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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
22/32

22 開幕(1)

 清涼な青空の下、広大な競技場の観客席はすべて埋まっていた。


 教員用の席の中央に設置されている壇上に一人の女が立つ。


「『しゅは常にあなたを見ている。あなたが祈り続ければ願いは叶うでしょう』――今日もみなさまに神のご加護がありますように。ユースディア対抗戦、いよいよ開幕です」


 ユースディアの教会で「神学」を教えるシスター・フェリスが声を上げた。滑らかな黒の長髪の優しそうな美人だ。声を大きくする魔道具を使って競技場全体に声を響かせている。


「ドーアン校長先生よりご挨拶です」


 壇上に老年の男が現れる。バルクル・ドーアン。ユースディア魔術学校の校長である。濃い口ひげをたくわえた、年を重ねながらもいまだ血気盛んな顔つきだった。


「ユースディアが開校されてまもなく百年となる。対抗戦とは、悪魔の脅威に対抗しうる魔術師を正当に選ぶためにできた催しじゃった。すなわち、実力のみを競う機会じゃ。選手たちは存分に競争するがよい――栄光あれ(グロード)!」


 大歓声が上がった。開幕である。


「では、試合の順番を発表いたします」


 挨拶が終わると、シスター・フェリスが壇上で杖を振った。鮮やかな光の束が空いっぱいに広がる。光は形を描き、対戦の表となった。順番を意味する箇所にそれぞれのチーム番号が割り振られていく。


 レイのチームは第一試合だった。対戦相手は――。


「くそっ。いきなりアランかよ」


 隣にいたマクスがごちる。アラン・オータスのチームだった。


「試合開始は30分後になります。第一試合の選手たちは5分前までに競技場に集合してください」


 選手たちがいったん解散になる。と、一人の男子が近づいてきた。


 背の高い美形で、かつ相手を怖がらせない愛嬌もある。かっこいいとかわいいを絶妙に合わせた面立ちだ。アラン・オータスである。


「マクス。一試合目だな」


「おまえが寝ている時に腹下しの魔術をかけるかそうとう悩んだぜ」


「やらないだろ。マクスは人を悲しませるために魔術を使わない」


「おいおい……おれは聖人じゃないんだぜ」


 アランが視線を移して、レイを見た。


「レイ。まともに話すのははじめてだよな? アラン・オータスだ」


「よろしく……」


「模擬戦を見ていた。学校であんなに速く飛べる人は見たことがない。ユースディアで初の飛び級と戦えるのが楽しみだよ」


 アランがほがらかに笑って、次の瞬間には真剣な顔になった。


「でも、勝つのはおれたちだ。30分後に会おう」


 アランが立ち去ると、マクスがひとりごとのようにつぶやいた。


「なんでしゃべっているだけなのにあんなにキマるんだ? 人体の神秘だな」



  ◇◇◇



 アランはチームメンバーである同級生といっしょに競技場の入口近くを歩いていた。


「マクスのやつ、きっと変わった戦術をしかけてくるぞ」


 チームメンバーのマルオが警戒するように口を開いた。同じくメンバーの、エスメが反応する。


「相手がどんなやり方で来たって、アランは負けない。不安ならわたしたちでバーナードを止めればいい」


「レイはどうだ?」


「わからない。情報がこの前の模擬戦くらいだから。でも、あんなに小さい子だとやりにくい」


「年が離れていても同級生だ。油断しないで――ん?」


 ふと、アランは遠目で見知った人を見つけた。


「先に行ってくれ。すぐに追いかける」


 アランは一人で走り出すと、通路を歩く人に呼びかけようとした。すると、声をかける前にその人が振り向いた。


「バカみたいに魔力を出しながら近づいてこないでよ」


「ミシェル! 来ていたなら教えてくれよ」


 悪魔祓いのミシェル・オータス。アランとは姉弟の関係である。ユースディアの警備で来ていた。


 仕事では毅然としているミシェルだが、弟の前では態度が崩れていた。


「仕事で来たのになんであんたにあいさつしなくちゃいけないのよ。あんた、一試合目でしょ? こんなところで時間を使わないで、早く試合の準備をしなさい」


「応援の言葉はないのか?」


「調子に乗るな」


「いてて、試合前だぞ」


 ミシェルに耳を引っ張られて、アランは慌てて離れた。


「あ、あの、アラン――!」


 後ろから声がした。五年生のかわいらしい女子だった。その人物をアランたちは知っていた。


「エリー。どうしたんだ?」


「えっとね……ミシェルお姉さま、お久しぶりです」


「久しぶりね、エリー」


 エリーとは親同士の繋がりで幼少期からつき合いがある。幼馴染だ。


「なにかあったか? ああ、ミシェルと話したかったのか」


「え? あ、あの、そうじゃないの。えっとね……」


 エリーがおずおずと手のひらを広げてアランに差し出した。手首に巻く編みひもがあった。刺繍糸で編まれ、器用に何色も混ざり合っている。


「編んでみたの。アランが優勝できるように祈って……」


「こんなに細かく……大変じゃなかったか?」


「わたし、物を作る魔術だけは得意だから……学年が違うしなにも役に立てないけれど、応援したくて……迷惑だったら、受け取らなくてもっ」


 アランは迷わず編みひもを受け取った。


「ありがとう。勝つイメージができたよ」


「が、がんばって!」


 エリーが顔を真っ赤にして走り去っていった。


「色男」


「茶化すなよ……」


 ミシェルに抗議しながら、アランは編みひもを手首に巻いた。



  ◇◇◇



 第一試合の時間が近づくと、レイたちは競技場の控室に集まっていた。


「対策はあるのかしら?」


 リザが第一声を上げる。マクスが自分の杖を軽くたたいた。


「アランの戦い方は紳士的だ。人の妨害よりもポイントを優先するだろうな」


「こっちはどうするー?」


 ララがゆるい口調で聞く。試合前でもマイペースである。


 マクスがちらりとレイを見て、にやりと笑った。


「度肝を抜いてやろうじゃないか――時間だ」


 レイたちが競技場に入場する。競技場は開会式の時とは違って、土の壁があちこちにできていた。的がどこにあるのかわからない。


 やがて、アランのチームが現れた。真ん中に並んで向かい合った。


「第一試合の選手が入場しています。注目されているのは、みなさまご存知、エイワズ王国第四王女、リザ・ルィ・エイワズ選手。聖書の暗読が美しい、とても敬虔な生徒です。対するは、アラン・オータス選手。お掃除を手伝ってくださる、心優しい生徒です」


 シスター・フェリスの実況が響き渡る。ふわふわとした口調で心なしか競技場の空気がゆるくなった。


「ポイントの合計は9点。1点が二つ。2点が二つ。3点が一つになります」


 的の点数が発表される。事前にマクスから教えてもらった情報と同じだった。


 5点先取の時点で勝敗が決まる。


 レイはあたりを見回して、空を見上げた。遥か上空の中心で目に見える的があった。


 アランも同じ方向を見上げている。試合がはじまった瞬間に取り合いになるだろう。


「配置について」


 審判の笛が鳴り響く。試合開始の合図だった。


「【空に浮かぶ(フーラ)】」


 すぐにアランが動き出す。勢いよく飛び立った。


 レイは立ち止まっていた。ただ一人じっとする選手を、観客たちは出遅れたと思っただろう。


 しかし、目に見えない内面では目まぐるしい動きが起きていた。


 魔力操作を一点集中。杖先に集める。


 急激に集められた魔力の余波が弾け、稲光となって杖にまとわりついた。


『レイ。この技術は今まで教えてきた中でもっとも難しい。わたしではできませんでした。あくまでも、わたしが習った練習方法を伝えることしかできません』


 アンリ先生から教えられた時の言葉が頭をよぎった。最近は先生でもわからないことが増えた。だからといって、がっかりなんてしない。先生の授業は大好きだし、手探りでいっしょに学ぶのも楽しかった。


 ときどき、怖い顔になる時があるけれど。


 先生を喜ばせたいから。


「――全力だ」


 稲光が杖先に集まる。


 圧力で空間が軋むようだった。


 それは極限の凝縮。


 魔力を一点に集めることで魔術の特性を損なわず、出力の限界を超え、指向性を持たせたエネルギー弾となる。


 緻密な魔力操作によって故意に引き起こせる、魔術の特異現象。


「〝マジックオーバー〟」


 レイは杖を構えた。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】」


 一条の閃光がほとばしる。


 出力の限界を超えた光弾は流星となり、瞬きの間に高度を上げた。


 競技場にいる全員が上空を見上げる。的を目指して飛ぶアランの正面を閃光が通り過ぎていった。


「――ッ!」


 アランが驚きを口にする間もなく。


 光弾が的を撃ち抜いた。


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