21 笑わせる魔術師
翌日から、レイたちは放課後になると、競技場に集まって対抗戦の練習にはげんだ。
練習はおもに各自で役割に合った魔術の反復や、的を早く壊す実践。二人ずつにわかれてチーム戦も行った。
対抗戦について無知なレイは、知識から教わることになった。
例年、的のポイントの合計は9点が多い。つまり、5点先取で勝利となる。一番得点の高い的は試合終了直前に出されているらしい。
ポイントをとる重要な役になったことで、レイは的の破壊を中心とした練習になった。
ある日は、マクスたちが隠した的の位置を当てたり、的となりそうな魔道具を相手に立ち回ってみせたりした。
またある日は、リザが生成したゴーレムを的と見立てて破壊してみせた。
本番が迫ると、対人戦を仮定して、レイに向けて飛んでくる妨害の魔術から逃げ回った。
忙しいのは練習だけではない。授業だって、対抗戦があろうとお構いなしに宿題が出る。レイは無難にこなしたが、マクスは苦戦して、日に日に顔がやつれていった。
慌ただしい日々を過ごすうちに、あっという間に対抗戦の前日になっていた。
「――よーし! バッチリだ!」
レイが的を模したゴーレムを壊したところで、マクスがみんなを集めた。
「連携も様になってきたな。明日はいよいよ本番だ」
「レ~イ。怪我してない? お姉ちゃんと医務室に行く?」
ララが後ろからレイの頭を抱き寄せてきた。チームで練習していくうちに距離感がますます近くなっていた。
「だ、大丈夫」
返事にどもりながら、レイは反射的に背筋を伸ばした。背中に当たる温もりにどぎまぎした。
リザがどこか不機嫌そうに眉を寄せた。
「ララ、やめなさい。いやがっているでしょう」
「えー、そんなことないよね? ね?」
「おいおい、真剣にやってくれよ。明日が本番だぞ」
マクスが話を戻す。ララがようやく腕を離して、レイはほっとした。
「役割は変える必要がなかったな。今がベストなのは間違いない」
「あたしたち、いい感じじゃない? 絶対勝てるって」
「レイが予想以上にすごかったな。いくら魔力探知ができるっていっても、まさか、一発も魔術を当てられないとは思わなかったぜ」
お手上げ、というふうにマクスが肩をすくめる。実戦形式の妨害をレイはすべて避けてみせていた。
「魔術の出力もね。わたしのゴーレムを何体壊したか覚えているかしら?」
リザの問いかけに、レイはあいまいに首を振った――覚えていない。
「他のチームの情報を集めてきた。聞いてくれ」
マクスが杖を振る。地面にやけに高慢そうな人の似顔絵が描かれた。
「まずはジョイブルのチーム。言うまでもなく要注意だ。平気で汚い手を使う連中だからな。腰巾着のリガロ・ゴートは目立ったところがないけど、女子はジョイブルにべったりなマリアンヌ・アージュだ。平気で火魔術をぶつけてくる女だから気をつけろよ」
さらにマクスが杖を振る。ジョイブルの似顔絵が消えて、今度は見るからに整った顔の人の絵になった。
「もう一組気をつけなきゃいけないのは、アラン・オータスのチームだな。レイは知らないだろうけど、一家そろって悪魔祓い――魔術師のサラブレッドだ。アランも悪魔祓いを狙っている。しかも顔が良くて背が高くて頭も性格も良い。人間が不平等なのを立っているだけで教えてくれるありがたいやつだ」
「最後のくだり、いらなくない?」
レイは頭の中でアランの姿を思い浮かべた。授業で何度も見掛けている。男子の中で特に目立つ、かっこいい人だ。
話が終わると、マクスが上機嫌に笑った。
「じゃあ、本番前の会議は終わりだ。今日はみんなでミートパイを食べに行かないか? 3番通りに良い店がある」
「いいわね。ところで、生成学の課題が出されていたわね。術者の血を混ぜた生成のレポートを10ページよ」
「……レイ。終わったか?」
レイがうなずくと、マクスがすがりついてきた。
「神様、レイ様! 頼む! 写させてくれ!」
「やだよ!」
「高級菓子を献上します!」
「ダメだって!」
「こらー! レイに泣きつくとか恥ずかしくないわけ!?」
そのあと、レイはレポートを写させはしなかったものの、マクスの宿題が終わるまで勉強につき合った。マクスはお礼に焼き菓子をごちそうした。
菓子を食べながら、レイたちは街の広場に置かれた長椅子に座っていた。
「対抗戦の前に落第になるところだったぜ……」
マクスはぐったりしていた。
「助かった、レイ。これで明日は心置きなくやれる」
「チームだからね」
「組めてよかったぜ」
マクスが軽く笑った。
「まあ、チームっていっても一日だけなのが残念だな。次の日は敵同士になるかもしれない」
「……? どういうこと?」
「あれ、知らなかったか?」
マクスがきょとんとして続けた。
「チーム戦のあとに個人戦があるんだよ。だから対抗戦の日は二日用意されているんだ」
「……え?」
思わず、レイはつぶやいた。初耳だった。
「本当に知らなかったんだな。悪い。とっくに言ったものだと思ってた」
「ううん……」
謝るマクスに首を振りながら、レイは少し動揺していた。
不思議には思っていた。
悪魔祓いの研修に選ばれる生徒は2人だけ。なのに、チームは4人いる。数が合わなかった。だからチーム内でどれだけ活躍したかで評価されるものだと思っていた。
「個人戦はチーム戦で勝ち上がった四組だけが参加できる。決勝トーナメントだな。上位に入るためには、明日は必ず勝ち進まなきゃいけない」
「そうなんだ……」
チームが離れ離れになる。うまく気持ちが整理できなかった。
「説明しなかったおれが言うのも悪いけど、あんまり考えすぎるなよ。まずはチーム戦で勝たなきゃどうにもならないんだからな」
その通りだ。レイはうなずいた。チーム戦で最後まで勝ち進むのだって難しいことだ。今は、個人戦のことを考えないほうがいい。
レイは、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「マクスはどうしておれをチームに入れてくれたの?」
会ったばかりなのにチームに誘ってくれた。
人気者のマクスがレイを選んだ理由がずっとわからなかった。
「ん、聞くか? 別に大した理由じゃない。飛び級のやつと組めたらおもしろそうだったし、それに……あー、なんだ。なんとなくイケる気がしたんだよ」
マクスが気恥ずかしそうに頭を掻いた。杖を持って上に向けた。
「【飛び出る鳩の群れ】」
マクスの杖から鳩の群れが飛び立っていく。歩く通行人が空を見上げ、鳩を見送った。
「魔術ってすごいよな。本当は戦うためなんかじゃなくて、人を楽しませるために使うべきなんだ」
「おれもその魔術、好きだよ」
「レイは兄弟がいるか?」
「兄さんが二人」
「おれは長男で下に三人いる。弟が二人に妹が一人。うるさくて泣き虫ばっかりだ。昔っから弟たちを泣き止ませるのに魔術を使ったよ。そのうち、パーティーで使うような魔術ばっかりが得意になっちまった」
マクスが、ふっと小さく笑った。
「おれの家はあんまり金に余裕がなくてな。家族の中でおれが一番魔術がうまかったからユースディアに入れてくれたんだ……でも、正直、おれはユースディアの中じゃ大したやつじゃない。得意な魔術は小細工じみているし、バカなのも…………ちょっっっとだけ本当だ。おっと、勘違いするなよ。だからって、あきらめたわけじゃない」
「マクスはすごいよ」
「ははっ、そうだろ?」
冗談っぽくマクスが言うと、真剣な顔になった。
「対抗戦で優勝するってことは、ユースディアで一番の魔術師だって証明になる。おおげさに言えば、全部の魔術学校で一番だ。同世代のトップ――大人たちはみんな注目するだろうさ」
「優勝、したいんだよね」
「悪魔のいない世界だったら芸でもして好き勝手に暮らしていただろうけどな……強い魔術師にならないと、大事なやつらを幸せにできないんだ」
「マクス……?」
レイは心配になった。マクスの表情が急に暗くなった気がした。
「だからまあ、これはおれなりのぜいたくだ。義務だけで生きるのはしんどいからな」
しかし、次に見たマクスの表情は明るかった。
「楽しませるだけじゃ助けられない。でも、強いだけじゃ怖がらせる。おれはどっちもできる悪魔祓いになりたい」
そう言って、にやりと笑った。
「〝笑わせる魔術師〟になる。良い夢だろ?」
マクスの気持ちのすべてはわからない。
けれど、混じりけのないさっぱりとした笑みが、レイにはかっこよく見えた。
焼き菓子を一口食べる。まろやかな甘味が口の中で広がった。
「美味いか?」
「うん」
好物を友達といっしょに食べ、話している。今の時間がなにより楽しかった。
◇◇◇
「ねえ、聞いた? 飛び級の子」
ある生徒がはしゃいだ様子で友達に言った。
対抗戦の当日。
ユースディアの競技場に全校生徒が集まっていた。
観客席に座る生徒たちが、競技場に入場する六年生たちを見下ろしている。
「まだ十歳なんだろ? おれたちより歳下じゃないか」
「テオ・ジョイブルに勝ったんだって」
「どうせ、アラン・オータスが優勝だろ」
「どこにいる?」
「一番小さい男子」
「なんて名前だっけ?」
最も見晴らしのよい貴賓席では、生徒の保護者や、学校の関係者である貴族たちが集まり、談笑を交わしていた。
「今年もおもしろい対抗戦になりそうですな」
「特例措置があったのは本当ですか? 十歳の子供が六年生として入学したとか……」
「興味深いですな。どこの家の子かね?」
「それが、平民らしいですぞ」
「なんですって? 平民が特別扱いだなんて!」
「まあまあ落ち着きましょう。ユースディアでは誰もが身分対等。才ある魔術師を育てるため、我ら王侯貴族が受け入れている決まりではありませんか」
「しかし、特例だ。たった一人の生徒を優遇するなど、それこそ不平等ではないか」
「ユースディアの判断の真意は、この対抗戦でわかるでしょう」
「生徒の名前は?」
「ええと、なんでしたかな。ケイ、か、ケニーとかなんとか」
「田舎臭い名前ですわ」
貴族たちが好き勝手にしゃべる貴賓席の遠く、人込みの激しい観客席のすみっこで。
「――レイ」
そばかす顔の一年生の男子がつぶやいた。
「レイだ」
競技場に最後の六年生が入場する。選手の誰よりも小さな生徒が最後尾に並んだ。
「……人がいっぱい」
レイは観客席を見上げた。