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虚の天秤  作者: 榛原朔
五章 月光死域

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4-破綻の契機

マリーが家から出ても、目の前に広がっているのはいつ通りの風景だ。窓から見える範囲は家の環境の一部なのだから、当たり前だろう。


もしも家を出てすぐにセイラムが待ち構えているのならば、ノインにとって心安らかな場所であるはずがない。

彼女はデオン達に守られながら、一番近い集落へと歩を進めていく。


「……外に出てみると、もう音が聞こえるわね。

これが、今のセイラム」

「えぇ。人々は不安や恐怖のままに、暴れています」

「集落に着けば、もう実態が見られるはずだぜ」


ノインの家は森に囲まれており、周囲に他の家屋はない。

そのため、國に出た最初のうちはまだ静かなままだろう……と思われたのだが、まだ大して離れないうちに不穏な騒音が響き始める。


マリーは悲しそうに目を伏せ、デオン達は周囲の警戒を怠ることなくその言葉に同意を示す。しかし、彼女は決して足を止めはせず、2人もそれを信じて任務を続けていた。


心なしか怯えた様子すら見せていたものの、彼女達は変わらない足取りで進んでいく。その果てに。ようやく辿り着いた先で、善良な少女の瞳に焼き付けられたのは……


「殺せぇ、そいつは協会から身を守る術を持ってた!!

今の状況では、誰よりも危険なやつだ!!」

「処刑人だ、元処刑人がいたぞ!!」

「ふひ、ふひゃひゃひゃひゃひゃッ!! もうウィッチハントはいねぇ。何も恐れず、好きに生きれるぜぇ!!」

「おい、死にたくなけりゃあ金出しな」

「前から思ってたんだよなぁ、いい女だってよぉ」

「俺は聞いたことがあるぞ!! お前が今暴れてる奴らと同じように、好き放題する欲望を持ってたことを!!」

「上がいねぇなら、もう自由に殺せるなぁ」


処刑人協会――ウィッチハントという支配者、恐怖の対象がいなくなったことにより、欲望のタガが外れた者。

隣人が自分よりも戦う力を蓄えていたことにより、今までの処刑に感じていた恐怖の対象を移してしまった者。


今も同じ國で生きている、元々処刑人だった者達への恐怖を募らせて暴走気味の者。

これら蔓延する不安と恐怖に当てられ、半狂乱状態になって暴れてしまっている者。


そんな人々が、それぞれの手に武器となるものを握り、人も物も関係なしに破壊しまくっている光景だった。


しかも、こうなる前から、不安と恐怖に苛まれていた人々は時折暴走していたのだ。もう、この状況でまともな精神状態を保っている人間など、ほとんどいない。


今までは息を潜めていた事なかれ主義も、抑圧以外で欲望の抑え方を知らない者も。今までは処刑人として確かな地位を持っていた者も、ル・スクレ・デュ・ロワとして反旗を翻していた者も。すべてが。


セイラムという、どこまでも歪み切った國を。

日々死が渦巻く、異端の魔女と処刑の國を。

あらゆる悪性が詰め込まれたような蠱毒を。

体現していた。


「裁いてやる、魔女共めッ!!」

「好きに生きさせろ、俺達は……自由だッ!!」


おまけに、より質が悪いのは、私刑を強行している愚者達やタガが外れた者達が、自分が悪いなどとはつゆほども思っていないことだ。


暴れ回っている者のほとんどが、他者を悪としている。

それどころか、少なからず自分が正しいと思っている節さえあった。


もう一方的な裁判を行う処刑人協会はいないのに。

自ずとそれぞれを魔女と処刑人に分類し、独善的な悪を為している。


こうなってしまえば、落ち着かせるなど不可能だ。

もう、彼らを元の状態に戻すことなど誰にもできやしない。


それが、同行しているデオンやキッド……情報収集に行ったトムやこの國のどこかにいるジョン・ドゥなどの、強い意志を持つ正常者たちの共通認識だろう。


しかし……しかしだ。

どのような状況であれ、決して揺るがずこの國で唯一の善性を持ち続ける彼女だけは、諦めていなかった。


引き気味のデオン達が、これ以上は近付こうとしない中。

誰よりも清く正しい少女は、今の自分にできることを精一杯行おうと地獄に足を踏み入れる。


「すみません、皆さん。

ほんの少し落ち着いてみませんか――」




~~~~~~~~~~




マリーがセイラムという歪みに踏み入っていた頃。

近くの集落にて、人々を落ち着かせにかかっていた頃。


自宅に引きこもるノインは、彼女を行かせたことでどうにも落ち着かずに家中をウロウロとしていた。


これまでにも、もちろん買い出しなどで外に出ていたことはある。しかし、今回は明確に危ないとわかった上で送り出したのだ。心配になるのも無理はない。


相変わらずの無表情でありながら、行動には素直にその不安を顕し、彼女は幼馴染みに思いを馳せる。


「……ぼくが残ったのは、君が死や殺し――セイラムの歪みに近付きたがらないと思ったからなんだけど。

そんなに心配なら、ぼく達も行く?」

「……!! い、いや。私は、もう……」

「そう」


やはり変わらず窓際で読書をしていた雷閃は、落ち着かないノインに直接的な言葉をかける。


だが、彼女はもちろん先程同様頷くことはなかった。

依然としてウロウロし続けながらも、もう決してセイラムの歪みには近付かないよう、立ち止まっている。


その答えを聞けば、雷閃もそれ以上食い下がらない。

元々彼女を優先して家に残ったのだから、無理強いするなどさっきの配慮を無に帰すものだ。


マリーのことだって、大切に思っているはずだが……

ノインが自分の意志で立ち上がるつもりなら、その時まで。

彼は静かに待ち続ける。


「……わた、しは。ママを殺しちゃった。パパを、殺させてしまった。そのすべてから逃げて、そのすべてを2人に放り投げて。私は今、ここにいる」

「うん、そうみたいだね。……もしかしたら、また死や殺しに近付くことで、今度こそ君は壊れてしまうかも。

シャルルやシャルロットも、存在意義が揺らいで長くは出てこない。だから、目を逸らすんだよね」

「……ん」


どことなく覚悟を決めたような表情のノインを、雷閃は静かに見つめる。押し付けないよう、最初にするのは確認だけ。

それでも彼女が逃げなかったことで、ようやく彼は決断を手伝うための言葉を紡ぐ。


「でも、君はこれまでの旅路で答えを得たんじゃないかな。

自分が殺す人からも許され、自分を否定する人からも許され、君は確かな形を手に入れたのだと、僕は思ってる。

君は罪人だろう。君の為してきたことは悪なんだろう。

それでも、この環境でできる最大限の正義を貫いていた。

人は生きている限り、少なからず罪を犯す。

それでも明日を夢見るのは、今を正しく生きるため。

大事なのは、罪とどう向き合うかだよ。

シャルルは何かしらの形で殺しの罪を償うだろう。

シャルロットはもう責任から逃げないだろう。

じゃあ、君は? もう罪人であると自己を定義した君は?

逃げてこの先を罪深い偽りの聖者として生きる?

悪として向き合い、自分の正しさを貫いて生きる?

君が、選んで。何と向き合うにしても、それは君だけが立つことのできる戦いの場だから」

「……」


すべての言葉を聞き、思いを受け止め、罪と向き合い。

3人の少年少女は、己を省みる。

表情が薄いのは相変わらずだが……生きる意欲の低い抜け殻など、ここにはもういなかった。


「……行こう。私は……私も、罪から逃げない」

「うん」


周りの助けを借りながらも、何とか自分だけで立ち上がったノインと共に、雷閃は立つ。

その表情はどこまでも優しげで、ひたすらに嬉しそうだ。


ようやく光が灯った彼女を自分と一緒に雷で包み込み、彼は高速でマリーがいる集落へと向かう。

その果てに。ようやく罪と向き合った先で、人殺しの少女が直面したのは……


「あぁっ、マリー様!! ごめんなさい、ごめんなさい……

私が、護衛すると言っておきながら……あぁぁぁぁぁぁッ!!」

「くっそ……殺人鬼まで生まれてたとは、油断したぜ……」


完全に精神が崩壊している様子で狂気に飲まれているデオンと、苦しげに呻くキッド。そして。


「あぁ、なんで……なんで……

私が、僕が、俺が、遅かったから? マリー……!!」


尋常じゃない量の血溜まりに沈む、この國で唯一善良だった少女の亡骸だった。


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