44話 後程ゆっくり抱きしめます
「ぐっ」
ヴォルムが呻きルーラの拘束を解いた。そのまま唸りながら姿を変える。
黒灰色の大きな犬。
魔力調整ができてないから自分の意思関係なく変化が起きている。
黒灰色の犬は低く唸り震えながら義妹ルーラを睨みあげていた。
「あら。原液を浴びたのに意識があるのね?」
のほほんとしたルーラの声が拾えた。魔力暴走で死んでもおかしくないと言う。
血の気が引いてふらつきそうになるのを堪えた。今は動く時だ。
「ヴォルム!」
声が届いていない。抑えるので精一杯だとしたら早く魔力調整に入らないと。いや、致死量というのなら治癒魔法でないとだめかもしれない。どちらにしろ早くこの場を離れないとだめだ。
なのにここにきて仮面の人間の襲撃が増える。一人一人瞬殺できても数が多いとその分どうしても時間がかかった。二人同時、三人同時で吹っ飛ばす。
「人の首は難しいけど、犬の首ならあたしの力でもできるかしら?」
その口調からは似合わないいかつい剣を取り出した。近場の倒れていた騎士の剣を奪ったようで、両手で持ち振り上げる。
「!」
目を開く。ヴォルムの首を落とす気だ。犬の姿のままのヴォルムは地面に伏せ、息を荒げ唸り続けている。震えて動けない。
「ヴォルム!」
仮面の人間たちを薙ぎ払いながら隙間を駆けた。
剣が振り下ろされる。
即、肉薄した私に義妹ルーラが「え?」と気の抜けた声を出した。
「いい加減にしなさい!」
振り下ろした剣に惑いが生まれ緩んだところに拳を叩き込んだ。
「きゃっ」
パァンといい音を立てて、柄を残して剣は霧散した。
「ふっざけんな!」
粉々になった剣の欠片すらも残らず、義妹ルーラは衝撃で手から柄を落とし尻餅をついた。
シャーリーの元婚約者の時は手加減したけど今回は一切なしだもの。塵になるのは当然のことだ。
ヴォルムを背にし立ち、ルーラと相対する。ルーラは瞳を伏せて不服そうに唸った。
「あたしのものにならないなら、いらないもの」
だから首を落としていいでしょうと主張する。なんて理論。
「させないし、ヴォルムは渡さない」
「私が落とさなくても魔力暴走で死んでしまうんじゃないかしら?」
「は?」
ヴォルムは人に戻ったり犬に変化したりを繰り返していた。人に戻れても息が荒く立ち上がれない。顔も熱が出た時のように赤く染まっている。
『まーまー。こちらネカルタス王国のヴェルディス・グラティコスでっす!』
「え?」
『広域放送でお送りしてまーす、て、放送つーてもわかんねーか。あー、魔法で直接頭に語りかけてる』
「ヴェルディス……なにを」
『ドゥエツ、ソッケ、キルカス、ソレペナ、ファンティヴェウメシイ、ネカルタスで独自の六ヶ国協定を結んだ。この協定を元にセモツの不当な侵略に対抗する』
成程。宣戦布告に対しての回答だ。
今海賊の侵略行為に対して戦うと断言すると、途端セモツの動きが変わった。一斉に船へ逃げようと駆ける。判断が早い。
乗じてルーラがこの場から逃げようと駆けた。逃走を想定して見えないところに騎士を配置し包囲しているのだから逃げられないけど。
「ディーナお嬢様、ルーラは転移の魔法陣を使う気です!」
他の生き延びた仮面の人間から魔力暴走とは違う魔法陣が描かれた羊皮紙を手にした。身体強化した私なら追って捕まえられる。
けどヴォルムを助けないと。犬と人を行き来しながら、人の姿になった時に喉からぜーぜー音を立てながらも言葉を紡いだ。
「ディー、ナ、様、行、って」
その言葉がなくても私の選択は決まっていた。
「行かない!」
再び地面に伏せようとするヴォルムを抱き締める。
そのまま魔力調整に入った。
「……、は、い、ので」
「追わない。ヴォルムを助ける」
ヴォルムの体内の魔力を整える。
以前の諸島での調整とは違ってかなり難しい。いつどの神経が切れてもおかしくない程熱く荒くうねっている。ちょっとでも間違えればそのまま爆発しそうな危険物を扱っているようだ。
その間もヴォルムは途切れ途切れに、ルーラを捕まえてだの追ってだの俺はいいだの言っていたけど全部無視した。代わりに抱きしめる腕に力を入れる。
「目の前で大事な人が苦しんでいるのに放っておくなんてできない」
ヴォルムの息が荒かったのが整い始めた頃、トゥ島での戦いは完全に沈黙した。
「……ディーナ様」
ヴォルムの腕が私の背を撫でた。動けるようになったなら応急手当は済んだってことね。
抱きしめる腕の力を緩めてヴォルムの様子を見ようとしたら逆に背に回されていたヴォルムの腕に力が入って抱きしめられた。
なんで。
「ディーナ様から抱きしめてもらえるなら、もっと雰囲気のある場所でしたかったです」
「なんで今それを言うの」
ぎゅっと力が入る。
「テュラが言うに"男のロマン"だそうです」
「それだけ話せるなら大丈夫ね」
胸を柔い力で押すとなんなく解放してくれた。見上げた先の申し訳なさそうに眉を下げているヴォルムにほっとしてしまう。いつも通りの真面目な護衛の男がいる。
「申しわ」
「謝らないで」
「ですが」
さらに何か言おうとするのを人差し指で唇を塞いでやったわ。
ちょっと驚いてる。
「その話は後で聞くわ。先にここをどうにかするわよ」
「……はい」
「立てる?」
「ええ」
ゆっくり立ち上がり、そこでやっと完全に離れた。ちょっと名残惜しいなんて嘘だと思いたい。
「では後程ゆっくり抱きしめます」
「なんで」
そこなの?
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
戦場でいちゃつくとは(笑)。こういう時のメンタルの強さがヴォルムの強みです(まあ格好つけてるだけですが)。そしてもふもふ要素最大の見せ場が「犬の首ならあたしの力でもできるかしら?」でした(これはひどい)。わんわんに手を出すな!許さんぞおおお!とわんわんに思いを馳せてましたよ、もちろん。




