18話 正ヒロインとその婚約者を返還しにいく
「ソッケ王国への引き渡しの立ち合い、お前希望だとよ」
「やっぱり……」
「ソッケ王国両陛下はディーナのことを気に入っていたからね」
市井への理解を得られた翌日、王太子殿下に任せたソッケ王国の王子とシャーリーの義妹その他諸々の引き渡しについて、隣国の両陛下が引き渡しの際の随行者に私を指名した。
「いいじゃんか。拳外交の成果だぜ?」
「キルカス王国が筋肉に目覚めたのは分かるけど、ソッケ王国がここまでハマるなんてねえ」
「キルカスは元々筋肉好きだろ」
西に我が国ドゥエツ、東の隣国ソッケ、ソッケの東にキルカス王国。キルカスは東の大陸と繋がっているけど、険しい山脈に阻まれて東側との交易はほぼない。そこでこの三国で協定を結んでいる。協定を結ぶ過程で各国両陛下と拳を交えた身なので外交でお呼ばれするのは致し方ない。
「キルカス王国からは、僕とシャーリーの結婚にあたってディーナと話がしたいってきてるよ」
手紙を送ってはいたけど、それだけでは足りないだろうとは思っていた。
せめて二国には話を付けた方がいい。とはいえソッケ王国がもう少し落ち着いてからがよかったんだけど。
「こっちは大丈夫だろ? 元々そのつもりでやってんだしよ」
「まあね」
引き継ぎに三ヶ月と言っておいて実のところ全く問題がない。シャーリーも既に王太子妃としての仕事を始めているし、中身は今まで元自国ソッケでしていたのと同じような内容だからこなせてしまっていた。
つまるとこ、私は国外に出られるほど余裕がある。
「ソッケ王国に行くわ」
「助かるよ、ディーナ」
王太子殿下が安心したように肩の力が抜ける。
「キルカス王国も情報が早いわね。殴り合いになるかしら」
「折角だから見物にでも行くかな」
テュラが笑った。キルカスは騎士に力をいれていて簡単に言えば筋肉至上主義。好きあらば私と殴り合いをしようとする。もう和解してるんだから殴り合う必要ないのに。
「キルカス王国の気にしている部分は全て応えてきます。念のため、二国には三国間の協定確認と連携強化の名目で伺う形にしましょう」
「ああ。ソッケ王国は明日にでもと言っているけど大丈夫かい?」
「はい、明日出ます。そうすれば王子と義妹が迎えにきた体もとれますし」
「ディーナ、ヴォルムと侍女連れてくのか?」
テュラが護衛を増やすか訊いてくる。ヴォルムは今の状態ならなにがなんでもついてくるだろう。ソフィーは侍女としての役割が大きいから来てもらった方がいい。さすがに社交界はないだろうけど、日々の生活の手伝いはソフィーだとありがたいしね。
「二人が関の山ね」
「こちらから出すけど?」
「移動の際の騎士の配置は最低限で結構です」
従前より少なくするよう伝える。立場としてシャーリーが王太子妃だと分かるようにだ。
「移動以外の護衛をヴォルムとソフィーに任せます」
本当は一人で行きたいけど、あの過保護たちは譲らないだろう。でも数が圧倒的に減れば分かりやすいはずだ。
「ではそれで話を進める」
「ありがとうございます」
最後にテュラが上等な書状をくれた。
「ディーナ、これもってけ」
「通行証?」
「念の為だな」
「オッケー、ありがと」
* * *
翌日。
不服と顔に書かれた男性が私を睨んだ。それを無視してにこやかに対応する。
「よかったですね。ソッケ王国へ戻れますよ」
牢に迎えに行ったら相変わらず私に向かって文句を言う。元気があってなによりだ。
「お前……ドゥエツの王太子の婚約者だったな?」
聡明なルーラが覚えていたぞと胸を張るソッケ王国王子。胸を張るところじゃない。
「あの女に脅されているのか?」
「いいえ、洗脳されているのですわ。お可哀想に」
おねえさまったらひどいことを泣いた振りをする義妹。タフだな。
「そもそもなんだけど」
隣国の悪役令嬢を妻にすると連れてきたうちの殿下に。
「殿下に本来の婚約者がいないとでも?」
「なんだと?」
「立場ある身であればあるだけそういったことはついてくるもの、ということですよ」
不可解な顔をされた。いやいやいつまでもフリーでいるなんて、王子だったら無理だよね?
あ、でもソッケ王国の第一王子は立太子もしてないし、直近破談になったって聞いた気がする。身近にフリーな年上の王子がいたら、立場ある身でも自由でいられるって思うのかもしれない。
「どちらにしろお前は傷もの。令嬢一人の身すらどうにかできないとはあの男の王族としての資質を疑うな」
「私のこと心配してくれてるんですか?」
「しとらん!」
なんだ私の身を案じてくれたのかと、と加えると歯噛みして睨んできた。
これをネタに自分優位にもっていこうとしてるのかな?
「騒ぎ立ててもかまいませんが、自分の首絞めるだけですよ」
「なんだと」
義妹が王子の腕をとり、早く出たいと言ってきた。どうやら察したらしい。
私が王太子殿下の元婚約者であろうとなかろうとドゥエツ王国には痛くも痒くもないと。
方々に話ついたからね。
「ソッケ王国とは今後とも協力関係を深めたかったので助かります」
「ふんっ」
そっぽ向いた王子と物申したそうな義妹を案内し、ひとまず馬車に乗ってもらうまでどうにかなった。後は問答無用で返却するだけ。
「……?」
私の横を通り過ぎる二人。王子は納得ができたけど、義妹ルーラに違和感を抱く。
数日であっても貴族には牢生活は酷だ。数時間でもやつれてしまうなんてざらだというのに、来た時と変わらない顔つきで進んでいく。
なんで? まさか牢屋生活を送っていたことがあるとか?
「ディーナ様」
「あ、うん。行こうか」
まずはソッケ王国へ返還。これが第一だ。
* * *
「愚息が大変失礼した。申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず」
話が分かるって最高。
ソッケは入国するや否やお馬鹿たちを隔離した。両陛下と私、正規の外交担当とで会談し、ドゥエツ王国への内政干渉や宣戦布告諸々について撤回し、改めて協力関係を強固なものにしていく、という体となった。
妥当なところだろう。ソッケ王国がドゥエツ王国に戦争をふっかけても負けるのは目に見えているし、今や他国の支援もなくシャーリー不在で内政が荒れていて辛いはずだ。
「シャーリー嬢にもひどいことをした」
「でしたら、御二人の婚姻を祝って頂けるだけで充分かと」
「分かった……愚息はソッケ国内の法に則り裁くつもりだ。いいかな?」
「ええ」
あくまでシャーリーを祝いにきた程度におさめておきたいけど、両陛下は自分の息子を許せないらしい。処罰一直線の模様。
テュラが言うストーリー通りだからよしとしよう。ここで義妹共々裁くことによってソッケ国内の混乱は解消できるはずだ。
「父上!」
おっと? スピード感をもって解決に向かっていた会談に水を差してきた。
「ドゥエツのこの女は俺を殴った大罪人です!」
音を立てて入ってくる活きのいい王子は叫んだ。陛下の許しも得ずに入り、許しも得ずに話すことは本来許されない。
「父上! 罰としてこいつに政務をやらせればいいのです!」
「ん?」
「シャーリーの代わりにこいつが我が国の仕事をすればいい!」
なに言ってるんだろ? 大丈夫?
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
シャーリーの元婚約者な王子がおバカすぎて笑えますね!別にタイトル回収する必要なかったかなと思いつつも投下します。ここから外交編に突入です。