11 小さな星の友達
幽霊屋敷で起きた事件は、まもなく町中に広まった。
屋敷を焼いた火事に、天へ昇った光の柱。夜の静寂を破る騒ぎに、大人たちはすぐに集まってきた。
レイたちは保護されて、事情を聞かれた。レイ以外の子供は気を失っていたため、レイが代表して説明した。
悪魔におそわれたことは正直に話した。が、レイは自分が悪魔を祓ったとは言わなかった。変な注目をされたくなかった。知らない魔術師に助けられた、とごまかした。大人たちも子供が悪魔を祓えるとは思っていなかったため納得した。
大人たちといっしょに集まったアンリ先生は、安堵のあまり泣いてレイを抱きしめた。レイがいつまで経っても家に帰ってこなかったため、街中を探し回っていたらしい。レイは何度も謝って、必ず帰ることを約束した。
学校では幽霊屋敷の話題でもちきりになり、レイとフィルは連日、悪魔や謎の魔術師について質問攻めにあった。みんなは危険な冒険をした英雄のように扱ってくれたが、レイはあまり嬉しくなかった。言葉を話す悪魔を祓ったことが人殺しのように感じていて、日が経ってもひきずっていた。フィルも思うところがあるのか、気乗りしない様子ではぐらかしていた。
◇◇◇
学校から帰ると、レイは、アンリ先生に呼ばれた。
「レイ。大事なお話があります」
なんだろう? レイは緊張しながら言葉を待った。
「ボイル教授を覚えていますか?」
「王都の学校の先生だっけ」
「そうです。あの時はお伝えしませんでしたが、実は、ボイル教授はレイを見るために王都から来てくださったのですよ」
「おれを? なんで?」
「実力をたしかめるためです。将来、王国を代表する魔術師になれる素質があれば勧誘してくださることになっていました」
アンリ先生は嬉しそうに笑った。
「レイは合格しました。ユースディア魔術学校に転入できるんです」
急な話に、レイは困惑した。
「それって、スターレットから出ていくってこと? みんなに会えなくなるの?」
「レイのお父様にはお伝えしてあります。わたしもついて行きますので――」
「いやだよ!」
大声で話をさえぎった。
「王都になんか行かない。スターレットがいい」
「レイ」
「教授に言って! 行かないって! 絶対にいやだから!」
「チャンスなんですよ。ユースディアに入学すれば立派な魔術師になれるんです。今よりももっと上手に魔術ができるようになるんですよ」
「うまくなんかならなくていい! おれ、友達できたんだ! 王都の学校に行くよりも、スターレットのみんなと遊びたい!」
レイは必死だった。
なんで、わかってくれないのだろう。アンリ先生ならわかってくれると思ったのに。
有名な学校に入れる、なんて言われてもぜんぜん嬉しくない。今のままでよかった。
「レイはずっと、みんなと仲良くなりたいと言っていましたね」
「うん」
「お友達ができてわたしも嬉しいです」
アンリ先生が微笑んだ。
「――でも、うそをついていますよね?」
穏やかなはずの声が、レイには冷たく聞こえた。
「レイ。学校でわざと魔術を失敗していますね」
「……うん」
「屋敷の話もです。知らない魔術師が助けてくれたと言っていましたけれど、【悪魔を祓う曙光】の使い手はごくかぎられています。本当は、自分で悪魔を祓いましたね」
「…………ごめんなさい」
「怒っているわけではありません。逃げられない状況だったのでしょう……レイが無事でよかった。わたしはただ、うそつきになってほしくないんです。うそがいけないことなのはわかりますね?」
レイはうなずいた。アンリ先生は本当にレイのために言っている。心配する気持ちが伝わって、なにも言い返せなかった。
「本当は魔術ができるのに、できない人に合わせる。卒業するまでできないフリをしなければいけませんね。レイならどう思いますか? うそをつき続ける人を、友達だと思えますか? 心から信じられますか?」
「……信じられない」
「そう。お友達に失礼です」
アンリ先生が声音を緩めた。
「ユースディアは王国でも名門とされる魔術学校です。国中の優秀な子供が集まる学校ですよ。レイよりもすごい人だっているかもしれません。ユースディアでなら、できないフリをしなくていいんですよ」
「そうなの……?」
「ええ。本当のお友達ができます」
「でも……」
「それに、レイがユースディアで学ぶことは、スターレットのお友達にもいいことなんです」
「どうして?」
「悪魔が人をおそう事件がどこかで起きるかもしれません。おそわれる人はレイのお友達かもしれない。そのとき、レイがしっかりと悪魔と戦う術を学んでおけば、また助けることができます。今回はうまくいきましたが、本当に運が良かっただけなのだと覚えておいてください。【悪魔を祓う曙光】が使えるだけでは危険です。経験の浅いままでは誰も助けられませんよ」
「……おれ、悪魔と戦いたくない」
「もちろん強制はしません。怖かったでしょう」
「そうじゃなくて……あいつ、しゃべって……」
「会話ができたからですか?」
ためらいながら、レイはうなずいた。ジキラゴと名乗った悪魔が人のように話しかけてきたのを覚えている。
「レイは優しいですね。ですが、悪魔の話を決して信じてはいけませんよ。会話のできる悪魔もいますが、それは人をだますためですから」
「…………行ったほうがいい?」
「レイの成長が、大切な人たちを守ることになるんです」
アンリ先生がレイを優しく抱擁した。耳元でささやく。
「ユースディアに行ってくれますよね?」
呆然としたまま、レイは肯定した。
◇◇◇
アンリはレイを抱きしめながら、仄暗い感傷を抱いていた。
最低なことを言っている。
レイは魔術が好きだ。けれど、それ以上に友達と仲良くしたがっている。
知っていて弱みにつけこみ、学校を移るように誘導した。
大人が子供を言いくるめた。
保護者として、レイから慕われる人間として、恥ずべき行為だ。
――だけど、後悔はしない……!
【悪魔を祓う曙光】を覚え、魔力探知を行い、悪魔を祓ってみせた。
大人でも難しい実績を、レイは十歳で達成している。
まぎれもなく、〝神童〟。
優れている子供だからこそ、適切な進路を選ばせなければならない。
スターレット魔術学校は魔術師としての素質が少しでもあれば入れる学校だ。授業の質が良いとは言えない。レイにふさわしくない。
環境が才能を実らせも腐らせもする。名門のユースディアこそが一番の環境になるだろう。
神童を預けられた教育者として、正しい将来に導く義務がある。
レイの才能を腐らせることは、魔術を人間に与えた神への背信に等しい。
――この子を最高の魔術師に育ててみせる。
アンリはレイの頭を撫でながら心に誓った。
◇◇◇
王都に引っ越す日がやってくると、スターレット魔術学校でレイのお別れ会が開かれた。
みんなはレイとの別れを惜しみ、口々に向こうでも元気でいるように励ました。中にはガラクタの宝物を贈る子供もいた。
レイは嬉しさとさみしさを抱きながら、笑顔でみんなとあいさつをすませた。学校から帰るときには王都に移る心構えができていた。
ただ、一つだけ気掛かりがあった。フィルが学校に来なかった。
「レイ、行きますよ」
荷物の入った重い鞄を持って外に出ると、アンリ先生がレイを呼んだ。レイは後ろ髪を引かれる思いをしながらも馬車に乗ろうとした。
「レイ!」
突然、声がした。フィルが走ってきた。レイの手前まで来ると、荒く息を吐いて呼吸を整えた。
「王都に行くんだってな」
「うん……」
レイはくちごもった。頭の中がごちゃまぜになって、なんて言えばよいかわからなかった。
フィルも似た気持ちだったのかもしれない。頭をかいて、恥ずかしそうにしていた。
「おれ、気絶していたんだってな。だっせえよな」
「ううん」
「大人が来てくれてよかったよな」
「……うん」
「レイが助けてくれたんだろ」
レイは驚いて返事を忘れた。フィルが軽く笑った。
「わかるよ。大人はありえないって言ってるけど、レイならやれる。本当は【悪魔を祓う曙光】ができるんだ。そうだろ?」
後ろめたさにさいなまれながらも、レイはうなずいた。
せっかく仲直りできそうだったのに嫌われたかもしれない。
うそつきだと、責められるだろうか。
「…………おれ、クソだ」
「え?」
「魔術がうまくできないから、レイに八つ当たりしたんだ。クソ野郎だ」
「そんなこと……」
「なぐれ!」
「はあ?」
「おれをぶんなぐれ!」
急に言われて、レイは混乱した。
「このままじゃ気がすまねえ! やれ!」
「やだよ」
「いいからやれって!」
やれ! やだ! と妙なやりとりが続く。ややあって、フィルがあきらめた。
「おれ、悪魔祓いはやめる。母さんにちゃんと言う」
「フィル……」
「おれじゃレイみたいになれない。悪魔相手に気絶する腰抜けじゃ戦えないだろ。でもよ、レイのおかげで上級生に勝てた。あんなにうまく【星屑を飛ばす】ができたの、はじめてだった。最高にスカッとしたぜ」
レイが返事に迷っていると、フィルが吹き出して肩をたたいた。
「おい、気まずそうにするなよ! おれのことよりもおまえだ! ユースディアは名門だぜ! 有名な魔術師が何人も卒業している学校だ。『悪魔祓いを目指すならユースディア』って言われてるくらいだ」
手を離すと、真剣な顔になった。
「レイ、悪魔祓いになれよ。おまえなら絶対になれる」
後ろから声がした。アンリ先生に再び呼ばれた。
「それじゃ――」
「じゃあな」
別れの言葉はぶっきらぼうだった。今度こそレイは馬車に乗った。
まもなく馬車が動き出す。少しずつ車輪が回り出した。
「――おれ、忘れねえ!」
大声がした。
「レイのこと、ずっと忘れねえから!」
フィルが泣きながらさけんでいた。馬車が速度を上げ、やがて姿が見えなくなる。
街の景色が移り行く。慣れ親しんだ場所がどんどん遠のいていった。
「……おれも、忘れない」
馬車の中で、レイはひっそりと涙を流した。