24 開幕(3)
2点の的をとられて、アランはいよいよ平静ではいられなくなった。
――負けるのか? こんなにあっけなく。
3点を先取された。残りの的は三つ。もう、ほとんどあとがない。
「ゴールドチームが1ポイント追加! 合計4ポイント! 」
シスター・フェリスの実況が響く。1ポイントの煙が上がっていた。
「リザはレイを守るんじゃなかったっけ?」
「速すぎてついていけないのよ……」
ララとリザが協力してポイントを獲得したようだ。
これで、レイのチームが4点。あと1点でもとられたら終わる。
残りのポイントは2と3ポイントの的が一つずつ。アランのチームが逆転するには両方とらなければならなかった。
「【硝子の盾で防ぐ】――!」
呆然としていたアランは、不意に透明な盾が出現してはっとした。アランに向かってきた魔術を、キーラが防御魔術で防いでいた。
「余裕がなさそうだな、アラン!」
浮いたマクスが杖を構えている。さらに魔術を放ってきたが、アランは空中で避けて反撃の魔術を展開した。
「【強風が攫う】」
「うおおおおおおおお!?」
強力な風が衝撃波のごとくマクスを押し、遠くに吹き飛ばしていった。
――しまった。あせって手加減ができなかった。怪我をさせてしまったかもしれない。いや、敵チームを心配している場合では――。
「アラン! すまん、ポイントをとられた! どうする?」
「どうすればいい?」
マルオとエノメが浮遊魔術を使って近くに寄ってきた。
――落ち着け。リーダーが動揺してどうする。
今までずっと周りの期待に応えてきた。みんなが求めるアラン・オータスとして振る舞わなければいけない。
チーム全体が押し負けている。早くポイントを取り返さないと。
最大の問題は言うまでもなく、レイだ。彼よりも早く的を見つけるのは難しい。かといって後追いではポイントを奪われる。
認めなければならなかった。
レイの才能は、アランよりも上だった。
「みんなでレイを止める。それしかない」
的が減った以上、もうすぐ3点の的が出てくるはずだ。それまでに2点をとる。アランがポイントを、残りのメンバーでレイを妨害する。
「〝全力で〟ってことだよな?」
マルオの確認に、アランはうなずいた。
強い魔術でレイを怪我させることになってしまったとしても、逆転するには試合から離脱させるしかない。
――甘えを捨てろ。
見ると、レイが再び浮遊魔術を使って移動をはじめた。
「止めろおおおお!」
マルオが先頭になって突っ込む。エノメとキーラも続いて、レイの前に立ちはだかった。
アランはレイが進もうとした方向に向かって、全力で飛ぼうとした。
――たとえ個人で劣っているとしても。
「勝つのは、おれたちだ!」
マルオたちがいっせいに杖を構えた。
「「「【火炎で燃やす】――!」」」
三方向からレイに向かって、巨大な炎弾が飛んだ。
――今のうちに的を見つけてみせる!
地上に移動しようとしたアランの意識は――。
「【風が吹く】」
レイの動きによって途切れた。
マルオが展開した炎弾が風によって揺れ、方向がわずかにそれた。別の炎弾にぶつかって弾ける。三つ目の炎弾を巻き込んで爆発を起こした。
――魔術を……いなした?
驚きのあまり、アランは一瞬、動きを止めていた。
下位の風魔術を当てるだけで中位の火魔術を動かすなんて、普通はできない。それも、ちょうど別の魔術に当たって……狙ったかのように……。
「どうやって」
「感じるんだ」
アランの背後が光った。
「【光線で撃ち抜く】」
上空から降った光線が地上の的を一撃で貫く。「2」ポイントの煙が昇った。
アランの後ろにレイがいた。いつの間に移動したのか、魔術が展開される直前まで気配がなかった。
「試合終了! ゴールドチーム、6ポイント獲得で初戦を見事勝ち抜きました!」
シスター・フェリスの実況が響く。アランは失意のまま地上に降りた。
――完敗だった。
レイが展開した最後の魔術は【光線で撃ち抜く】だった。はっきりとは見られなかったが洗練されていた――アランよりも。
それでも、真に驚くべきは難しい魔術を使えることではなかった。
三人分の中位魔術に狙われながら無傷でやりすごし、的を奪い取る一連の動き。どうすればそんな芸当ができるのか、もはや理解できなかった。
「なんなんだよ……」
目の先で着地するレイが、得体の知れない生き物に見えた。
◇◇◇
「やった!」
レイは着地すると、喜びを声に出した。
試合に勝てた。しかも圧勝だ。マクスたちも喜んでくれるだろう。
最後の的をとる直前に受けた妨害はちょっと悩んだけど、失敗しなくてよかった。
下位の風魔術で中位の火魔術をいなせたのは、火魔術の不安定な部分を見抜いたからだった。
三つの火魔術は出力にばらつきがあり、どれも魔力操作が甘かった。レイは風魔術によって魔力が特に乱れている一点を突き、別の魔術に衝突するように動かした。
爆発が起こる瞬間に全力の浮遊魔術でその場から離脱。上空からアランを追い抜き、彼の背後から的を射貫いた。
「熱っ」
不意に感じた痛みに、レイは顔をしかめた。左手の甲をわずかに火傷していた。
防御魔術で炎を防げば無傷だった。けれど、防御をしている間にポイントをとられる恐れがあった。素早くかつ相手の意表を突くために、あえて変わった手段で妨害をやり過ごした。
マクスたちが喜色満面な様子で駆け寄ってくる。みんなからもみくちゃにされて、レイはしばらくなすがままになった。
やっと解放されると、アランが近づいてきた。
「負けたよ。なにもできなった」
「そんなことない!」
レイは慌てて言った。
「最初の【星屑を飛ばす】は当てないようにしてくれたんでしょ? それに的を狙った魔術、あれって【光線で撃ち抜く】だよね。制御がちょっと難しいから遅れていたけど、【星屑を飛ばす】を撃たれていたらどうなっていたかわからなかった。最後の妨害だって、アランが【光線で撃ち抜く】を使ってきていたら防御魔術を使わなきゃいけなかっただろうし、そうだったら、ポイントをとるチャンスがなくなっていたかもしれない――ぎりぎりなところがたくさんあったよ」
途端に、アランが表情を変える。とても驚いた様子だった。やがて小さく笑うと、片手を差し出してきた。レイは応じて握手した。
競技場から出ようとして、ふと、レイは気になる光景を目にした。
アランのチームの女子が泣いていた。仲間たちからなぐさめられながら退場していった。
――わかっているつもりだった。
負けたら悔しいに決まっている。
競技なのだからしかたがない。マクスたちを勝たせたかったのだから、どうしようもない……でも、泣くほどだなんて……。
「まさか、オータスが一試合目で負けるなんてなー」
「10歳に完封かよ。よわっ」
「でも、相手強くなかった? すごい魔術使ってたし……」
「王女がいたからやりづらかったのかもな~」
「持ち上げ過ぎなだけ。実力はこんなものだよ」
観客の声が聞こえる。レイはあぜんとした。
――どうして、アランがバカにされているの?
浮遊魔術がうまかった。【星屑を飛ばす】だって当たらないように制御していただろう。【光線で撃ち抜く】なんて、まだ授業で習っていない。
アランがすごかったなんて、試合を見ていればわかるはずなのに……。
『対抗戦で優勝するってことは、ユースディアで一番の魔術師だって証明になる。おおげさに言えば、全部の魔術学校で一番だ。同世代のトップ――大人たちはみんな注目するだろうさ』
今さらになって、マクスの言葉が重く感じられた。