14 迷子
転入試験を終えて、レイはユースディア魔術学校の正式な生徒になった。
登校初日。いよいよ授業がはじまった。レイはカリキュラムで選んだ教室に入ると、空いている席に座った。
さりげなく周りを見渡す。授業開始の時間まではまだ余裕があるものの、すでに生徒のグループが集まっていた。
うまくできるかな? レイは不安だった。スターレットと違って、自己紹介の機会はなかった。本当に友達ができるだろうか。なにせ――。
「無事に合格できたのね、迷子くん」
顔を上げると、見覚えのある金髪の女子生徒がいた。転入試験で道を教えてくれた人だ。惹きつけられるきれいな顔が、魔力の放つ気配と相まってきらきらときらめいているようだった。
「かわいい~! ボク、どこから来たの?」
明るい声がした。別の女子生徒が乗り出すようにレイを見つめた。道を教えてくれた女子に負けず劣らず美人だ。内側だけが赤い黒色の長髪に小麦色の肌で、肌を見せる身軽な服装をしている。
「ねえねえ、名前は? 何歳?」
「レイ……十歳、です」
「かわいい~~! あたし、ララ! お姉ちゃんって呼んで!」
「え、えっと……」
ぐいぐい来る女子生徒に、レイはどうすればよいかわからなくなった。
「ララ。困っているでしょう」
道を教えてくれた女子生徒がたしなめる。レイと目を合わせた。
「わたしは、リザ・ルィ・エイワズ。改めてよろしくね、将来の大魔術師くん」
「道を教えてくれてありがとうございました……エイワズ?」
「リザは王女様なんだよ~。エイワズ王国の第四王女。すごいでしょ!」
「ええっ!?」
驚きのあまり、レイは大声を上げた。王女様? どうりできれいな人だ。魔力が他の生徒に比べて目立っているのも王族だからなのだろうか。
「あの、ごめんなさい。おれ、偉い人だって知らなくて」
「気にしなくていいわ。ユースディアでは身分の違いは無関係。同じ生徒である以上、対等な関係なのよ」
「あたしの家も偉いんだよ~。ブローゼン家って知ってる? 〝三大貴族〟って呼ばれてるんだよ。あ、レイは特別に話しかけてきてもいいからね。大歓迎っ」
ララが冗談まじりに笑って、ウインクした。
レイはあまりにスケールの大きな話に、ぼうっとしながらうなずいた。とっても偉い人たちと話している……実感が湧かなかった。
「他にも名家の人がいるけれど、かしこまらなくていいわ。あなたもユースディアの生徒なのだから気楽にしていいのよ」
リザがいたずらっぽく微笑んだ。
「でも、残念。また迷子になってるわ。この教室は六年生の授業よ」
「えっと、それが――」
「おれの席に座る気になったのか、リザ」
不意に、新たな声が話に割り込んできた。
銀髪を丁寧にセットした男子生徒だった。顔立ちは整っているが、どことなくキザっぽい。複数人の同級生を取り巻きのように引き連れていた。
男子生徒を見た瞬間、リザの顔が、すごく苦い食べ物を口に入れてしまったような険しい表情になった。
「あなたの席ではないし、わたしはこの子と話していたの」
言われて男子生徒が、レイの存在にはじめて気づいた。
「おおっと、一年坊やがまぎれこんでいたとはな。これは大変だ。ママとはぐれちゃったのか!」
おおげさに声を上げる。周りの取り巻きたちが笑い出した。
教室にいた他の生徒たちもただならぬ様子に、遠巻きにレイたちを見物しだした。
「おい、チビ」
「おれはレイだ」
レイは語気を強めた。初対面でこのキザっぽい男がもう嫌いになっていた。
「『おれはレイだ』――ハハッ! ファミリーネームもないのか。平民が!」
男子生徒が鼻で笑った。
「テオ・ジョイブル。三大貴族のジョイブル家だ。平民でも名前くらいは知っているだろう」
「あたし、知ってるー。成金ジョイブルだよね」
「ブローゼン。おまえみたいな下品な女がいる家と同列にされて実に光栄だよ」
「こっちは願い下げ~」
皮肉で言い返されたララがジョイブルに向かって、べーっと舌を出した。ジョイブルが舌打ちして、レイを見下ろした。
「どけよ、平民のチビ。目障りだ」
「やめなさい」
「リザ。まさか平民をかばうのか? 王女のきみが? 母性を刺激されちゃったのかい?」
「前々から思っていたのだけど……あなた、口が臭いわね」
「なあっ!?」
ジョイブルがとっさに口をおさえた。
「魔術師は人々のために命を懸けている。誰もが尊いの。ユースディアの校訓を六年になっても学べていないのね。名家の品格をおとしめているのはあなたよ」
「なんだと……!」
二人がにらみ合う。そのとき、教師がやってきた。ボイル教授だった。
「……覚えていろよ」
捨てゼリフを吐いて、ジョイブルがレイから離れた席を占領した。周りで見物していた生徒たちも席に座り直した。
ボイル教授は直前までなんらかのいざこざがあったのを悟ったようだった。しかし、言及せずに教壇に立った。
「今年できみたちも成人となる。多くの者が悪魔祓いを……バーナード、急いで着席すれば遅刻を免除しよう」
背の高い男子生徒が教室にすべり込んできた。大慌てで近くの席に座った。
「これで生徒はそろったな」
「ボイル教授。教室に一年がまぎれこんでいますよ」
ジョイブルがからかう口調で手を挙げる。取り巻きたちがくすくす笑った。
「いや、合ってる」
ボイル教授が顔色一つ変えずに告げた。
「転入生がいるのは知っているようだな。レイは〝六年生〟として入学している。年齢はまだ十歳だが、きみたちと同じカリキュラムを受ける。仲間としてあたたかく迎えてほしい」
「は? それって――」
「飛び級だ」
教室中がざわついた。誰がしたのか、指笛の音が鳴り響く。ジョイブルにいたっては口をあんぐりと開けてかたまっていた。
年齢でいえば一年生になるはずのレイが六年生の教室にいる理由は、転入試験の結果を学校から認められたためであった。
試験結果を知らせる手紙には、レイを特例で上の学年に入学させることが書かれていた。
六年生への飛び級である。
レイは転入初日にして最高学年だった。