1-三度目のはじめまして
「おはよう。そして、はじめまして。
気分はどう? ノインちゃん」
またしても少女の体を操作する人格が入れ替わり、この場に居合わせた雷閃は三度ほんわかと挨拶をする。
シャルロットの時とは違って、見た目に大きな変化はない。
いつもなら溌剌としており、さっきまでは苦しみや悲しみに満ちていた表情が、すっかり無表情になってしまったくらいだ。
それも、マシューのような淡々とした無関心ではなく、何もかもを失い諦め、失意の果てに壊れて生まれた無表情である。
とはいえ、その変化は知り合いなら必ず気付くほど顕著で、何も知らなければ驚愕するものではあるが……
やはり事前にマリーから話を聞いていたのか、彼はまったく驚いていなかった。
何も感じず、何も映さず、ただこの肉に包まれた空間に佇む少女――シャルロット・コルデー改め、ノインは、ぼんやりとしたまま何も言葉を返さない。
「……」
「やっぱり、話してはくれないかな?
ぼくも、それなりに彼女たちとはすごしてきたんだけど」
「……さが、らいせん」
「! うん。ぼくは雷閃、よろしくね」
無表情のまま、つ……と涙を流しながらしてくれた返答に、雷閃は少し焦りを見せながら柔らかく微笑む。
シャルロットが初対面でも彼を認知していたように、彼女も彼女達の中から見てはいたようだ。
その事実を喜びつつ、雷閃はハンカチを手渡す。
手渡そうと、したのだが……
「えーっと……」
「……」
差し出したハンカチが受け取られることはなく、ノインは何もせずにただ涙を流し続ける。困惑は深まるばかりだ。
しかし、当然何もせずに放置する訳にはいかない。
雷閃はおずおずと近寄ると、自ら手を伸ばして頬を伝う涙を拭う。
ちゃんと同居人か弟のように認識しているのか、体に触れられても拒絶されることはない。彼女は黙ってされるがままになっており、瞳に溜めた雫も拭われていた。
「……ん。ごめんなさい」
「気にしないで。全然、苦じゃないから」
「……みんなも、ごめんなさい。死から逃げて。あなた達にすべて放り投げて。苦しめて。悲しませて。
私だけ、何も考えずにのうのうと在り続けて」
「……気分は、あまり良くないみたいだね。
ここでできることもほとんどないし、もどろっか」
涙を止めても、自虐的に目を伏せて謝罪を続けるノインに、雷閃は普段よりも子どもらしい、無邪気な雰囲気で笑いかける。
まだ、協会の地下に広がる空間のすべてを調べ上げた訳ではないが……流石に今は、彼女の方を優先するつもりらしい。
優しく手を包み込むと、ゆっくりとその手を引いて地上への道を戻っていく。
その対応がよかったのか、ノインも少し落ち着いたようだ。
すっかり涙も消えて、最初のようなぼんやりとした無表情に戻っている。手を引かれていることもあって、何も考えない無表情でただ階段を登っていた。
「あ、ピーピング・トムだ〜」
階段を登り切り、執務室からも出ると、協会跡地にいたのは途中まで指揮官のトッドに付き従っていた偵察員――臆病なストーカーであるピーピング・トムだ。
彼は雷閃の声にビクリと体を跳ねさせると、慌てふためいてキョロキョロ周囲を見回す。だが、すぐに声の主である少年の姿を認めると、ほっと一息ついて脱力する。
「うぇ……!? な、なんだ。ら、雷閃くんか……」
「デオンお姉さんを回収しにきたんだね、トムお兄さん。
キッドお兄さんはもう回収したの?」
「あ、あいつは双眼鏡で見ている間に勝手に起きてたよ。
た、多分、もうとっくに逃げて隠れ家にでも潜んでる。
今頃は酒でも飲んでるんじゃないかな……?」
「そっか。じゃあ後は……エリザベートお姉さんとトッドお兄さんのい体だね。誰かにもう頼んである?」
「……!? エリザベート、お姉ちゃん……ごめんなさい」
2人の会話を聞いているのかどうかも定かではなく、ぼんやりと虚空を見つめていたノインだったが、途中で出てきた名前を聞くと再び瞳を光らせる。
この人格では接点などないはずだが、それでもこの体に優しくしてくれた人物として、認知はしていたようだ。
薄っすらとだが表情も陰らせて、トムを慌てさせる。
「うぇぇ!? も、もう部下に頼んであるから心配ないですよ! 落ち着いたら葬儀しましょうね、みんなで!」
「……ん。ごめんなさい、私はよく泣く。
大丈夫だから、気にしないで」
「い、いや、大丈夫って言われても……
仮に自分が大丈夫でも、それを表に出した時点で周りの人に影響を与える環境の一部なんですよ? こっちが観測してるんですから、もう個人ではなく世界の問題です」
「……ん。たしかに。気をつける」
「まぁとにかく、みんなの回収は大じょう夫なんでしょ?
じゃあ、もう家に帰ろう。誰を失ったとしても、今を生きるぼくたちは明日を見なきゃ。彼女達が悲しむから……なんてげん想かもだけど、少なくとも彼女達のせいで苦しんでいるなんて、ぎせいをむだにしているようなものだよ。
だから、ぼく達も安らかな場所に」
「……うん」
「そうだね」
少しだけざわついた雰囲気も、雷閃の言葉によってしんみりと落ち着きを取り戻す。誰もが悲しそうにしているが、もうその負の感情だけに支配されず、現実を受け止めていた。
もちろん、しばらくはやるせなさが消えないだろうが……
きっと、その気持ちに振り回されて現実を見失うことだけはないはずだ。
「とても良いことを言いますね、雷閃くん」
「ぎゃー!? あなた起きてたんですかリーダー!!」
「……わぁ」
彼らが残骸の上で輝く月を眺めていると、突如としてクールな女性の声が跡地に響き渡る。
ギョッとした3人が声のした方を振り返れば、そこにいたのは横たわったままで微笑むデオンだ。
あまりにも早い復活に、部下であるトムすらも度肝を抜かれて悲鳴を上げていた。
もっとも、ノインは若干感情が死んでいるため、かなり薄い反応ではあるが。それを悲しげに見つめていた雷閃も、すぐに気を取り直してデオンに笑いかける。
「あはは、ありがとうデオンお姉さん。
だけど、なんていうか……お姉さんってギャグキャラ?
ぼくが言うのも変な話ではあるけど」
「失礼な。小説の読みすぎですよ、本来いいことではありますが。私ほど冷静沈着なシリアスキャラはそうはいません。
……よいしょっと」
「自分で言うのもおかしいし、普通に起き上がっているのもおかしいと思うんだ、ぼくは。
頭大じょう夫? 2つの意味で」
「ぼ、僕も度肝抜かれたよ、リーダー。
脳が損傷して麻痺してるんだよね?
その上マシューとも戦って……え、化け物?」
「……」
「どんどん失礼度が増しているのですが……
寝た切りより全然いいでしょう? ほら、帰りますよ」
「え、えぇ……」
あ然としている3人を気にすることもなく、デオンはさっさと跡地を去っていく。もっとも、流石に麻痺は治っていないらしく、足は引きずったままなのだが……
それでもかなり異常だ。
とはいえ、彼女を放っておくことなどできないし、このまま跡地にいる意味もない。彼らは微妙な表情で顔を見合わせると、その背中を追っていった。
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普通の人間にしては異常なデオンのタフさに呆れながらも、そのままル・スクレ・デュ・ロワの面々とわかれた雷閃達は、騒動とは隔絶された我が家に帰る。
雷を纏った鉱石によって作られた結界で守られており、自分たち以外は誰も入れない安全地帯へ。
バチバチっと音を鳴らしながら敷地内入ると、目の前にあるのはまだ明かりがついている家だ。
彼はほんわかと表情を和らげながら、薄っすらと苦しそうな……どこか悲しげで怯えたような表情のノインの手を引いてドアを開ける。
すると、暖かい家の中で待っていたのは当然……
「おかえりなさい、ノインちゃん、雷閃くん」
今の人格が誰なのか、聞くまでもなく会っただけでちゃんと理解している、この國で唯一善良な少女――マリーである。
もし、この國が内包した歪みが、まだ完全には消えていないのだとしても。死や処刑が、終わっていないのだとしても。
今この瞬間、この場所だけは、変わらず優しさに満ちた場所だった。




