2 はじめての魔術
「いいですか? 空中に浮いているイメージですよ」
レイは集中して杖を構えた。
「【空に浮かぶ】」
地面に転がっていた小石がゆっくりと浮上した。
「やった! 先生、見て! できたよ!」
「お見事です」
先生が拍手して微笑む。レイは嬉しくなった。
「次はちょっと難しいですが、石をもっと高く浮かせてみましょう。魔力がきちんと込められていないとできませんよ」
小石が動きはじめる。レイの頭を越え、見上げる高さまで上がっていった。魔術を解くとぽとりと地面に落ちた。
「簡単だよ! 次は!?」
「……驚きました。はじめてとは思えません」
魔術は、力の源である魔力が必要となる。
魔力は、生物の体内や、自然豊かな場所の大気に多く含まれている。魔術師は自分の魔力を消費し、想像を具現化する形で魔術を行使している。
初心者は、イメージがあいまいで魔術が失敗、もしくは不安定な結果になるのが普通である。仮にイメージができていても、魔力の操作に失敗すれば出力の強弱が極端になってしまう。
詳細なイメージと魔力操作は、魔術の大事な要素である。アンリ先生が課題を出したのは、基礎を鍛えるためであった。成功するのは難しいと想定していた。
ところが、レイは一度目で成功させてしまった。初心者の芸当ではなかった。
「おれ、たくさん本を読んだから。宿題だってきちんとやってるでしょ」
「偉いですね。レイは頑張り屋さんです」
「おれ、先生みたいになりたい。なれるかな?」
「もちろんです。ひょっとしたら、すぐに抜かれてしまうかもしれません」
「ははは! そんなわけないじゃん!」
レイは嬉しかった。アンリ先生に褒められると、いつも心があたたかくなる。
先生を喜ばせたい。
良い結果を出せば、もっと喜んでくれるだろう。
早く上達したかった。
「ねえ、先生! あれやりたい! 前に見せてくれた的当てのやつ!」
「【星屑を飛ばす】ですか? 基礎ではありますけど、悪魔から身を守るための防衛術なんですよ。レイにはまだ早いです」
「一回だけでいいから! ね、お願い!」
必死にレイが頼み込むと、アンリ先生が弱った顔をした。
「しょうがないですね。一回だけですよ」
「やった! 先生、大好き!」
「はいはい。わたしも大好きですよ」
苦笑いして、アンリ先生は近くの木に向かって杖を向けた。
「【星屑を飛ばす】」
杖先が輝くと、小さな光弾が発射された。直線の軌道を描いて木に命中した。
「すげー!」
「この魔術は光に見えますが本物とは異なります。実体を持った光は普通ではありえないことなんです。物を浮かばせるよりもイメージが難しくなるでしょう」
「先生はどうやっているの?」
「同じくらいの大きさの物を遠くに投げるイメージをしています。簡単なイメージは小さな石ですね。魔術師の多くが参考にしています」
レイは杖を構えた。
アンリ先生の手本を真似て姿勢を整える。
イメージと魔力の操作……小石を遠くに……。
「【星屑を飛ばす】」
魔術を放つ。杖先から勢いよく射出された光弾は木の真横を通り過ぎた。
「外れましたけど、良いイメージ――」
――ドン。
失敗をなぐさめようとしたアンリ先生は言葉をなくした。
視線の先は、光弾の軌道の果てだった。
的に選んだ木のずっと遠くに、別の木がある。
レイの放った光弾は、遠くの木の中心に当たっていた。
「できた! できたよ!」
「……あそこの木を狙いました?」
「いけそうだったから! すごいでしょ!」
魔術は、イメージがあいまいであれば不安定に、魔力の操作に失敗すれば出力が極端になる。
レイの魔術は、イメージと魔力操作の双方において、十分すぎるほどに洗練されていた。
はじめての実践だった。