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神童、やめられますか?  作者: 勝花
第二章
13/32

13 転入試験


「遅刻だ。田舎の学校では時間を守る習慣すら学ばせないようだな」


 教室に入った途端、嫌味な声がした。


 教師らしき男の人は髪が薄く、でっぷりとしている。いじわるそうな顔をしていた。


「筆記試験を行う。はじめに言っておく。ユースディアにふさわしい成績がとれなければ転入など認めん。推薦状など、紙切れと同じだ」


「え……」


 アンリ先生から聞いていたこととは真逆の話だった。レイは動揺しながらも、おとなしく試験にのぞんだ。


 試験内容はスターレットの授業とは比べ物にならないほど難しく、時間のかかる問題ばかりだった。


「終わりだ。おまえのせいで時間が惜しい。きびきび動け」


 筆記試験が終わるとすぐに移動した。屋外に出て、しばらく歩き続ける。競技場らしき場所のあちこちで魔力を察知した。


 生徒が集まっている。声と魔術が飛び交っていた。


 ――みんな、大きい。すごい魔力だ。


「なにをしている! 立ち止まるな!」


 慌てて、レイは追いかけた。


 別の競技場らしき場所にたどり着くと、いじわる顔の教師は声を発した。


「次は実技試験だ。筆記では答案を埋められたようだが、座学など実践できなければなんの役にも立たん。これからが本番だと思え」


 ふと、レイは別のことに気をとられて首を動かした。近くに特に大きな魔力を感じた。


 いじわる顔の教師は不審そうにしながら同じ方向を見て、渋面になった。


「なんの用だ。ボイル教授」


「失礼、エイブラム教授。転入生が試験中だと聞きましてね」


「試験監督はわたしだ。口出しは許さんぞ」


「見学に来ただけです。お気になさらず」


 レイは二人を見ながら落ち着かない気分になった。なんとなくとげとげしい空気だった。


 エイブラム教授が鼻を鳴らして、杖を振る。競技場に置いてあった大きな箱が引き寄せられるように手前まで飛んできた。


 箱が開く。中に入っていたのは、握りこぶしくらいの大きさの小さなボールだった。全部で五つあるうちの一つがひとりでに飛び上がった。空中で止まり、ぷかぷかと浮かんでいる。


「魔道具のボールだ。動いている間、魔術を当て続けろ」


 エイブラム教授がにやりと笑った。


「この課題は初歩の初歩の初歩。授業のウォーミングアップすらできぬようでは、ユースディアの生徒にふさわしくない」


 ボールが大きく動き出す。空中でさらに高度を上げて、あたりを飛び回った。


「はじめろ!」


 レイは杖を構えた。



  ◇◇◇



 ダン・エイブラムは試験を見張りながら、心の中で嫌悪をつのらせていた。


 ――田舎臭いガキだ。


 聞いたこともない学校から来た、いかにも都会を知らない子供がユースディアの敷地をまたいでいるだけで虫唾むしずが走る。


 ただ、どんな子供であろうと気持ちは変わらなかっただろう。推薦者が、アーサー・ボイルなのだから。


 ボイルは同じ教授の立場だが、元は闇祓いの部隊長をつとめていたらしい――本当かは怪しいが。おかげで若造のくせにもてはやされている。気に食わない。


 レイに迎えをよこさなかったのは嫌がらせである。恥をかかせ、あわよくば遅刻を口実に試験をあきらめさせるつもりだった。


 試験の不参加は避けられたが、結果は同じだ。


 今から行う実技試験は、最高学年の六年生で習う難易度にする。


 ボイルが来たせいで口出しされるかもしれないが、聞き入れるつもりはない。試験監督の権限はこっちにある。転入を取り消すのは難しいだろうが、ボイルのお気に入りに最後まで恥をかかせてやるつもりだった。


 ――ドン!


 光が瞬いた。


 レイの杖から放たれた光弾が、高速で飛ぶボールを正確に撃ち当てた。


 エイブラムがあぜんとしている間に光が走る――命中。横に逃げた球体を再び弾いた。


星屑を飛ばす(ティンクル)】だ。なんの変哲もない基礎魔術。しかし、なんと正確で速い射撃か。


 箱からボールが次々に飛びあがり、空中で踊る。的の数が増えながらも、レイは難なく光弾を当てていった。


 ボールの数が最大の五個になると、さらに速度を上げて動き回った。


 レイは冷静に杖を構えた。


 エイブラムは魔力探知ができない。ゆえにレイの魔力の高まりに気づけなかった。


 杖先を中心に魔術陣が多数展開した。


「【星屑を飛ばす(ティンクル)】」


 一度に五発の光弾が飛ぶ。すべてのボールを同時に撃ち落とした。



  ◇◇◇



 レイはボールが動かなくなるのを待つと、杖をおろした。


 次は? もう終わり? エイブラム教授を見るが、なにも言ってこなかった。


「見事だ、レイ」


 声を発したのは、ボイル教授だった。


「一つ聞きたい。【星屑を飛ばす(ティンクル)】はたしかに防衛の基本となる重要な術だ。この魔道具も魔力操作の感覚を養うためによく使われている……だが、これは試験だ。牽制けんせいだけでなく、もっと広範囲の魔術を使おうとは思わなかったのか?」


「え……できそうだったから」


 ボイル教授が小さく笑った。心なしか楽しんでいるように見えた。


「エイブラム教授。ウォーミングアップは終わったようですが?」


「わ、わかっておる!」


 エイブラム教授が大声を上げた。


 実技試験が続く。レイは課題に出された魔術を次々と展開してみせた。


「【火炎で燃やす(カルディオ)】」


「【噴水で満たす(ブロークア)】」


「【強風が攫う(キャリヴェン)】」


「【岩石を生やす(サクスルド)】」


 ――楽しい!


 レイは笑っていた。


 スターレットとは違う。挑みがいのある問題ばかりが出される。しかも、ユースディアでは簡単なほうだという。


 アンリ先生の言う通りだった。


 レイは、少なからず自分は魔術ができるほうだと思っていた。


 しかし、やはり名門は違う。上には上がいる。


 魔力でわかる。教授はもちろん。道を教えてくれた女子ひとも。外で見た生徒たちだって。自分よりもすごい魔術師がたくさんいる。


 もっと知りたい。上手くなりたい。


 わくわくしている。


 そうだ。はじめて魔術ができた日から好きだった。


 魔術は自由だ。


「……最後の問題だ」


 エイブラム教授が懐からナイフを取り出す。手の甲を薄く切って、地面に血を垂らした。


「【生成アミカ】」


 血を中心に、巨大な魔術陣が展開された。


「【岩窟巨兵ロックゴーレム】」


 地面が盛り上がり、かたまって巨大な人の形になる。見上げるほどに大きい。二足の足で動き出した。


「わたしのゴーレムを破壊してみろ!」


 ゴーレムは魔術によって動く人形だ。土が素材になったはずだが、岩のように変色している。見るからに頑丈そうだ。


 ……どれにしようか。魔力を一点に集めてぶつけるか、強い魔術で押すか――。


 巨体が迫る中、レイはいぜんとして楽しんでいた。


 誰の目も、相手の心配もしないで魔術が使える。目の前の難問だけに集中できる今がとても心地良かった。


 ――爆発にしよう。


 魔力を集中する。


 イメージは無慈悲な暴力。


 燃え広がる赤。


 見上げるほどの質量すら呑み込む、圧倒的な熱の暴力。


 それははじめてよぎった死の予感。


 悪魔がレイを食うために放った魔術。


 レイは杖を掲げた。


「【業火で焼き尽くす(ガルディオルノ)】」


 爆炎がゴーレムを吹き飛ばした。



  ◇◇◇



 エイブラムは粉々になって崩れるゴーレムをながめていた。


 一撃。


 岩窟巨兵ロックゴーレムは、エイブラムが使う魔術の中でも、最も頑丈なゴーレムだ。


 一撃で葬るなど、生徒はおろか、教師でも何人ができるだろう。


 レイが使ったのは【業火で焼き尽くす(ガルディオルノ)】。防衛術の中でも出力の高さから危険指定されている、高位火魔術だ。


 魔力操作が非常に難しく、たいていは魔力が分散して不完全な出力になるはずだった。


 それがどうだ? いかに洗練された魔力操作であったかは、目の前の光景が教えてくれている。


 他の課題もだ。最高難度に設定していた魔道具をあっさり攻略し、あらゆる分野の中位魔術を成功してみせた。


 十歳の子供が――。


 エイブラムは実技を重んじる魔術師である。


 魔術師とは魔術を使って証明する。いかに知識があっても形に残せないのであればたわごとと同義ととらえていた。


 では、レイはどうか?


 改めて見直しても、印象は変わらなかった。


 どう見てもみすぼらしい魔術師の姿だ。しかし……。


 魔力探知ができないことを、これほど惜しいと思ったことはなかった。


 未熟な体に、どれだけの魔力を秘めているのか。


 田舎者のガキが……。


 年長者として、魔術師としてのプライドが不満をうったえながら。


「…………すばらしい」


 無意識につぶやいていた。


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