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虚の天秤  作者: 榛原朔
五章 月光死域

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3-破滅の呼び声

月日は流れ、季節は夏に。怖気が走る魔女狩りの冬を越え、希望が見える反乱の春を越え、怪談が飛び交う時期になる。


処刑がなくなったことで人々の生活も大きく変わり、協会や死を恐れて疑心暗鬼になる必要もなく、平和そのものだ。


それは、マリー達が買い出しに行った時にもよく実感できることであり、彼女達はすっかりその平穏に慣れ切っていた。


もちろん、デオンとル・スクレ・デュ・ロワの生き残りは、ジョン・ドゥにもたらされた不穏な情報の調査をしているが……


雷閃は家の安全を守ることだけを徹底しており、ノイン達はやはり隔絶された環境で心穏やかに生きていた。


「んー、これでどう?」

「……ん」

「は、早い……そして的確」


とある昼下り。食事を終え、組織の仲間に会うというデオンを見送ったノインは、マリーとチェスをして遊んでいた。


たとえこの人格が処刑人ではなかったとしても、能力自体はそう変わらない。戦略的なスキルは比べ物にならず、ゲームは終始ノインが圧倒している。


マリーとしても、実力差は最初からわかっているはずだが……純粋に遊びとして楽しんでいる様子であり、この状況を素直に驚いていた。


もっとも、不穏な情報から遠ざけられていない人物からすると、また別の意味にも捉えられるのだが。

この場に残る唯一の戦力――雷閃は、まだはっきりとしていない事柄で口を挟みはしない。


相変わらず読書をしている彼は、その様子を眺めながらも窓際で密かに意識を張り巡らせている。


「……」

「ううん、じゃあこれはどう?」

「……ん」

「ふわぁ……もう何もさせてもらえないわ」


善良な少女がどれだけ手を尽くしても、処刑人ではないだけの殺人者は盤面を支配し続ける。


すべての抵抗を防がれ、選択肢を失い、残されるのは本意に反した敗北への道のみだ。マリーはもう、誘導されているかのように破滅への道を進むしかない。


雷閃が外に意識を向けている間に、勝敗は決した。

今回のチェスも、ノインの勝利だ。


いつものように完敗したマリーは、どうしょうもない一方的なゲームだったにも関わらず、大切な少女を称賛するために微笑み褒める。


「また負けちゃった。やっぱり強いわね、ノインちゃん」

「……体に、染み付いてるから」

「そう……ね」


ノインの言葉に、マリーは若干表情を曇らせる。

明言された訳ではないが……体に染み付いているものというのは、きっと戦いに関連したことだ。

そして同時に、殺しにつながることでもある。


とはいえ、今この場に限って言えば、それは悪ではない。

善も悪もない、ただチェスというゲームのルールに従って、やるべきことをやっただけだ。


マリーはふっ……と表情を和らげると、ポンポンと彼女の頭を撫でてから立ち上がった。


「そうね。あなたの努力の結晶だもの。

すぐになくなっちゃったら、むしろ心配になるわ」

「……ん。私は多分、忘れられない」

「……うん。それはそうと、もういい時間ね。

おやつでも食べましょう?」


ソファを立ったマリーは、雷閃も一緒に食べるか窺ってからキッチンへ向かう。


特に反応こそなかったが、否定はしていなかったのだから、渡せば食べてくれるだろうと。3人分のお菓子を準備をするために。


彼が見つめる家の外からは、少し騒々しい音が聞こえてきていた。


「〜♪」

「チーッス、元気かね協力者諸君」


彼女が鼻歌を歌いながら諸々の用意をしていると、家の扉は勢いよく開かれる。入ってきたのは、トッドとはまた違ったチャラさのある組織の幹部――ビリー・ザ・キッドだ。


ガンマン風の格好をした彼の後ろからは、双眼鏡を持った臆病そうな男――情報屋のピーピング・トムもおずおずと顔を覗かせていた。


昼に出かけたデオンの姿こそ見えないが……彼女を除けば、これで生き残っている組織の幹部は全員集合だ。

窓から見ていた雷閃以外の2人は、驚いて目を見開く。


「キッドくん! どうかしたの?

デオンはあなたに会いに行ったはずだけれど……」

「あぁ、リーダーとはもう会ったぜ。

その上で、あんたと話をしに来た。リーダーの主とな」

「リーダーの、主……えっと、私?」


戦える雷閃でも処刑人だったノインでもなく、マリー。

ただ善良なだけの少女をわざわざ指名し、話したい。


それを聞いた彼女は、明らかに困惑した様子で動きを止めていた。中途半端なところで動きを止めたせいで、零れ落ちたお菓子がカランカランと鳴っている。


しかし、キッドは彼女の理解を待つつもりはないようだ。

後ろのトムすらも気にせずズンズン進み、家の真ん中で堂々と仁王立ちして言い放つ。


「我が國セイラムは、再び混乱の渦に飲み込まれた。

人々は不安と恐怖に苛まれ、暴走中だぜ」

「……!!」

「……」


ある種、宣言とも取れる発言を聞いた彼女達は、三者三様の反応を見せる。マリーは衝撃を受けた様子で息を呑み、既に予想していた様子の雷閃はわずかに顔をしかめるだけ。

ノインに至っては、まるで興味がなく無表情だった。


また、この挑発じみた情報共有も、本来予定されていたものとは違っていたらしい。遅れて歩いていたトムは、彼と同じ役目を負っていたはずなのに、驚きで硬直している。


その反応もあってか、落ち着きなく全員を見回したマリーは恐る恐る問いかけた。


「あの……冗談、よね? 混乱って、暴走って」

「はっきり言うと、住民は互いに疑心暗鬼になって殺し合いを始めてるぜ。トップがいなくなっても、一般の処刑人はまだそこら中にいる。今までの生き方もあって、ただの住民もまともじゃねーやつばっかだ。少しの間は落ち着いて暮らせていたとしても、長続きはしねぇ。

この國に普通の平和なんて、あり得なかったって訳だな」

「そ、そんな……」


残酷な真実を告げられると、マリーはその場に崩れ落ちる。

この國で最も清く正しいとされる少女には、とても信じられないことだったらしい。


だが、唯一決して揺らぐことのない善性を持つとされる人物なのだから、そのまま大人しくしてはいなかった。

すぐさま立ち上がると、何かを決意したような顔つきで歩き出す。


「ちょっとちょっと、どこ行くつもりだよ?」

「そんなの決まっているでしょう?

國を回って、みんなを落ち着かせに行くの。

一度落ち着きさえすれば、冷静に未来を歩けるはずだから」


キッドとトムは二人がかりで道を塞ぐが、即決したマリーは揺るがない。いつもほんわかとしている彼女からは、とても想像できないような強い瞳で彼らを見上げていた。


誰よりも輝かしく眩しい、善良な瞳。その煌めきに、組織の2人も流石に少したじろぐ。しかし、彼らは命令を受けて来たのだから、素通りさせるなど言語道断だ。


すぐに気を取り直すと、表情を引き締めてこの國唯一の善性と対峙する。


「それを止めるために、俺様達が来たんだよな。リーダーには止めらんねーから。だから……通す訳にはいかねぇ」

「ぼ、僕が見た限りだと、き、君でも止められない。

行くだけ無駄だし、あ、危ないよ」

「無駄だからなに? 危ないからなに?

そんなの、できる事をしない理由にはならないわ。

人はいつだって、今自分にできることを精一杯頑張る生き物でしょう? デオンだって、それがわかっているからこそ私を止められないんじゃないの? もしもその道からズレたとしたら、あの子は私が相手でも止められるはずだから。

こんな私だからこそ、あの子を救うことができた。

あの子の光となって、信じてもらえているのよ」

「いやこれ、どうしろってんだ……?」


どこまでも真っすぐで、清く正しい少女を前にして。

自由奔放に我を貫くキッドさえも、心のどこかに後ろめたさを感じて後退る。


誰がどう見ても、もう彼に足止めなどできそうもなかった。

それは後ろのトムも同様だ。むしろ、ストーキング的行為をしている彼の方こそ、止める資格がないと顔を背けている。


こうなってくると、流石のノインも心配そうに視線を向けるが……雷閃は同行するつもりらしいので、マリーが動くことはほぼ確定と言っていいだろう。


だからこそ、自分には無理だと姿を見せなかったデオンは、ようやくこの場に現れた。


「マリー様」

「……! デオン」


入り口に現れた彼女に、マリーは穏やかでありながら力強い眼差しを送る。あからさまに避けていたくらいなのだから、対面してしまえば結果は火を見るより明らかだ。


やはり揺るぎない、すべての善性を体現したかのような視線を注がれたデオンは、苦しげに膝を折っていた。


「貴女様がそこまで仰るのでしたら、私には止めることなどできません。護衛は私達がいたしましょう。

麻痺こそ残っていますが、雑魚に遅れは取りません。

雷閃くんは、この家とノインを守っていてください」

「……!! わかったよ」


膝を折るデオンの姿は、麻痺が残っていることもあって本当に苦しげだ。しかし同時に、どこまでも揺るぎなく正しい彼女の姿を見ることができ、嬉しそうでもあった。


それを見た雷閃は、驚きつつも護衛を譲る。

デオンにとって、マリーが何よりも大切であるように。

彼にとっては、ノインが大切だったから。


彼女を引き合いに出されれば、放り出すことなど出来ない。

大人しく元の場所に座り、マリーとノインの挨拶を見ることになる。


「じゃあ……行ってくるわね、ノインちゃん」

「……!! ……う、ん。いって……らっしゃい。マリー」


明らかに焦り、苦しみ、何かを予感している様子のノインも、今の状態で、他の全員が認めたことを止めることなどできない。


何か言いたげだったが、それを押し殺して挨拶をする。

震える視線の先で、マリーはデオンとキッドに守られながら不穏なセイラムへと足を踏み入れていった。


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