11話 悪役令嬢、おちる
「……あ、わたくしに気遣って仰っているの?」
目を丸くしてしまった。
この子、ヴォルムより真面目なんじゃない?
「はは! まさか! 私、そんな器用じゃないですよ~!」
「え、あ……」
いけないけない。淑女らしからぬ笑い方をしてしまった。吃驚するし戸惑うのも無理ない。
「今までも立場はあれでしたけど、したいことしかしてなかったですし」
主に外交と国の領地回りね。
「ソッケ王国の王陛下から聞いてません?」
「ええ、まあ……」
我が国ドゥエツを認めてもらい良好なものとして隣国ソッケに関係強化や協定を結ぶことについては、私とソッケ国王陛下及び私とソッケ国女王陛下とのやり取りの末に頷いてもらったことだ。それが特殊だったので割と国の中枢にいれば知っている人間が多い。王子の婚約者であるエネフィ公爵令嬢が知らないはずないわけだ。
「私がやりたいだけやって、ついでで国交開くがついてきただけですよ~。今回の顛末も私が好きでやってるだけで」
「ですが!」
がたんと行儀悪く立ち上がり、私に駆け寄るエネフィ公爵令嬢。真面目ですねえ。
私も合わせて立ち上がる。こうした真面目がマナーを守らない時は相当動揺しているからだ。落ち着くまで付き合うに限る。
「あ!」
「おっと」
普段駆け寄るなんてしたことないからだろう。躓いてしまったので受け止める。おう、軽い。
「あ、申し訳ありません」
顔を赤くした。端から端までヒロインじゃん。どこに悪役入ってるの?
「可愛い」
「え?」
おっと本音出ちゃった。
「いえいえ。大丈夫? 足挫いてないですか?」
「いいえ、ループト公爵令嬢は……」
「全然大丈夫ですね。羽のように軽くてエネフィ公爵令嬢が逆に心配になるぐらいですよ~」
笑うと再び赤くなった。照れてるようだ。
「あ、すみません」
いい匂いが離れていった。
もう少し堪能したかったなあ。なんて言うと変態扱いされるから言わないでおこう。
「あ、あの……」
「ん?」
赤くしてもじもじしてるとか眼福。悪役令嬢ってツンが強いとか聞いたけど全然違う。
「……この国に来て、殿下から話は聞いていたのです……それでも貴方に一度会って話さなければと思っていたのに……その怖くて」
「でしょうね」
そりゃそうだ。自国で裏切りにあったんだからトラウマになってるはず。助けてもらった国で再び似たような危機に面したら怖いに決まっている。
「話を聞いてすぐにループト公爵令嬢に誠実な対応をしなければなりませんでした。わたくしは大変な失礼を」
「全然失礼じゃない」
「え?」
「今まで辛い中やってきてあの仕打ちでしょ? 殿下の手をとるのはおかしなことではないし、怖いなんて当たり前よ」
「ほ、本当に?」
「うん。怖い中、すごく頑張ってきたでしょ? それにソッケ王国での活躍はずっと私の耳にも届いてた。とても優秀で聡明、ソッケ王国を立て直せたのはエネフィ公爵令嬢のおかげだって」
瞳が僅かに濡れて輝いた。今まで頑張っても褒めてくれる人がいなかったのだろう。そのあたりは殿下から聞いていたから知っている。ひどいものよ。仕事しまくって貢献している人を蔑ろにするのはどうかと思う。特別報酬を寄越せ。
「国外にまで良い仕事をしてるって話が聞こえてくるんです。実際それ以上に活躍されているのは考えれば分かる事ですよ。数える程ですけど、私が実際エネフィ公爵令嬢を拝見した時だって仕事できる方だなって思いましたし。正直、今何をしたところで誰も貴方を責めない」
「ループト公爵令嬢……」
「だから堂々としててください。私がソッケ王国でよく見た美しい背筋の綺麗なエネフィ公爵令嬢が見たいんで」
あと笑ってくれると嬉しいですって加えたらエネフィ公爵の頬が赤くなった。目の前のピンクブロンドが揺れる。
「エネフィ公爵令嬢?」
「……あ、私は破門にされているので、もうエネフィ姓ではなく……」
「んー……じゃ、シャーリーって呼んでも大丈夫?」
「は、はい」
「私のこともディーナで。同い年ですし言葉も軽くいきましょ?」
「……はい」
さらに赤くなった。名前呼びは真面目さんには恥ずかしいかな?
「あ、そうだ。これから仕事の引き継ぎは対面でやります?」
「ええぜひ!」
「んじゃそのへん調整してまた連絡しますね」
「はい……ですがディ、ディーナ様はよろしいのですか?」
私に会うなんて……と加えるシャーリー。遠慮する理由ある?
「可愛いシャーリーに会えるなら喜んで」
「!」
少し俯いて喜んでお待ちしてますと言われた。
よしよしうまくいったっぽいぞ。
「お嬢様」
雰囲気が良くなったのを見計らって一人の侍女がシャーリーに声をかけた。
先程立った時に紅茶が少しかかってしまったらしい。すぐに服を変えると言って離席し、その隙にヴォルムとソフィーがやってきた。
「また一人落ちましたね?」
「ディーナ様ときたら……」
「え? なに?」
万事おさまったのにソフィーが溜め息をついた。ヴォルムも呆れた様子だ。
「ディーナ様は人たらしです」
「ええ?」
「ああしてすぐに人の心を掴むから、俗に言うファンが増えるんですよ」
「そんなつもりないんだけど」
「だからタチが悪いんです」
二人に再び溜め息をつかれ、私はコメントに困った。シャーリーにそんな素振りあった? キャットファイトにならなくてよかったよかったでいいんじゃないの?
首を傾げる私に呆れる二人、着替え中のシャーリーを待つ中、扉が叩かれた。
「ループト公爵令嬢にと申しておりますが、いかがなさいますか?」
「ああ、いいですよ。通して下さい」
「ディーナお嬢様」
「ルーレ、どうかした?」
こういう場所に無理に入って来るということは急用だね? と言うと瞳を伏せた。謝るのを制して先を促す。
「申し上げます。隣国ソッケより外交大使がお見えです」
「内容は?」
「エネフィ公爵令嬢を即刻ソッケ王国に返還するようお求めです」
「分かった。対応する」
ふー! ヒリヒリだね!
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
悪役令嬢を口説いて終わりましたな!一番欲しい言葉をくれたのは王太子殿下でもなくディーナというおかしさをお送りしました。ずっと褒められず駄目だしばかりされてきただろう悪役令嬢の仕事ぶりを褒めちぎるとか落ちるよね?ね?