし、相手のことなんて考えたことがなかったかも」


 ララが感心すると、リザが再びレイを見た。


「言ってくれたでしょう? 『勝つ』って」


「……勝つよ。おれはゴールドチームだ」


 友達のためにがんばりたい。その気持ちは変わらない。


 別のチームの人を悲しませるか自分のチームの人を悲しませるか。どちらかなら、マクスたちを選ぶ。


 ――パン!


 突然、金と銀の紙吹雪のような物が勢いよくレイの頭上に飛び散った。


 マクスが杖をかかげてにやりと笑っている。魔術を使ったらしい。


「ゴールドチームのエース、レイ閣下へ此度の働きの感謝と今後の活躍に期待して。敬礼!」


「チームの名前、センスないよね~」


「あら。わたしは気に入っているわよ」


 マクスが何度も紙吹雪を出すのをながめながら、みんなで笑った。



  ◇◇◇



 第二試合からは順調に勝ち進んだ。


「ゴールドチーム、6点獲得! 個人戦の出場が決定しました!」


 最後の的を壊して、レイは杖をおろした。


 試合はすべて圧勝だった。アラン以上の強敵はいなかったから、安全な戦い方で勝つことができた。


 チーム戦が終わると、残った四組が競技場に集まった。レイが他のチームを見ようとすると、ジョイブルと目が合った。鼻で笑うような仕草で目をそらされる。ジョイブルのチームも勝ち進んでいた。


「個人戦に出場する16名の魔術師がそろいました! いよいよ組み合わせを発表します!」


 シスター・フェリスが杖をかかげる。と、チーム戦の時と同様に光の束が空に広がってトーナメントの形をつくった。


「えー!? いきなり、リザ!?」


 ララの大声がした。初戦からリザとララが当たっている。


 少しして、レイの名前があがった。相手はジョイブルのチームメンバーである、マリアンヌ・アージュだった。リザたちとは決勝まで当たらない位置で、ほっとした。


 ――でも、ということは。


 隣の組に、マクスと対戦相手の名前が出てきた。


「……なおさら負けられないじゃねえか」


 マクスが挑戦的に笑った。


「バーナード。平民がいなくても戦えるかい?」


 ジョイブルがせせら笑った。


 個人戦、一回戦。


 リザ・ルィ・エイワズ、対、ララ・ブローゼン。


 レイ、対、マリアンヌ・アージュ。


 マクス・バーナード、対、テオ・ジョイブル。


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