42話 仮面をつけた集団の正体
六ヶ国会談が行われる場所をトゥ島にしたという偽の情報を流した。
情報が伝わっていればセモツはこのトゥ島に現れる。外交特使の私がいるから間違いなく信じるだろう。そして西から二つ目のここトゥ島は見晴らしのいい平原を超えた先に外交用の大規模な会合施設があった。
本当の会合はドゥエツ王国本土、海を渡った三国は魔法大国ネカルタスが転移で連れていく。船での追跡はかなわない。後から出発する護衛騎士が本当に会談用の護衛なのか対セモツ戦への配備なのかも分からないだろう。
「いっそ船一つずつ潰していくのがよかったかな?」
「さすがに無謀です」
平原の先、高台にある会談用の施設を背中に待つ私とヴォルム。平原には少数精鋭の騎士たちがいる。仮面の賊の能力が分からない以上、飛び込むのは得策ではない。だから見晴らしがよく、高台にある集落と先の会合専用場所から把握できるこの平原を戦地にするのは正解だった。
「船の着岸を確認!」
「来たわね」
件の魔力暴走による体調不良者増で人出が少ない体にしてるから、ここにいる騎士が少ないことに疑問は抱かないはずだ。
「仮面をつけた集団もいますね」
戦いが始まり、少し様子を見る。予想通りセモツ国は魔力暴走狙いで攻めてきた。賊は剣を持って戦い、仮面の人間が薬を撒いたり布や羊皮紙に刻まれた魔法陣を使って魔法を使い、こちらの騎士に仕掛けてくる。
まあそれも対策済みだけどね。
「ネカルタスが用意した魔道具いいわね。魔法薬も魔法陣も回避してくれてる」
紐を編み込んだだけの腕輪なのに、きちんと魔法が作動している。魔道具はネカルタス王国の特権で魔石と同じく占有しているけど、実際生で見て使うと本当不思議な代物ね。
「ですがディーナ様、精々三回程しか防げません」
出ますか、とヴォルムが問う。
「全員上陸した?」
「はい。残った船員は控えていた騎士で捕らえたようです」
遠くセモツの船に白い旗があがっていた。確保の合図だ。
「行こう」
「はい」
前と同じヴォルムに先に行ってもらって追いかける形で私も飛ぶ。この距離なら余裕ね。
横入りするのは仮面の集団が多くいる場所だ。騎士たちが散らばる中を戦いながら誘導し一ヵ所に集めたところで私とヴォルムが囲う。
現れた私たちを見て、明らかに仮面の人間たちに緊張が走った。
「お初にお目にかかります」
剣の音で険しい中、礼儀正しく挨拶をする。名を名乗っても動揺しないのを見るに私のことを知っているわね。
「戦いをやめてご同行願えませんか?」
無言で剣を突きつけられた。
「ですよね」
鋭い刃が一突き。右に身体を少しずらすと、追う様に横に一線する剣の動きはとても簡単に見極められた。後ろに半歩下がって避ける。速さもついていけるし軌跡も読めた。
「おっと」
早速、仕掛けてあった魔法陣を踏んだけど魔道具のおかげで相殺した。けどやたら数が多いわね。羊皮紙に布に小物にとありとあらゆるものに魔法陣が刻まれ、いつでも魔法を作動できるよう仕掛けられている。
「はーん、目当ては私たちね?」
「ディーナ様!」
ヴォルムはそんなに強くなさそうな細身の仮面三人を相手にしている。魔道具は健在だから大丈夫そう。
「ふむ」
真後ろ、死角を狙って攻撃しても振り向きながら身体をスライドさせて避けられる。その振り向いた体勢から再び背後を狙った別の仮面の人間が上から振り下ろしてくるのも当然察知できてしまうので、剣の腹を押しながら受け止め流し、最初に避けた仮面には足を高く上げてかかと落としをお見舞いした。二人目には剣の軌道を変えた手をスライドさせて相手の首に一撃。複数でも対応できるレベルだ。
けどこれ以上なにかをしでかそうという動きはない。なんだろう、妙な違和感を感じる。
「ん?」
魔道具の腕輪が壊れた。こんなに早く壊れるはずじゃない。
「……もしかして」
予感を確認する為、突っ込んできた仮面の剣を奪った。
やっぱり。
攻撃する剣に魔法陣を仕込んでいる。素手で戦う私はあっという間に魔道具の効果が切れるわけだ。仕掛けてきたわね。
「だから数で攻めてきたの」
剣を奪った仮面のお腹に一発。地面に叩き伏せた。
「あら」
今度は三人がかりで魔法薬ぶっかけてきた。立て続けにやるわね。
「ディーナ様!」
魔道具の効果なしで浴びるとさすがにきつい。
これが魔法薬による体内の魔力暴走か。体感は風邪のようなのに立っているのが辛いだるさと息苦しさだ。
「けど!」
だん、と右足を踏み込んで目の前にいた仮面を吹っ飛ばし、そのまま右に回転して左足で二人目を蹴り飛ばす。蹴りの勢いで身体を回転させて三人目に向き合い、両手を揃えて突き出し一歩踏み込むと相手の胸に掌が入った。息を詰まらせその場に伏せる。
「気合い!」
薬の効果を跳ねのけた私にひるむ仮面たち。なんてことはない。即効で体内の魔力を整えただけだ。はたから見たら本当に気合いで抑え込んだように見えるかもしれない。けど、こっちは身体強化している身なんだから体内の魔力だって活性化してるんだって、なんて理屈説明してる場合じゃないか。
それにこれが一瞬でうまくいったのは、以前諸島で魔力調整によって多くの騎士の体調不良を緩和した経験があったからだ。この経験がより早く自分を整える技術に昇格した。
「ヴォルム、そっち行った!」
「はい!」
私に薬が効かないのを確認し、かつヴォルムが相手している二人を倒したら分散してきた。
冷静に戦況を見て動いている。
「あれ?」
途中陽動で混じってきた仮面を五人地面に沈めた後、私の前に残ったのは三人だった。背が高い仮面が一人、低い男性が一人、女性一人が代わる代わる私を襲う。
この三人の太刀筋に覚えがあった。
「待って貴方」
パシッと音を立てて突いてきた剣の手をとって抑える。当然強化した私に握られれば早々離せるわけがない。抑えられた手から剣を飛ばしても顔を傾けるだけで避けられる。
すぐにもう片方に短いナイフを取り出し、目を狙って刺そうとするのを右足を垂直に蹴り上げて刃物を飛ばす。次に相手が左足で蹴ってこようとするのを右手で受ける。この仮面、女性とはいえ中々筋がいいわね。
「ていうか、この動き知って、」
両サイドから仮面の男性二人が挟むように剣を向けて突っ込んでくる。
冷静に動きを見ればどちらが早く到達するか分かるので、片方は右手で剣を挟み捻り上げ、もう片方は左足で剣を持つ手首を蹴り上げた。
こちらに来る勢いを利用して相手の顔面に拳を叩きいれる。
左右に吹っ飛んだのを見て、正面の仮面に人差し指をトンっとあてた。
「オリゲ」
「っ!」
「フォルクス」
「!」
「ルーレ」
「……」
全員の仮面が落ちて見慣れた顔が現れた。
かつての私の執事、侍女、侍従。
今は王太子殿下の元へ還った長年の付き合いたちだった。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
顔を隠している時点で、顔を知られている人間だと主張しているようなものですよね(笑)。ヴェルディスがディーナに求めていたスパイ確保問題が戦いの中で解決できるかどうか、という局面に来ました。こうなる未来がみえたからヴェルディスは後回しで良しとしたんでしょう。たぶん。