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5話 もふもふとの逢瀬

 その夜、王城の自室で侍女のソフィーも下がらせてソファで休む。

 バルコニーへ続く窓は開け、そこからゆったりした風が入って来るのを眺めてしばらく。


「来たわね」

「……」


 黒寄りの灰色の毛並みを持ち、緑が少し混じる青灰色の瞳をした大型犬が小さいバスケットを咥えてバルコニーでおすわりしていた。


「勝手に入ってきていいって言ってるのに」


 近づいてどうぞと言ってやっと入って来る。頭の良い犬だ。

 部屋に入るとすっと顔を上げてバスケットを差し出す。


「いつもありがと」


 中にはスコーンが入っていて、私はこれをいつも楽しみにしていた。どんなに探してもどこのお店にもなくて、どのお店よりもおいしい。これを作るシェフに会いたいものだ。私はこのスコーンに餌付けされて目の前のわんこと月一おうちデートする仲になった。


「お茶にしようね」


 どんなに忙しくても紅茶の時間だけは確保している。日中も仕事の合間にお茶の時間だけはとっていた。仕事中毒の私にとって唯一の趣味。


「ブラン、おいで」


 私の飼い犬ではないけれど、首輪をしていてそこに銀のプレートがついている。ブランと描かれていて、たぶん名前だろうと呼べば反応したので、それ以降はブランと呼んでいる。


「ブラン、二人でお茶するのも今日で最後ね」


 ソファに座る私の側に来てお座りをするブランは私を見上げているだけ。


「最後までスコーンのシェフが誰か教えてくれなかったけど」


 毎月満月の夜にだけ現れる。利口で私の話をよく聞いてくれた。欠かせないお茶友達だ。


「このスコーンのシェフは城内にいる?」


 小首を傾げた後に尻尾が振られる。イエスっぽいな。

 仕事続けてれば会えそうだけど、スローライフ予定だからスコーンのシェフともお別れになりそうね。

 あ、でも殿下やテュラに頼んで探してもらってもいいかも。


「殿下が恋だの愛だのに目覚めて正直羨ましかったけど、私は案外スコーンに恋してるかもしれないわね」


 ブランが小首を傾げている。私は惚れた腫れたの感情を抱いたことがない。だからいまいちわからなくて、それを知る殿下が羨ましくもあった。

 私とて、家族や友人に対する好きと殿下がエネフィ公爵令嬢に抱く好きが全く違うものだと充分分かっている。


「なによ、ブラン。私だって食事の好き嫌いと恋愛の好き嫌いの違いぐらい分かってるわ。ちょっとしたジョークよ」


 ブランはこちらを黙ってみているだけだった。せめて犬でも笑ってくれれば楽しいのに。しかもブランは犬の中でもあまり感情豊かじゃないからテュラとの会話みたく愉快なことにはならない。

 それでも寄り添って話を聞いてくれる良い子だから、よしよし一択だった。


「ありがと、ブラン」


 撫でると嬉しそうに目を細めた。こういう素直な反応は可愛いと思う。

 私とブランはお茶友達で、毎月のこの時間もそんなたくさん話すわけじゃない。無言で一緒にいる時間がほとんどを占める。それでも彼がいる時間はいつも以上に癒されるのだから不思議だ。


「ブランも分かってね? この国の王子は殿下ただ一人。親族に適正者はいないから彼を失うわけにはいかないのよ」


 なにより、私は悪役令嬢シャーリー・ティラレル・エネフィのことが割と気に入っている。外交の折、彼女の仕事ぶりは見てきた。悪評でも凛と立ち意見する姿に好感を抱いた。なので彼女を助けることは私の気持ちがあがることにもなるから率先してやるわけだ。

 乙女ゲームの悪役にして悲劇のヒロイン。

 国の為に身を粉にして働き、孤独に耐えながら立ち続け、すべて失って終わりはやめてほしいわ。特にエネフィ公爵令嬢に瑕疵はないのだから、存分にこっちで幸せになってもらえればいい。我が国の民になったのだから尚更だ。


「頑張ってる子の後押しは惜しみなくやる派なのよ、私」


 無反応のブランを見るに、まあ好きにしなよって感じの返事かな。

 ひとまずエネフィ公爵令嬢の良さを存分に伝えておいた。今後の印象がよりよくなるようにだ。きっと公正な目で見てくれると思うけど、なるたけ最善を尽くしておいて損はない。


「ああ、ブラン。話しすぎたね」


 今日で終わりでも楽しい時間はすぐ終わってしまう。残念だわ。


「そろそろ終わろっか」


 私が立ち上がるとブランも立ち上がってついてくる。バルコニーまで一緒に行けば、それが別れの合図だった。


「今までありがとう、ブラン」


 尻尾を一振りするも、いつになく視線でなにかを訴えている。それでも私はいつものようにブランを一撫でてして見つめ合い笑って何食わぬ顔でさよならを告げた。


「ブランとのお茶の時間、とても楽しかったよ」


 どう納得したのかは分からないけど、ブランが背を向ける。ゆっくりした動作でバルコニーに出て、軽く飛び越えていった。

 初めてバルコニーから飛び降りて去って行った時は心配で慌てて落ちた先を見たけど、平気な様子でこちらを一度振り返っていたわね。懐かしいわ。


「これで変な偏見なくエネフィ公爵令嬢の護衛をしてくれるかな?」


 黒灰色の髪、緑がかった青灰色の瞳をした大事な友人が無事エネフィ公爵令嬢の護衛をしてくれることを祈るばかりだ。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。

もふもふ要素!もふもふ要素はそんなに多くありませんが要所で出ます。



記録

1/4 もふもふ要素とお茶&スコーン時間明記。もふもふ外見明記。

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