19 王女とお茶会
翌日になると、レイはユースディアの授業が改めて難しく、やりがいのある内容だと実感した。
六年生の授業なのだから当たり前ではあるけれど、スターレットとは比べ物にならないほど頭を使う。「レイのためになる勉強をしましょう」とアンリ先生が難しい勉強を教えてくれていなかったら苦労しただろう。
この日に受けた授業では、転入試験で会った二人の教師の印象が強かった。
「防衛術」を教えるボイル教授は、はじめて出会った時と同じく人を圧倒する雰囲気があり、みんなが真剣に授業を受けていた。悪魔について詳しく、実践的な対処法を丁寧に話していた。どうやら悪魔祓いの部隊長だったらしい――どうりで魔力が大きいはずだ。
「生成学」のエイブラム教授はずっと不機嫌で教え方がいじわるだった。ところが、レイがゴーレムを作ってみせると大喜びでいかに精巧なつくりであるかを力説しはじめた。この豹変にはみんながあぜんとしていた。マクスは「エイブラムが他人を褒めるところをはじめて見た」と本気で驚いていた。
「エイブラムの孫じゃないよな?」
真顔で聞かれて、レイは慌てて否定した。
昼になると、晴れた空の下でのんびりと過ごした。
マクスが魔道具のボールを使った曲芸を披露し、みんなを楽しませている。ひととおり芸を終えると、レイに話を振った。
「放課後は対抗戦の練習だ。レイも来ないか? 昨日はろくに連携できなかったし、レイの魔術を見たいんだが……」
「行くよ。おれもマクスの魔術が見たい」
レイはすぐにうなずいた。放課後が待ち遠しかった。
近くを生徒の集団が通り過ぎる。ジョイブルたちだった。取り巻きがレイに恨みがましい目を向けてきた。
……嫌だな。
試合には勝ちたかったし、ジョイブルにムカついたのもある。けれど、ここまで嫌われるとは思っていなかった。
「レイ」
呼ばれて横を見ると、マクスがボールを両目に当てて変な顔をしていた。レイは思わず吹き出した。
「美形すぎたか?」
「やめてよ!」
マクスがボールをしまうと、まじめな表情になった。
「気にするなよ。逆恨みだ。ジョイブルからふっかけてきて反則までしたんだ。こっちが悪いことなんてひとつもない」
レイの気持ちを察したらしい。笑ったおかげで少し気持ちが晴れた。
「せっかく良い天気なんだ。楽しくいこうぜ。チェスするか?」
「ルールがわからない」
「じゃあ教えてやる。チェスはおもしろいぞ。まずは駒の動きを頭に入れなきゃな……」
マクスたちの手ほどきでチェスをやる。レイはすぐにルールを覚えたが、こてんぱんにやられた。
「レ~~イ!」
もう一度ゲームをしようとしたところで誰かがレイを呼んだ。ララが手を振りながら向かってくる。リザもいた。
「昨日は大活躍だったわね、飛び級くん」
リザが腕組みして、レイを見下ろした。
「お話があるわ。今度は人を浮かせなくていいのだから断らないわよね?」
含みのある言い方だった。笑顔のはずだけれど、どうしてか圧力がある。
「花壇で話しましょう。良い紅茶があるの」
「えっと、紅茶はあんまり好きじゃない……」
「……ふーん。ミルクがお好みかしら」
リザが不機嫌そうに声を低くした。
「レイ。ちょっとこっちに来い」
見かねた様子で、マクスがレイを引っ張って声をひそめた。
「王女から誘われているんだぞ。イエス以外の返事があるか? なんか知らないけど、ご立腹であらせられているみたいだしな」
「え?」
「お茶会だよ。レイと親睦を深めたいんだとよ」
「……それって、仲良くなりたいってこと?」
「昨日の空中遊泳がお気に召したのかもな」
不思議に思ってレイが顔を向けると、リザがにっこりと笑った。
「お菓子もあるわよ。甘いものなら好きでしょう?」
レイは一気に興味をひかれた。甘いお菓子は大好きだった。
「王都の菓子は王国でも随一よ。きっとお口に合うと思うのだけれど」
「行く!」
即決だった。
リザたちと花壇まで移動する。歩いている途中で生徒たちとすれ違った。みんな、リザを見ていた。
花壇の中心にはおしゃれなテーブル席があり、知らない女子生徒が待機していた。リザの従者なのか、黙々と紅茶の用意をはじめた。レイのカップにはミルクが注がれていた。
席に座って菓子を食べていると、対面のリザがレイを見ていた。
「意外と行儀が良いのね。味はどう?」
「おいしい!」
「あたしのも食べていいよ! あーん!」
菓子を食べさせられていると、ララが、気になってしょうがない、というふうに質問をはじめた。
「ねえねえ。レイは王都で生まれたの?」
「サラン村って、遠くの村から来たんだ」
「寮暮らし?」
「5番通りの近くで家庭教師の先生といっしょに住んでるよ」
「へー、珍しいね。遊びに行ってもいい?」
「いいよ」
「やったー! 約束だからね!」
はしゃぐララは、レイよりもよっぽど子供っぽかった。
ふと見ると、リザが花壇のほうに目をやっていた。歩いている生徒がレイたちを見てすぐに目をそらした。
「注目される気分はどう?」
「リザは王女だから……」
「わたし?」
リザがおかしそうに笑った。
「あなたのことよ、レイ。昨日の模擬戦でみんながあなたに注目しているの。気づいていなかったの?」
レイが首をかしげると、おもしろそうに見つめた。
「自分のこと、ぜんぜん知らないのね」
「でも、おれ、普通だよ。すごいことなんてしていない」
「魔力探知ができるのに? ありえないわ。飛び級を疑っていた人も認めたでしょうね。あなたの実力は本物だって」
「えー!? レイ、魔力探知ができるの?」
リザの言葉に反応したのはララだった。身を乗り出してレイに顔を近づけた。
「すっご! ねえねえ、あたしの魔力ってどんな感じ? かわいい?」
「え、な、なんだろう。ちょっと明るい? かな」
顔がくっつきそうな勢いにたじろぎながら、レイは返事をした。それからも質問が続いて、お菓子を食べるひまもなく答えることになった。
「そろそろ要件を言っておくわね」
ララの質問攻めが落ち着くと、リザがまっすぐにレイを見つめた。
「わたしのチームに入らない? わたしとララ。あなたはバーナードと組んでいるでしょう。ちょうど四人になるわ」
願ってもいない提案だった。レイは姿勢を正して話を聞いた。
「わたしもララも防衛術の授業で高評価をとっている。昨日の試合でわかったと思うけれど、対抗戦は魔術の戦い。きっと力になれるわ」
残りのチームメンバーをマクスは探していたけれど苦労しているようだった。リザたちが実技に強いなら、たぶん、喜んでくれるだろう。
「大丈夫だと思うけど、一応、マクスに聞いてみる……なんで、誘ってくれたの?」
「対抗戦で優勝した人がなにを得られるかは知っているかしら」
「悪魔祓いの研修に行ける……?」
「研修だけじゃない。魔術界の重鎮だって見に来るでしょう。ユースディアの対抗戦はそれだけ王都で注目されているの」
レイはうなずきながらも、いまいちすごさがわからずにいた。リザに言われても、おおげさな話に聞こえた。
「わたしは王位継承の末席。ただ卒業しても飼い殺しのような生活が待っているだけでしょう。手綱を握られる生き方は嫌なの」
「悪魔祓いになりたいの?」
「そうね。今度はあなたのことを教えて。将来の夢はある?」
「おれ…………先生になりたい。アンリ先生……家庭教師の先生みたいな優しい魔術師になりたいんだ」
「とっても良い先生なのね」
「うん!」
リザが微笑んだ。
「対抗戦は厳しい戦いになるでしょうね。怪我をするかも。最後までできる?」
レイは一瞬、考え込んだ。
勝つか負けるかでいえば、もちろん勝ちたい。
みんなと長く遊びたい。それに――。
「リザは勝ちたいんだよね?」
「優勝するつもりでいるわ」
「じゃあ、勝つよ」
友達といっしょに頑張りたい。友達のために勝ちたい。
ユースディアに入学してできた、レイの新しい願いだった。
リザが驚いた顔になる。やがて口元をゆるめた。
「心強いイメージね」