1 十歳のバースデー
神様
全部、おれのせいでした。
「退却だ! 邪魔になるぞ!」
月の浮かぶ夜空に大声が響く。ローブの隊服を着た男が号令を出していた。
「隊長、なにがあったんです?」
「レイ・クラウンのご到着だ! くそったれ悪魔もこれで終わり――伏せろ!」
男たちの頭上から巨大な化物が飛来してきた。
「【光線で撃ち抜く】」「【業火で焼き尽くす】」
光が瞬く。光線が走り、化物を貫いた。同時に紅蓮の炎が燃え上がる。炎にのみこまれた化物は塵となって消滅した。
「な、なにが」
あぜんとする男の見上げる先で、杖が二本浮いていた。長さの違う双杖が意思を持つかのように宙を泳いで、やがて地上を歩いている人物の両手におさまった。
双杖の持ち主は少年だった。ローブのフードを目深に被った姿は、男たちに比べて背丈がずっと小さい。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「……よかった」
少年は背を向けて歩いていった。助けられた男は安堵と驚きでいまだに身動きできなかった。
「あれが、〝神童〟……本当に子供じゃないですか」
「ただのガキじゃないのはよくわかっただろう。さっさと立て。おれたちは足手まといだとよ」
男たちはそそくさと退却を再開した。
「上をよく見ておけ。滅多にお目にかかれるものじゃないぞ」
「それも本当なんですか? 最高難度の魔術ですよ。何人が使えるか……」
「だから、よく見ておけと言ってるんだ。神よりたまわりし力、その頂点たる御業――」
「【悪魔を祓う曙光】」
夜空に光柱が上がった。
みんなが平和を夢見るなら
悪魔のいない世界にしてみせます
だから、終わったら――
――魔術師をやめさせてください。
◇◇◇
二年前。
青空に太陽が昇っていた。
「〝ヘンジン〟、なに読んでんだよ」
頭上から聞こえた声に、レイは本を閉じて頭を上げた。
「『悪魔祓いの歴史と魔術論』だけど……」
「うえー、意味わかんねえ。気持ちワリイ」
「行こうぜ。あっちで秘密の場所見つけたんだ」
「あ、おれも……」
「来んなよ。ヘンジンが移るだろ」
子供たちが駆けていく。レイは一人ぼっちでうつむいた。
「良い本を読んでいますね」
柔らかい声がした。レイは振り向くと、パッと明るい表情になった。
「アンリ先生!」
家庭教師のアンリ先生は、レイにとって一番心の許せる人だった。若いながら大人の雰囲気をもった美女で、均整のとれた豊かな体型をしている。手を後ろで組んで微笑んでいた。
「その本は、悪魔祓いの歴史と使われた魔術を正確に記しています。内容がわかるのですか?」
「うん。お父さんがくれたんだ」
「レイは優秀ですね。先生として鼻が高いです」
「でも、おれみんなから変人って言われる」
以前から、レイは同年代の子供たちになじめなかった。
読書が好きで、大人から難しい本を借りては読みふけっていた。
けれども、他の子供たちには理解されず、からかわれてばかりだった。
〝変人〟と呼ばれ、仲間外れにされている。
「レイは他の子よりも少しだけ頭が良いんです。決しておかしなことではありませんよ。誇っていい長所です」
「でも……」
「さあさあ。あんまり暗い顔をしていると、あげませんよ」
アンリ先生が後ろ手に隠していた物を見せた。
「杖だ!」
「誕生日プレゼントです。もう十歳ですね。レイも立派な魔術師になるために学校に通うんです」
レイは幼児の頃に不思議な現象を起こしたことがある。無意識に部屋中の物をぷかぷかと浮かばせてしまった。魔術の暴走だった。商家であるレイの家族は魔術師がいなかったため大騒ぎになった。
以来、アンリ先生の教育を受けて魔術師について勉強してきた。
魔術師の才能が認められた子供は、十歳から魔術学校で本格的に魔術を学ぶ。入学の日が近づいていた。
レイはプレゼントの杖を持って目を輝かせていた。魔術師の相棒とも呼べる杖をずっと欲しがっていた。
「ありがとう! ねえ、使っていい? どうすればいいの?」
「はじめに、わたしが教えたことを覚えていますか?」
「『魔術を危ないことに使っちゃいけません』」
「よろしい。約束できますか?」
「うん! 早く早く!」
「ふふ、せっかちですね」
レイは待ちきれずにアンリ先生の手を引っ張った。
わくわくしていた。
きっと新しい、楽しいなにかがやってくる。
そんなふうに期待していた。
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