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38話 潜入捜査中なのにぐいぐいくる

 現在滞在三ヶ月目。


「ディーナ、休憩にしましょう」

「オッケー」


 農業生活一ヶ月で、やっと様なし呼びになった。

 三ヶ月経っても言葉遣いは変わらないから、もう少し変えたい。私とヴォルムの関係が夫婦ぽくするには敬語をなくすのが一番だと思ったから。真面目な彼が様付けを止めただけ大進歩だとは思うのだけど。


「どうですか?」


 王城や実家のガーデンチェアと比べると庶民的になった簡易な手作りソファに並んで座ってティータイムだ。ついでにこの三ヶ月の成果が記された書類を眺める。勿論暗号文なので抜かりはない。


「順調だね」

「ええ」


 セモツ国らしき賊の集団が通る度に自国とネカルタス王国に連絡し追跡をお願いする。海賊と分かった時点でドゥエツ・ネカルタス二国で協力して即捕獲。なかなか順調だ。


「数が減れば別の動きするだろうし、もう少し見ていかないとね」

「はい」


 畑耕しながらする会話じゃないよね。

 にしても農業楽しい。難しさも根気も必要だけど短期で実りがあるものから長期プランのものまで色々やってみてる。一ヶ月・三ヶ月で収穫できると次もって気持ちになるから不思議だ。しかも村の人と協力して品種改良することになって、その研究がこれまた楽しくてたまらない。


「ねえ、さっきからすごいいい匂いするんだけど」

「ああ、今日のおやつです」

「スコーン!」


 材料が手に入ったので、というヴォルム。待って、この匂いってまさかこれはひょっとするとひょっとするんじゃないの? 迷わず頬張るとヴォルムが嬉しそうに目を細めた。


「美味しい! これっていつもの」

「はい」

「え、いつもの美味しいどこの店探してもなかったスコーンってヴォルムが作ってるの?」

「ええ」


 二人で生活し始めてヴォルムが料理上手と知ったけど、このスコーンまで作ってるなんて考えもしなかった。


「なんでもできるの」

「料理は気晴らしから始まった趣味でしたが、役に立って良かったです」


 にしても出来立て美味しい。そこらのシェフ並みに料理上手とかなんなの。


「懐柔される」

「どんどん絆されて下さい」


 スコーンを食べ終わると御茶を渡される。

 ヴォルムがふっと目元を緩ませて手が伸びてきた。


「ついてます」


 触れられ、口の端についたスコーンの欠片をとってぱくっと食べた。瞳が嬉しそうに蕩ける。

 そんな甘い顔、今までしたことなかったのに、ここにきてからこういう顔をすることが多くなった。正直卑怯よ。そういう表情に逐一動揺させられて顔が赤くなる私の身にもなってほしい。


「……お行儀悪いよ」

「すみません」


 全然すみませんな感じじゃない。満足そうに笑っている。うぐぐ、私がこういうことにどぎまぎするようになってからはこんな感じだ。ぐいぐいくる。


「……もう」

「ディーナが可愛いのが悪いですね」

「いけしゃあしゃあと」

「なんとでも」


 誰も見てない室内でも距離近くしてくるから絶賛困っている。

 狭い家だから逃げ場ないし、でも全力で拒否できない。完全に足元見られてる。


「そういえば同じ屋根の下ってきついんじゃなかったの?」


 キルカスの小屋で過ごした時しんどいとかなんとか言ってたはずだ。


「ああ、確かに辛いですけど、ディーナの心境に変化があったので大丈夫です」

「辛いんじゃん」

「なんとかなってます」


 少しずつ解消してますし、とこちらに視線を寄越す。

 再び大きな手が伸びてきて私の頬を包んだ後、指の腹で撫でた。


「これです」

「ん?」

「触れる事が出来るので」


 汚れているからと言って拭ってくれたのが最初だった。そこからはなし崩しで抱きしめるなんてほぼ毎日、お姫様抱っこもするし、膝の上に乗せてくるなんてこともしてきた。それで食事をとるなんて言い出したのはさすがにお断りしたけど、今でも狙っているのが分かる。


「前までは触れる事なんて出来ませんでした」


 立場もそうだけど、私の心持ちの問題で、だそうだ。

 屈んで顔を寄せてくる。あ、それは近いからもう少し距離ほしい。


「こら」

「このまましてもいいですか?」

「だめ」


 なにをとはきかない。ちなみに唇は死守している。結婚の返事をしてないし、今は仕事中だ。

 なのにさらに距離を詰めてきた。試してるわね。


「でぃーなあ!」

「おっと」

「っ……タイミング悪いですね」


 私としては助かったよ。いや、声の方から見たらキスしてるように見えたんじゃない? それはそれで恥ずかしいわ。


「でぃーなあ!」

「今行くわ」


 お隣さん一家だ。籠いっぱいの野菜をお裾分けでもらった。ありがたいことに日々村の人たちはとてもよくしてくれる。子供も懐いてくれてるし嬉しい。


「いつもありがとうございます」

「いいえ。こちらも助かってるし」


 ヴォルムと身体強化した私でなんでも屋的なことを村の中でやっていたのも良い効果だったのかもしれない。力仕事は大得意。剣の稽古も武術の稽古もできるし、勉強も教えられる。


「よければこれを」

「ヴォルムさん、ありがとうございます」


 遅れてやってきたヴォルムが籠に入った焼き菓子とパンを渡した。子供が喜んで受け取る。

 スコーンを分けるかと思ったのにしないのね。


「あれはディーナだけです」


 耳元で囁かれる。そんな報告はいらない。


「でぃーな、ゔぉるむといちゃいちゃしてる」

「あら! うちの子が失礼を」

「いえいえ」


 まあそう見えるよね。村人たちの私達に向けられる視線は往々にして生温かい。村長の考えた設定が伝わっているのだろうか。いやさすがに本当のこと伝わってると思うんだけど。


「では私達はこれで」


 お隣家族と別れ、その姿を見送る。手を繋いで寄り添って帰る家族の後姿に目を細める。

 亡くなった母を思い出した。熱が下がらず息をするのも苦しそうで、座ることもできず寝込み続けてそのまま最期を迎えた。そうなる前はとても優しくて、よく手を繋いでくれたわね。


「俺がディーナ様を好きになったのはこういう時ですよ」

「え?」

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。

いちゃいちゃしてるね!(笑)そしてスコーンの作り手バレがきました(5話9話でスコーン出てます)。夫婦疑似体験できてウッハウハなヴォルム。楽しそうでよかったですね!

本当は潜入捜査で日々距離を詰めていくこととか、今までディーナがヴォルム含めて周囲の信頼を勝ち取っていく流れとか話数とりたい部分はあるんですが、今作は全体の流れを優先しました。やるなら番外編とかですかねー。


2/6記録

ヴォルムの気晴らし趣味は料理。

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